情報学の専門家に聴く、
[好き]はITとAIでどう変わるのか?

情報学研究者/IT起業家/編愛コミュニティ「シンクル」開発者

ドミニク・チェン

<プロフィール>

博士(学際情報学、東京大学)。NPO法人コモンスフィア理事として、クリエイティブ・コモンズの普及に努める他、創業した株式会社ディヴィデュアルでは、[好き]でつながる編愛コミュニティ「シンクル」や、後悔を共有するコミュニティ「リグレト」など様々なソフトウェアやアプリの開発を行っている。

偏愛を語れる場が必要だ

誰もが自分の好きなことを表明し、語り合うことができる匿名性の編愛コミュニティ「シンクル」を作ったのは、既存のSNS に対する違和感からです。自分がとても好きなことをSNS に投稿すると、時々「ドミニクってそういう人だったんだ…」みたいに言われる。違う場所にいる人同士を[好き]でつなげてくれるのがネットの良さなのに、衆人環視が強すぎて、それが失われていると思ったんです。だから「シンクル」は匿名性にしました。
そして、SNS で頻発する炎上の問題があります。本音を応酬するネガティブなコミュニケーションが氾濫してしまい、それを見る他のユーザーを襲ってくる。これはあまり健全じゃない。そこでもう一度、ポジティブな面にフォーカスして、好きなことを突き詰められる新しいWebコミュニケーションの形をつくりたいと考えたんです。実際に、「シンクル」では一般的なものから、「素数が好きすぎる」なんてものまで、様々な[好き]のトピックが生まれています。

エクストリーマーはエクストリーマーに優しい

「シンクル」の特徴のひとつが、シンクロ率です。例えば「京都が好き」というトピックなら「旅行」「和食」などのように全トピックにタグがついており、近接したタグを好きと言っているユーザー同士をつながりやすくしたのです。そうすると、「京都が好き」と言っている人が「素数が好き」の人とつながることも起こる。ある人が言っていたのですが、「エクストリーマーはエクストリーマーに優しい」んです。何かを極めた人は別の何かを極めた人と話が合う。極める方法に相似するパターンがあるからではないでしょうか。そういう人たちが集まると、互いに良い学習のきっかけを与え合うことができる。
それに、偏愛の学習曲線みたいなものがあって、何かを極めた人は、関連トピックとして表示されるものに「これも好き」とクリックしやすい。私は「好きの解像度が高まる」という言い方をしていますが、偏愛を極めていくと、新しい好きに気づきやすくなっていくんです。

ペインからクリエイティブが生まれる

実は今、「ペイン(嫌い、苦痛)」の研究をしています。個人的に苦痛と捉えることを深掘りすることで、もっとも自分事として捉えられる課題を見つけられるのではないかと考えています。喜びや苦しみの感情って、AIでまだ再現できない。本当に苦しんでいることは、人間が何にこだわっているかということと表裏一体なので、そこを可視化することで、人間のクリエイティビティの役に立てるのではないかと思っています。「シンクル」の中でも、例えば閉所恐怖症の人がこういう環境がつらいと話し合っていて、どういうふうに気を紛らわせるか、どういう場所だったら大丈夫か、というように議論が発展して、これがまさに「ペインからクリエイティブが生まれる」ということだと感じています。

嗜好性こそ、人間に残るもの

人工知能、AIの時代になるといわれています。「AIに奪われる仕事一覧」も話題になっていますが、肉体労働も知的労働も人間から奪われた時に何が残るかというと、それはおそらく嗜好性、[好き]なのでは。
だからこそ、そこに関しては人間が主体性を持たないと、それこそアプリが勝手にプッシュしてくるレコメンデーションを消費するだけの存在になります。レコメンデーションに従えば従うほど、創造性のコアエンジンたる嗜好性が他律的になってしまう。欲望を自律的に保てるほうが、AIのレコメンデーションともより良いバランスを保てるはずで、そこのバランスをみんな測っていく時代になっていくだろうと思います。そういう意味では、今後はパーソナルAIというか、ドラえもんみたいな人工知能が求められるはずです。本当に自分だけのAI がいて、ライフログもすべてつながっていて、何に喜んでいるか、何に苦しんでいるか理解していく。自分専用にカスタマイズされ、一緒に時間を過ごしたAI がいれば、自分の延長として、本当にその子の言うことを信用できるようになるかもしれないですね。

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