消齢化社会の新しいモノサシ~年齢によるターゲティングが通用しない時代に生活者をどう捉えるか?~

目次

・ 2つのモノサシをどう解釈する?
・ 年収・学歴・未既婚はモノサシにならない?!
・ 価値観の違いからどんな行動があらわれる?

2つのモノサシをどう解釈する?

突然ですが、質問です。あなたはたとえ不確実でも「理想」を追求したいほうですか? それとも確実に役立つ「実用」を大事にするほうですか?

さらにもう一つ質問です。あなたは人との「交流」を楽しみたいほうですか? それとも1人で「没頭」したいほうですか?

実はこの2つの質問は、私たち博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)がさまざまなデータ分析の結果たどり着いた、「年齢」に代わって今後の生活者を大きく分けるかもしれない分析視点、いわば“新しいモノサシ”の仮説なんです。

“暮らしの質”の高め方が「理想」に向かうか、「実用」に向かうか、あるいは“興味や関心”の深め方が人との「交流」に向かうか、1人での「没頭」に向かうか、という価値観の方向によって生活者が大きく分かれていく……。言い方を変えれば、これらの価値観ごとに「年齢」を問わず生活者を大きくくくることができるのではないか、ということです。

ビジネスに絡めて、もう少し具体的にお話をしましょう。モノサシの左右どちらの価値観が強いかによって、仮に同じ商品でも重視することに違いが生まれる、ということです。例えば、クルマについて考えてみます。

“暮らしの質”の高め方が「理想」に向かう人は、どれだけそのクルマが未知なる場所に行動範囲を広げてくれるかを重視するでしょう。一方で「実用」に向かうタイプの人は、どれだけそのクルマが今の生活に役立つか、豊かにしてくれるかを重視しそうです。

あるいはビールではどうでしょう。“興味や関心”の深め方が「交流」に向かう人は、コミュニケーションを円滑にするツールとしてのビールの側面を重視するでしょうし、「没頭」に向かうタイプの人は好きなことを楽しむお供としての側面を重視しそうです。

ちなみに、おそらく皆さんの中には2つのモノサシは年代による偏りが大きいのでは、とお感じになった方もいると思いますので検証してみました。結論から言うと、2つのモノサシの左右のバランスに年代による大きな偏りは見られませんでした。

例えば1つ目のモノサシ、“暮らしの質”の高め方については、若者ほど「理想」を追い求めるイメージがあるものの、今回の定量調査では、若い年代でも「実用」タイプの人がいるし、逆に上の世代でも「理想」タイプの人がしっかり存在していました。

生活者を「年齢」ではなく、向かうのが「理想」か「実用」か、あるいは「交流」か「没頭」か……、という新しい切り口でくくってみることで、従来のターゲティングでは取りこぼしていた層を拾えるかもしれません。

「年齢」というモノサシが有効ではなくなる「消齢化社会」

冒頭からいきなり結論めいたお話をしましたが、私たち生活総研では、年齢による価値観や趣味・嗜好の違いが小さくなっていく現象のことを「消齢化」と名付け研究を続けています。

年代や世代の区切りで生活者を理解しようとするアプローチは、これまでマーケティングの定石でした。しかし消齢化が進行する社会では、むやみに年代でターゲットを規定するのは考えもの。「20代は○○だ」「高齢者は××だ」などといった言説の有効性も揺らいでくる……。このようなお話を全国各地の講演で紹介したところ、大変高い評価と共感をいただきました。と同時に、「生活者の分析視点として“年齢”が以前ほど有効でなくなるとしたら、それに代わるものは何なのだろう?」というご質問も多くいただきました。これは当然、私たちも抱いた疑問でした。

そこで、消齢化の論拠となった長期時系列調査「生活定点」データを再分析し、家計/購買/アプリ利用といった行動データを掘り下げた結果、見えてきたのが冒頭の2つのモノサシだったのです。

背景にある、社会との向き合い方の変化

また分析結果を基に有識者に取材を続けると、このような価値観によるモノサシの説明力が高くなってきた背景には、私たち個人と社会との向き合い方の構造変化が影響していることが分かってきました。

例えば、地縁/血縁/社縁といった集団や属性のまとまりが強かったこれまでは、会社の一社員として、あるいは若者世代の一人としてといったように、“まとまりを構成する一員”として社会と向き合うことができていました。

