今回は、生活者の不満や意見を買い取る「不満買取センター」の運営と、文章解析AI 「ITAS(アイタス)」よる文章解析を提供する株式会社Insight Techとの共同研究です。「不満買取センター」に寄せられた「夫婦間の不満」と、生活総研が30年間に渡って実施している夫婦を対象とした長期時系列調査、「家族調査」を掛け合わせた分析を試みました。
Insight Techの伊藤友博氏、行武良子氏と、生活総研の酒井研究員、佐藤研究員が、分析結果を振り返り対談します。
妻から夫へ、夫から妻へ、異なる「不満の温度感」
Insight Tech 伊藤友博氏(以下、伊藤):
Insight Techの「不満買取センター」は、「不満の裏に潜む期待に課題解決のヒントがある」と考え、2015年から運営しています。現状1日に1万5000件ほど、累計では1300万件あまりの生活者からの不満が集まっています。
集まった投稿はAIで査定し、具体性などの観点から評価した上で「不満ポイント」をユーザーに付与する仕組みです。集めたポイントは一定額でAmazonギフト券に交換できます。
収集した不満は文章解析AIで詳細に分析し、その不満を解決し得る企業様のマーケティング施策や商品開発につなげていただくご提案をすることで、弊社はマネタイズを図っています。
弊社のAIは一般的なテキストマイニングと異なり、京都大学との産学連携で培った独自の「構文解析技術」に磨きをかけ、単語レベルではなくフレーズレベルでの理解が可能になり、加えて感情の方向性などを分類できるのも強みです。
酒井:
今回は夫婦関係の不満についての投稿に着目し、「夫から妻への不満」と「妻から夫への不満」、それぞれに分析していただきましたね。
Insight Tech 行武良子氏(以下、行武):
まず、数としては「妻から夫への不満」が圧倒的に多かったです。私たちのデータが主婦層を中心した投稿を主とするのも要因ですが、それを差し引いても特徴的といえます。また、言葉遣いも含めた「書きぶり」も異なります。
「妻から夫へ」は感嘆符が目立ち、失望や怒りといった感情が含まれがちです。「夫から妻へ」は冷静な描写や独り言めいたもの、私たちの感情分類では「低不満」と呼ぶものが多かったですね。
酒井:
女性のほうが、他ジャンルのカテゴリにおける質問でも、同様の投稿をされますか?
伊藤:
いえ、カテゴリによって異なりますね。男女比で見ると、女性は日常的な行動生活で感じた不満を強く表現しがちです。男性は自動車や腕時計といった嗜好性が高いものにおいて、機能やブランドへの期待とのギャップが大きかった際に不満を表す傾向にあります。
佐藤:
女性である私から見ても、「ここまで辛辣に言わなくても……」と身につまされるような不満もすごく多かったです。
行武:
この調査全体に言えますが、意識したくはないけれども、個人や性差がベースに表れている印象はありますね。
伊藤:
「不満買取センター」に女性の投稿が多いのは、まだ日本において日常のお買い物や意思決定を女性が担っている部分が大きいのだろうと感じさせます。それは、海外の方に別のデータをお見せしたときにも指摘されました。
行武:
欧米のケースだと、施設に備え付けの「行政に対する不満」を書き込む場所に、男性が並んでいる姿を見ました。不満の在り方が、日本は生活に寄りすぎているのかもしれません。
子どもができて家族が変化する、そこから不満が始まる
伊藤:
フレーズ単位に着目する意見タグAIをみると、全体傾向として「妻から夫へ」では「(夫が)理解ができない」という不満も目立ちます。たとえば、何かとスマホをいじってしまう、トイレにこもってしまうといった行動への指摘ですね。
「夫から妻へ」では「過去と比べた熱量の低下」への不満を感じます。昔はしてくれたのに今は……みたいなことです。そこも、すれ違いのポイントとして挙がりそうです。
行武:
