ホテル帰省の温度感

実家に頼らず気疲れもなし 「ホテル帰省」の温度感

2025.12.15

2025 12 月号

研究員の渡邉です。1歳と5歳の子を育てながら日々を駆け抜けるなかで、保育園のお迎えの時間帯に親御さん同士で交わす短い立ち話は、家庭ごとの工夫や価値観の違いを垣間見ることのできる、私にとって貴重な「生活観測」の場となっています。そのなかで収集したトピックのひとつが、帰省のかたちの変化です。 



「ホテル帰省」という方法

お盆や年末年始に帰省しても、実家に泊まらない。代わりに近隣のホテルを拠点とする「ホテル帰省」という言葉があります。コロナ禍で高齢の家族との接触をなるべく避ける策として、広まったそうです。ホテル帰省の経験のない私の目には正直、他人行儀で少し寂しく映ったのですが、実家のご両親も一緒に外泊するかたちでホテル帰省をしているという二家族の夫と妻へのインタビューを通じてみえてきたのは、家族との心地よい距離を探る生活者の姿でした。



Aさん(37歳男性・お住まいは東京都、ご実家は京都府)は、赤ちゃんの夜泣きを気にせずに過ごすため、あえて両親と同じ旅館の別室に宿泊します。Aさんと両親もお互いの目を気にしなくて済むので親子喧嘩も起こりにくく穏やかに過ごせるそうです。妻には気兼ねのない時間を、赤ちゃんにはものが少なく安全で広い和室を、両親には温泉と料理を……それぞれの快適な環境を丁寧に調整した結果に、新しい帰省のかたちが表れていたのです。

コロナ禍を契機に

Bさん(41歳女性・お住まいは埼玉県、ご実家は愛媛県)は、コロナ禍をきっかけに「ホテル帰省プラン」を活用しはじめました。おむつやミルクの備品が揃う宿を選ぶことで荷物を運ぶために車で移動する必要がありません。渋滞を避けて新幹線で移動できるので、運転手の夫はゆっくり呑めるようになりました。両親は家事に追われることなく孫に向きあえる時間が増えたといいます。帰省が以前より軽やかな家族行事になったといえるでしょう。



聞きとりを重ねてみえてきたのは、ホテル帰省は家族の「適温」を探す行為なのだということ。実家に泊まる・泊まらないの二択ではなく、家族の生活リズム、体力、価値観のズレを場所の設計で調整する発想なのです。距離をとることで関係が冷めるのではなく、むしろ摩擦を減らし、関係の温度をちょうどよく保っていける……離れて泊まることで、かえって近づく……そんな新しい「家族の適温」が生まれています。



帰省とは、単に地元に戻るイベントではなく、家族の関係性をメンテナンスする時間でもあるのかもしれません。どこに泊まり、どんな距離で、どう過ごすのか。帰省のかたちの再設計は、私たちが家族とどうつながりたいかを改めて問い直しているようにも思えます。この年末「家族の適温」でつながれる場所は、あなたにとってどこですか?

「ネタ会」とは?

生活総研では毎月1回、研究員が身のまわりで見つけた生活者についての発見や世の中への気づきを共有する「ネタ会」を開催しています。粒違いの研究員が収集してきた採れたての兆しをご覧ください。