しかし、さまざまな集団のまとまりが良くも悪くも強固でなくなり、消齢化に見られるように属性による傾向も弱くなっていくと、私たちは(まとまりを構成しない)“一人ひとりの個人”として社会と向き合うことを余儀なくされます。そうなると、“〇〇を好む自分”、あるいは“〇〇に賛成する自分”としてどうなのかが、さまざまな意思決定の大事なよりどころになります。だからこそ、価値観や嗜好によって、生活者が今まで以上に大きく分かれるようになっている、と考えられます。

つまり、これから注目すべきなのは個人の「属性」ではなく、個人と社会の「関係性」ということであり、さしずめ「あなたはどう生きるか」がより問われるようになるということかもしれません。

ここからは、そもそも2つのモノサシをどのように導き出したのか、時系列データと行動データの分析プロセスを詳しくご紹介します。

年収・学歴・未既婚はモノサシにならない?!

「生活者の分析視点として“年齢”が以前ほど有効でなくなるとしたら、それに代わるものは何なのだろう?」この疑問への回答を探るため、私たちはまず消齢化の論拠となった長期時系列調査「生活定点」データの再分析を行いました。

新しいモノサシは、「性別」や「未既婚」でも「年収」や「学歴」でもなかった

まず、年齢に代わる新しいモノサシの候補といっても、性別などのデモグラフィック属性から、年収などのソシオグラフィック属性、さらには価値観などのサイコグラフィック属性までさまざまな候補が考えられます。そのモノサシで生活者がどれほど大きく分かれるのか、「生活定点」のデータを用いて以下のような手法で比較しました。

まず、上図は生活定点の調査対象者を「20~44歳」と「45~69歳」という年齢の上下2グループに分け、項目(1)「携帯電話やスマホは私の生活になくてはならないものだと思う」人と、項目(2)「必要な栄養がとれているか、不安に思うことがある」人の比率がどう推移したか示したグラフです。

項目(1)では、2002年には31.1ptあった2グループ間の値の差分が、22年になると11.8ptまで縮小しています。項目(2)でも同様に18.1ptあった差分が4.0ptに縮小しました。それだけ年齢が上か下かで違いがなくなっている、つまり消齢化していることが分かります。

今回は、同様の分析を02年以降の「生活定点」で比較可能な全1142項目で行いました。そして調査年ごとに全項目で生まれた差分を合計し、その推移を示したのがこちらのグラフです。

「年齢(が上か下か)」による2グループの間に生まれた差分の合計は、02年にはちょうど8000ptでしたが、22年には5541ptと2500pt近く減少していました。つまり、生活定点全項目を概観しても、年齢が上か下かによる差は20年間で大幅に縮小した、それだけ消齢化が進んだということが数値として分かるのです。

同様に、「性別」や「未既婚」「年収」「学歴」で調査対象者を2グループに分け、それらの差分の合計の推移を比較したのが以下のグラフです。

まず、「性別(が男か女か)」による差分の合計は20年間で大きな増減がなく、その結果22年段階の差分の合計は「年齢」をも上回っています。その点では「性別」はモノサシとして引き続き有効なのですが、昔から使われていますし、以前に比べて差が大きくなっているわけでもないので、これが新しいモノサシだとは言えなそうです。

また、「未既婚」や「年収」「学歴」については差分の合計が20年間で減少しているか、維持されていても「年齢」には及ばない状況が続いています。さらに「将来に備えるか、今をエンジョイするか」や「人生は努力か、運か」といった人生観で分けた場合の差分の合計も以下のグラフの通り減少しており、どうやらこちらも違うようです。

見つかった2つの「モノサシ候補」

ご覧いただいたように、デモグラフィック属性だけでなく、ソシオグラフィック属性やサイコグラフィック属性でも有力そうな項目は新しいモノサシとは言えない結果でした。しかし、実はもう少し細かな価値観まで目を向けると、可能性のあるものが見つかりました。それが以下のグラフにある項目です。

まず、候補(1)のグラフで示したのは「キャリアアップのためには会社を替わってもかまわない」と思うかどうか、つまり「キャリアアップ転職の受容性」による差分の合計です。それ自体は20年間でさほど変化していないものの、「年齢」が減少してきた結果、22年段階では相対的に上回っています。