年代別に見ると、感情の「怒り」は若い世代が中心ですが、「諦め」や「嫌気」は全年代に共通して出てきます。それに加えて、会話のすれ違いも全年代に共通します。
佐藤:
実際の不満を見ると、夫婦間の関係の変化、特に子どもによって家族のかたちが変わったことによる変化に影響を受けている印象を受けました。夫婦共通の不満として、子どもや育児に関する不満はかなり多かったですね。
酒井:
性格が合って結婚を決め、共働きで自活能力がある社会人が同居したと考えれば、そうそうにクリティカルな問題は起こらないのかも知れませんが、子育てが大変であることがデータに現れているとも言えそうですね。
行武:
今回の調査で最初に抱いた感想が、まさにそれです。DINKSは、クリティカルな不満が生まれにくいのも結論の一つでしょう。
酒井:
最近、20代や30代前半の若い世代のカップルから「うちはケンカしないです」と言われたのですが、ケンカしないというより、凪の状態が続きやすいのがベースなのかもしれませんね。
ロングデータを、ビッグデータで血肉化する
佐藤:
生活総研が『家族調査』として、1988年から2018年までの30年間、10年ごとに、サラリーマン世帯の夫婦を対象としたアンケート調査をしてきました。
今回の分析に関連するところで言うと、前提として女性の専業主婦の割合が、この30年で減り、共働きの夫婦が増えてきています。「不満投稿」のなかでも妻からは家事・育児分担への不満が目立っていましたが、そういう環境の変化も影響しているのでしょう。
あとは、「不満投稿」の中でも、夫からは「お小遣いを上げてください」という声も多くありました。実は「家族調査」でも月平均のお小遣い額は、年々減ってきているんですね。1998年のピーク時の5.0万円が2018年に3.9万円に減少しており、20年間で1万1000円減です。
酒井:
マクロで見ても勤労者世帯の世帯年収は1990年代後半をピークに下がり、現在は微増こそすれど回復はしきっていない。内訳を見てみると夫の年収が減っていて、妻の年収でそれをカバーしている部分もあるので、夫のお小遣いは下がってもやむなし……みたいなところもあります。
佐藤:
先程もお話に出ましたが、「不満投稿」の意見タグAIの分析によると、「妻から夫への不満」「夫から妻への不満」のなかで「子ども」というキーワードの頻度が高いとの結果がありました。『家族調査』では、「家族関係の中心は子ども」と回答する人が増加を続けており、直近の2018年調査では夫婦ともに7割を超えています。家族のなかで子どもの重要性が増しているが故なのだと思うと、納得のいく結果です。
佐藤:
今回の不満投稿は、妻から夫への不満が圧倒的に多く、夫から妻への不満の方が少ない、という結果でしたが、その背景として、女性の社会進出に伴い、夫婦のあり方も変わってきたことが関係しているように思いました。
『家族調査』では、家庭内での発言権や総合的決定権は、長らく夫の権力が強い状況でしたが、「妻の力」が10年ごとに高くなり、2018年では、夫・妻がほぼ同等になっています。
実は夫婦げんかの頻度も1998年は42.3%、2008年は51.3%、2018年は52.7%と、年々増えています。夫婦の関係が対等になり、意見を言い合えるようになってきたことが背景にあると考えられます。
夫婦げんかの原因は、妻の回答としては、「子どものこと」が44.3%、「夫のこと」が36.2%、「家事のこと」が27.5%となっており、今回の「不満投稿」に重なるところがあります。
酒井:
弊所は定量的なアンケートで、項目をプリコードで提示しているからこそ時系列で変化を追うことができます。一方で、やはり「喧嘩の原因は何か」といった定性的な観点については具体的な生声を分析する必要があります。今回の分析を通じて、ロングデータがビッグデータによって血肉化したともいえると思います。
優先して対処すべき妻からの不満とは!?
