43万人のビッグデータの中から、あえて1人を追ってみた

コロナ禍によって私たちの生活は大きな影響を受けています。そして、外出の自粛率把握などのために様々な生活者の行動ビッグデータが報道されるようになったのも、今回生じた大きな変化です。しかし、生活者を群として捉えたビッグデータ解析は多いものの、その元になっている一人ひとりの心の動きにフォーカスした解析はほとんど行われていません。
そこで、不満買取センターのユーザー43万人の中から、継続的に不満を投稿している2人の女性にフォーカスし、彼女たちの生活や心の変遷を追うことにしました。いわば、ビッグデータを元にドキュメンタリーを作ってしまおう、という試みです。
今回は、生活者の不満や意見を買い取る「不満買取センター」を運営する株式会社Insight Techとの共同研究です。
Insight Techの渋瀬雅彦氏、行武良子氏と、生活総研の酒井研究員、佐藤研究員が、分析結果を振り返りオンラインで対談しました。

浮かび上がる、人となり

生活総研 酒井崇匡(以下、酒井)
宜しくお願い致します。Insight Techさんとの共同研究は今回が第二弾ですね。
前回は夫婦関係の不満についての投稿に着目し、御社の文章解析AIを用いた分析を行いました。そちらも非常に面白く、この連載、デジノグラフィ・トークの中でも人気記事の一つです。
今回はコロナ禍の中で生活者の不満の声にどんな変化があったのか、見ていきたいと思います。

Insight Tech 行武良子氏(以下、行武)
弊社の運営する不満買取センターに寄せられた「新型コロナウイルス」に関連する投稿は2月上旬から徐々に増加し始めました。日毎の推移を見ると、4/1をピークとして、4月中は1,000件を超える投稿のある日がほとんどでした。4月末から5月中は漸減傾向となっています。

Insight Tech 渋瀬雅彦氏(以下、渋瀬)
収集したコロナ関連投稿は定量的な分析を行い、各時期毎にどんな不満が高まっているのかレポートも発信しています。一方で、今回は新しいアプローチとして、以前から定期的に不満を投稿している特定のユーザーに着目して、コロナ禍によってその人の生活がどう変化したのか、時系列で追ってみました。
「不満買取センター」では名前の通り、ユーザーから生活の中で生じた不満に関する投稿を買い取り、ユーザーの同意の元でこのような分析に活用しています。

生活総研 佐藤るみこ(以下、佐藤)
様々な人の投稿をまとめて文章解析する場合と違って、人の日記というか、ドキュメンタリーを見ているような感覚もありましたね。

渋瀬
はい。まず取り上げたいのが、東京都にお住まいでお子さんが一人いる、39歳の専業主婦の方です。佐藤さんも言われる通り、特定の人の生声を時系列で追うことの良さは、その人の生活スタイルや人となりを踏まえた上で投稿を分析できる点です。
例えばこの方は、コロナ禍以前は以下のような不満を投稿していました。


これらの投稿からは、もともとこの方は、子どもと遊びにでかけることが多いこと、衛生面の意識が高いこと、近くのお店がなくなって不便な思いをしていたことが読み取れます。

酒井
確かに、不満の投稿から生活像が浮かび上がってきますね。まるでプロファイリングのようです。コロナ禍の中で、この方の投稿はどのように変化していったんでしょうか。

徐々に高まる危機感

渋瀬
今年の2月末から3月上旬にかけては以下のような投稿がありました。


行武
コロナに対しての危機感がまだ強くないですね。むしろ、みんなうろたえ過ぎ、という感覚をこの時点では持たれていたようです。

渋瀬
しかし、3月中旬には子どもの通っている幼稚園の卒園式が中止になるなど、徐々に実生活に影響が現れ始めます。

佐藤
3月2日から小中高の臨時休校が開始され、保育園や幼稚園でも卒園式などのイベントの中止が相次ぐようになった時期ですね。その後、4月7日に7都府県への緊急事態宣言が発令され、休校や外出自粛が本格化していきました。

渋瀬
はい。4月中旬になるとかなり日常生活の影響が強まり、ストレスも溜まっていくのが投稿を読んでいても分かります。


酒井
そういえば、前述の投稿によれば近所の100円ショップが閉店してしまったんでしたね。生活に色々な不都合が出てきているのが分かります。

渋瀬
同時に、世の中や街の人々への目もどんどん厳しくなっていきました。

酒井
確かにGW前頃には、外出自粛が浸透して感染者数が減少に転じる一方、「気の緩み」を相互監視する風潮も出てきていましたからね。ちなみに、この方は同時期に夫への不満を示す投稿も増えていたのですが、内容が辛辣過ぎるのでこの記事での掲載は見合わせたいと思います…。