そして、次に候補(2)のグラフで示したのは「日本の誇れること」に関する項目群による差分の合計です。日本の“すぐれた文化・芸術”、“国民の勤勉さ・才能”、“安全な暮らし”を誇れると思うかどうか、で生活者を2つのグループに分けると、差分の合計が徐々に増加していました。

ちなみに、転職に関する意識や日本の誇りに関する意識変化の背景には、年齢や性別、あるいは年収などが影響している可能性があります。そこで、例えばデータを「若い年代」「女性」あるいは「世帯総収入の高い層」だけに絞って同じように「差分の合計」を分析してみたのですが、それでも結果は変わりませんでした。

ということで、長期時系列調査「生活定点」のデータからは、「キャリアアップ転職の受容性」があるかどうか、そして「日本の文化/勤勉/安全への誇り」があるかどうかが、消齢化社会の新しいモノサシ候補として有力になってきました。

しかし一方で、私たちは(ここまでお読みいただいた皆さんもおそらくそう思われたように)本当にこんな狭い価値観が年齢に代わるモノサシなのだろうか……という疑問も持ちました。そこで私たちは、「キャリアアップ転職の受容性」あるいは「日本の文化/勤勉/安全への誇り」があるかによる回答傾向の違いはあくまでも表層的なものだと捉え、実際の行動データとつなげてその背景を探りました。そこにあるものこそが「年齢」に代わる、真の新しいモノサシだと考えたわけです。

価値観の違いからどんな行動があらわれる?

「キャリアアップ転職の受容性」があるかどうか、「日本の文化/勤勉/安全への誇り」があるかどうかで生活定点全項目で生まれる差が増加している…。この現象の背景に真の新しいモノサシが隠れているのではないか。そう考えた私たちは、行動データを活用したモノサシの解読を試みました。

1つ目のモノサシ:「理想」に向かうか、「実用」に向かうか

ここからの分析に用いたのは、デジタル空間上に蓄積された「家計支出データ」「消費財購買データ」「スマホアプリ利用データ」という消費や情報に関わる行動データ(注1)です。

定量調査の結果から、生活者を「キャリアアップ転職の受容性」の高い人と高くない人、あるいは「日本の誇り」の強い人と強くない人に分け、それぞれに特徴的な行動を各データから機械学習の一つである部分最小二乗法で抽出しました。

結果はデータを色の濃淡として表現したグラフ(ヒートマップ)として示しています。左側に向かって赤色が濃い行動ほど、その意識が強い生活者の特徴であることを意味し、右側に向かって緑色が濃い行動ほど、その意識が強くない生活者の特徴であることを意味します。

まず「キャリアアップ転職の受容性」が高い生活者は、「美容院」「洋服」、そして「レジャー」「飲み会」への支出が多い傾向がありました。また、スマホアプリの起動時間からは、ビジネス用途での利用も多いSNSや情報ツールをよく使っていることが分かります。どうもこの人たちには、さまざまな分野で「体験を広げる」ことに加え、「(人や情報との)新たな出会いを探す」志向がありそうです。

一方、「キャリアアップ転職の受容性」が高くない生活者は、「教育・教養」「朝ご飯」、そして「放送サービス料金」「新聞」といった品目への支出が多い傾向がありました。また、アプリは日常生活を便利にしてくれるものを多く使っているようです。こちらの人たちには、「知識を積み重ねる」他、「身のまわりをスマート化」して暮らしを便利にしようとする志向があるようです。

対象を1人に絞って、具体的な行動データを見てみましょう。次の図は、「キャリアアップ転職の受容性」が高い30代の生活者Aさんの1年間の家計支出データを抽出したものです。

「レジャー」の記録を見ると、レンタルスペースを利用したりレジャー体験を予約したり、エンターテインメント系の商業施設を利用していました。また「飲み会」では、カラオケや大人数でのビアガーデン利用にも支出しています。