酒井:
今回、夫婦の不満をそれぞれ感情別に優先課題図マップという形でまとめていただいたのですが、それについてもご説明をお願いします。
行武:
不満買取センターに寄せられた「妻から夫」の不満5,999件、「夫から妻」の不満2,318件を、1件ずつ感情分類AIで「あきらめ失望」「怒り」「嫌気」「低不満」「ニュートラル」「ポジティブ」の感情別に分類しました。その上で、意見タグAI・可視化AIを用いて感情別に優先課題図を作りました。
たとえば、以下の散布図には、「妻から夫への不満」 の中で、「あきらめ失望」の感情を表している投稿として分類されたものを、横軸に意見の件数(ボリューム)、縦軸にあきらめ失望の度合いを取ってプロットしました。
優先課題図上には、実はクラスター数(プロット数)は1,419あるんですが、ここで紹介している優先課題図の右上の象限では、同じような意見が一定数あり、かつ感情としてもあきらめ失望比率が高いものの絞り込みをしたものを紹介しています。フレーズとして理解できて、かつ、夫婦にとってクリティカルな意見(不満)の中身を一覧化したのが右の表です。
酒井:
そういう意味では、「あきらめ失望」から見た不満投稿1,419の中の選りすぐりされたもの、との理解でよいでしょうか。
行武:
はい。圧倒的に出てくるのは、「夫の言っていることの意味がわからない」、「夫と話ができない、会話ができない」、といったコミュニケーションに関する不満です。それ以外の不満をみると、たとえば「片づけしてほしい」とか、「部屋をもう少しきれいにしてほしい」とか、リビング周りなど生活空間そのものに対するイライラみたいなものもかなりあります。あとは、スマホをいじっていたりテレビを観てることに対する不満など、家にいるのにどうして家事してくれないの、どうして育児しないの、といった声は、夫婦共にあったという印象です。
酒井:
その中でも主なトピックをまとめていただいたのが以下の表です。「一生懸命やっているのをわかってほしい」という不満も特徴的に出てきていて、すごく妻側のインサイトが入っている印象を受けました。
伊藤:
そうですね。行動自体への不満というよりは、もう少し向き合ってほしいとか、ちゃんと話をしたいという本心が、根底にはあるのかなという風に思いました。
酒井:
ちなみに、同様の分析を「怒り」に分類された投稿で行っていただいた際に出てきたトピックが下の表です。電気のつけっぱなしとか、靴下の出しっぱなしとか…。
行武:
他の「怒り」の不満には家電製品や電気代にまつわるものも多く、家計に直結するようなものは書きぶりも激しいですね。女性にとってストレスが溜まりやすい不満なんでしょう。
デジノグラフィでボトルネックを発見する
酒井:
実際に、御社でこれまでやられてきた不満の分析に比べると、今回は特殊な分析をしていただいたかと思います。それを通じた印象を、ぜひ伺いたいです。
伊藤:
まず、日常生活に関わる不満であれど、意外にも強い感情が込められているな、と感じました。「不満買取センター」のように、普段は言う場所がない声に、新しいチャンスや社会課題が隠れていることを実感し、大切にしていく必要性を認識し直しました。ユーザーから見ても、愚痴のはけ口になるでしょうから(笑)。
酒井:
たしかに、言うだけで、少しすっきりすると(笑)。
行武:
今回はオーガニック調査の良いところが出ていましたね。たとえば、普段は「リビングの片づけの在り方」について問われる機会はあまりないと思うんですけれども、そういった小さなイライラを集められるのは、弊社の強みだと再確認しました。
製品に対する改善要望は、すでに企業でもお持ちだと思うんです。でも、生活空間や日常の行動様式をデータ化し、そこから抽出できることには別の角度からの面白みがあります。我々のデータベースにも人間関係にまつわる悩みは数多いです。感情を読み解くようなツールを使って、もっと昇華していければ、新しいご提案にもつなげられると思っています。
酒井:
今回は1万あまりの投稿を分析していただきましたが、属人的に分析しようとすれば、労力は計り知れません。AI技術で分析する価値を実感しました。他に、どのような活用の余地があるとお考えですか?
伊藤:
テキストデータ自体の価値が高まっていくのだろうと思っています。アンケートに限らず、みなさんが全ての物事をはっきりと考えられるわけではありません。その多様性は、きっと文章や言葉に表れてくるはずです。それをバイアスなく、客観的に可視化できるのは、社会の多様性も増している今においては、重要性が高まるのではないでしょうか。
以前、地方自治体のお手伝いをしたときのことです。市民意識調査で、4千件もの思いがこもった返答がありました。ただ、一件ずつ公聴するのは現実的ではありません。我々のようなプレーヤーが介入し、地域課題の発見と解決につなげていければと思うんです。ビジネスに限らず、人間から「にじみ出る課題」をAIで可視化する取り組みは進めていきたいです。
酒井:
「デジノグラフィで何がみ見えるようになるか」を考えると、ボトルネックやキャズムではないかと思うんです。マーケティングは、一人ひとりの声を大切にしながらも、全ての声には対応できませんから、何らかに収斂させていかないといけない。そこで、ボトルネックを突き詰めるわけですが、その収斂を客観的にお手伝いしてくれるのがAIなのかもしれません。
伊藤:
そうですね。言い換えると、最適な落としどころを見つけていく作業でしょう。
特に日本語は言語そのものが難しいと言われ、欧米のビッグプレーヤーもやり切れない部分です。日本語がわかる我々が、ビジネスシーンや生活を良くしていけるように、貢献していきたいなと思っています。
「生活者データ・ドリブンマーケティング通信」より転載