見え隠れする自粛の限界

渋瀬
GW前までは自粛生活のストレスを抱えつつも、危機意識が維持されている様子が投稿からも読み取れました。しかしGW後には、投稿内容に変化があらわれてきます。


行武
気持ちが緩んでる人が増えたという一方で、この方も外出していそうですよね。さすがにこの頃になると外出自粛の疲れがでてきているのが分かります。

佐藤
ここまで夫に対する不満は多い一方で、子どもに対する不満はほとんど出てこなかったですが、育児に関しても愚痴が出てきていますね。確かに、一対一での時間が多くなると、親子といえども関係性が煮詰まってしまうところがあるのかも。

酒井
そこで出てくるのが昔大好きだったお菓子の記憶、なんですね。自粛疲れの中で願望として出てくるのは決して大それたことではなく、記憶の中にある小さな喜びだ、ということがリアルですね。

京都府の35歳女性にとってのコロナ

渋瀬
他の地域の方の投稿も見てみたいと思います。京都府にお住まいの35歳の既婚女性の一連の投稿を見てみましょう。子どもが一人いて、パートタイムで働かれている方です。この方もコロナへの危機感を募らせている投稿は2月から徐々に増え始め、3月末頃にピークを迎えています。ちょうど不満買取センター全体のコロナ関連投稿がピークを迎えたタイミングですね。下記がその投稿です。


佐藤
志村けんさんがお亡くなりになったことには多くの生活者がショックを受けましたね。危機意識が一段と高まったのは、この方だけではなさそうです。

渋瀬
本当にそうですね。また、この方はお子さんの学校が3月上旬から休校になり、早い段階から疲労を訴える投稿も目立っています。
実は、過去の投稿を見ると、元気一杯のお子さんを育児しつつ、「自分の自由な時間を持てない」という不満を以前から抱えていたようです。それが、コロナ禍でリモートワークしながら育児や家事もすることになりました。ますます一人の時間が減ってしまい、相当ストレスがたまっているようです。


酒井
上記に紹介した以外にも、Webミーティングへの不満だったり、感染対策用品で家のスペースが狭くなる不満など、生活の全方位でストレスが溜まっていますよね…。とにかく早く自粛が解禁され、友達と盛り上がれるのを待ちわびているようです。

苦しい中でも前を向く

行武
一方で、そんな苦しい状況を吐露しつつ、前を向こうともされてるんですよね。筋トレを続けたり、副業を検討し始めたり。


佐藤
弊所が実施している『新型コロナウイルスに関する生活者調査』でも「来月生活のどのようなことに力を入れたいか」を聴取しているのですが、4月調査と5月調査の結果を比較すると、「友人・恋人との交流」(32.8%→58.8%)、「趣味・遊び」(44.9%→66.7%)、「買い物」(44.1%→63.7%)など、多くの項目で前月の結果を上回り、様々な活動への欲求が高まっていることが伺えます。
こうやって一連の流れで見てみると、3月から約3か月にわたるコロナ禍による自粛生活を経て、生活者が今それぞれの生活の中で、ささやかな願望だったり楽しみを見出し、個々の活力を高めようとしているのではないかと思いました。

自然に発された声を分析する価値

酒井
通常の定量調査でも、回答として寄せられた生活者の生声を分析することはよくあります。ただ、それはあくまでも一つの質問に対しての回答なんですよね。生活者の意識の一面だけを集約したもの、というか。
こうやって一人の方の、誰に聞かれたわけでもなく発せられるオーガニックな生声を時系列で見ることで、人というのは様々な側面があって、後ろ向きな気持ちも、前向きな気持ちも両方抱えて、揺れ動きながら生きているんだということに改めて気付かされます。

渋瀬
本当にそうですね。事後的に意識を聴くことはデプスインタビューなどの定性調査でも可能ですが、不満買取センターには生活者一人ひとりの日常生活における”自然に発話された不満”が長期間蓄積されています。特に今回のコロナ禍のような社会変化においては、生活者がどのように変化したのか?を確認するのに有用と思います。

酒井
そのような観点でビッグデータから見つけ出した方に、リアルでも実態調査させて頂く、というような、デジノグラフィとエスノグラフィの合わせ技も可能ですよね。

:そのようなやりかたもあり得ますね。例えば、蓄積された不満データを使うと、日常生活のなかでの小さなライフイベントで起きた心境の変化と購買行動の変化等を、既存データの中から時系列的に追うことができます。
また、こうしたデータと個別の調査を組み合わせることで、消費者の不満変遷を追う”不満ジャーニー分析”や”不満ペルソナ分析”なども可能です。不満は、裏返せばニーズや価値観につながっていきますので、よりミクロな側面で消費者変化の読み解きをお手伝いするデータとして活用できると思います。

「生活者データ・ドリブンマーケティング通信」より転載

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