一方、「キャリアアップ転職の受容性」が高くない30代の生活者Bさんはどうでしょうか。

「教育・教養カテゴリーの参考書」には高価格帯の本や資格試験、「朝ご飯」には年間100回以上と、ともに非常に高い頻度で支出していることが分かります。

以上をまとめると、「キャリアアップ転職の受容性」が高い生活者には、体験を広げたり新たな出会いを探索したりして、その先にある「理想」を求める志向がありそうです。一方、受容性が高くない生活者は、知識を積み重ねたり身のまわりをスマートにしたりしながら、今に役立つ「実用」を大切にしているようです。こうした行動データから見えてくるのは、いわば“暮らしの質”の高め方に関する価値観の違いです。私たちはこれを1つ目の新しいモノサシと解釈してみました。

2つ目のモノサシ:「交流」に向かうか、「没頭」に向かうか

では次に、もう一つの気になる項目、「日本の文化/勤勉/安全への誇り」も読み解いてみましょう。

先ほどと同様の分析をすると、「日本の文化/勤勉/安全への誇り」が強い生活者には「昼ご飯」「プレゼント」「コスメ」「晩ご飯」への支出が多い傾向がありました。またスーパーマーケットやドラッグストアでの消費財の購買データでは、「つゆ・煮物料理の素」「冷凍食品」「ドレッシング」「スープ類」「チョコレート」などへの支出が多い傾向がありました。

誰かに贈りものをしたり自分を飾ったり、加工食品を組み合わせて料理したりする行為からは、日常生活の中でも「誰かや自分を大事に」して、そのために「ひと手間を頑張る」志向がありそうです。

一方、「日本の文化/勤勉/安全への誇り」が強くない生活者には、「音楽」「映画・動画」、そして「イベント」「漫画」への支出が多い傾向がありました。また、「コーラ」「コーヒードリンク」などの嗜好品への支出も多いようです。「好きな世界にのめり込む」傾向とともに、消費財についても「一度好きになったらルーティンを愛する」志向が見てとれます。

「日本の文化/勤勉/安全への誇り」が強い30代の生活者Cさんの1年間の家計支出データを抽出してみましょう。

「プレゼント」への支出は、総額も頻度もなかなかの高い水準に達しており、紅茶、バウムクーヘン、百貨店、輸入食材店、はたまた旅先での観光土産など、実に56回もの支出をしています。

「コスメ」でも、植物系のコスメブランドからコンビニコスメ、オーガニック系のコスメブランドまで多数の支出が見られます。

一方、「日本の文化/勤勉/安全への誇り」が強くない30代の生活者Eさんはどうでしょうか。

「映画・動画」「イベント」への支出行動を見てみると、いずれも全体平均を上回る金額を支出しており、その頻度もなかなかです。一方「イベント」では、全国各地の鉄道スクエア、歴史館、神社の宝物館、古戦場記念館などあちこち移動しながら、たまに1人カラオケしている様子もうかがえます。

以上をまとめると、「日本の文化/勤勉/安全への誇り」が強い生活者は、誰かや自分を大事にして、そのためのひと手間を頑張るなど、自分と人との「交流」を重視する志向があるようです。一方、この意識が強くない生活者には、好きな世界やモノ・コトにのめり込んで「没頭」する傾向があるようです。見えてくるのは、いわば「興味や関心の深め方」に関する価値観の違いです。私たちは、これを2つ目の新しいモノサシとしました。

いかがでしたでしょうか。「生活定点」で見つかったモノサシ候補を行動データで深掘りすることで、モノサシの真の姿が浮かび上がってきました。

もちろん、今回はあくまでも「生活定点」のデータに基づいた分析であり、別の時系列データを用いれば、新たなモノサシも見つかることでしょう。本分析を参考にして、ぜひ皆さんなりのモノサシを探していただければ幸いです。生活総研では、今後もさまざまなデータを活用して生活者研究を続けていく予定です。


注1:「家計支出データ」はオンライン家計簿サービス「Zaim」のデータ。また「スマホアプリ利用データ」「消費財購買データ」は、インテージのシングルソースパネル「i-SSP」のうち、スマートフォンのアプリ起動データ、消費財購買データ。本研究では「Zaim」のユーザー8695人、「i-SSP」の7396人(アプリ)、3320人(消費財)に2つのモノサシ候補に関わる意識の強弱を聴取するとともに、「Zaim」対象者の22年の1年間の実際の支出データを取得、「i-SSP」対象者の23年2月の起動/購買データを取得し分析を行った。

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