コロナ禍で対人ストレスと承認欲求が低下? 検索データでみる日本人の増えた欲求、減った欲求

コロナ禍によって「何かを育てたい、増やしたい」という欲求が高まる一方、対人ストレスや承認欲求は抑制された ―― 検索データ分析から見えてきた、日本人の欲求の変化を酒井研究員が解説します。

「2020年はどんな年だった?」検索データに訊いてみる

デジタル空間上のビッグデータをエスノグラフィ(行動観察)の視点で分析する「デジノグラフィ」。その一環がWeb上の検索データの解析です。検索は何か新しい行動を起こしたい、そのための方法や対策を知りたい、という人々の気持ちと密接に紐づいているからです。特に私たちが活用しているのが2つ以上の単語を組み合わせた複合検索データの解析です。2番目に入力されることが多い単語を軸としているため、「第2キーワード分析」と呼んでいます。

どういうことかというと、例えば「〇〇 使い方」という検索は様々な単語が○○に入る形で行われています。どんな単語が一番目のキーワードに来るかを調べることで、日本人が今使いはじめているものがわかる、ということです。ちなみにYahoo! JAPANの検索・人流データ分析ツールDS.INSIGHTによると、2020年3~11月に最も日本人に使い方が調べられたのは、性別や年代を問わず「Zoom」や「Teams」などのオンライン会議ツールでした。日本全体でテレコミュニケーションがトライされていたことがわかります。

探りたいことに応じて、第2キーワードは様々なものが考えられます。「〇〇 断り方」で見れば日本人が今一番、断りたいけど断りにくいと思っているものが。「〇〇 レシピ」で見れば日本人が今一番、作り方を知りたい料理がわかります。ちなみに、2020年のゴールデンウィーク中に一番検索された「断り方」は「オンライン飲み会の断り方」でした。緊急事態宣言中に一気に広がったオンライン飲み会ですが、この頃には既に引き気味な人も出てきていたようです。また、「レシピ」で検索される料理は季節によって変化するのですが、ごちそうが食べたい12月には毎年、「ローストビーフ レシピ」や「すき焼き レシピ」の検索量がピークを迎える、といった傾向も見られます。

第2キーワード分析の切り口となるのは多くの場合、「使う」「断る」といった動詞です。「レシピ」は名詞ですが料理を作るという行動と密接に結びついています。一方で、私たちが普段データを見る時の切り口は名詞がほとんどです。10代/20代、男性/女性、東京都在住/北海道在住といったデモグラフィックな属性だけでなく、ファッション高感度層など消費カテゴリによるクラスタリングも同様です。このような名詞による括り方は、規定される範囲が明確なのでとても分かりやすい反面、その範囲外に発想が広がらない面があります。検索データには人々がこれから行おうとしている動詞が大量に含まれているため、分析の切り口も動詞を起点にすると予想外のデータを見つけることができる、ということなのです。

言い方を変えれば、第2キーワード分析はいわば検索データに対する問いの投げかけです。「あなたは何を新しく使いたいんですか?」「あなたは何を断りたいんですか?」「あなたはどんな料理を作りたいんですか?」そんな問いを、ビッグデータの向こう側にいる生活者に投げかけるイメージです。動詞を中心とした生活者の行動に紐づく言葉を手がかりに検索データを解析すると、どんなコロナ禍による変化が見えてくるのでしょうか。

言い方を変えれば、第2キーワード分析はいわば検索データに対する問いの投げかけです。「あなたは何を新しく使いたいんですか?」「あなたは何を断りたいんですか?」「あなたはどんな料理を作りたいんですか?」そんな問いを、ビッグデータの向こう側にいる生活者に投げかけるイメージです。動詞を中心とした生活者の行動に紐づく言葉を手がかりに検索データを解析すると、どんなコロナ禍による変化が見えてくるのでしょうか。

昨年比で検索量が増えた、減った行動は?

幾つかの第2キーワードを含む検索について、コロナ禍が本格化して以降、2020年3~11月の検索ボリューム前年比を示したのが下記のグラフです。前述した「使い方」以外に、「増やし方」、「育て方」を含む検索が大きく増加し、一方で、「ストレス」を含む検索は減少していることが分かります。

具体的に見てみると、前年比+51.8%となった「○○ 増やし方」ではゲームソフト『あつまれ どうぶつの森』のゲーム内キャラクターやアイテムの増やし方を調べる検索(例:「あつ森 住民 増やし方」「あつ森 ベルの増やし方」など)が、緊急事態宣言の発令された4月から6月にかけて非常に多く行われました。ステイホーム中の日本で多くの人がこのゲームを遊び始めたことが分かります。

一方で、「お金の増やし方」の検索ボリュームは前年比-28.3%とむしろ減少しています。コロナ禍で経済活動が自粛される中、生活者の心理から「得られるお金を更に増やしたい」という攻めの姿勢が減じ、「今の水準をできるだけ維持したい」という守りの姿勢が強まったことが伺えます。

「育て方」を含む検索も前年比で+48.8%と大幅に検索ボリュームが増えました。
最も検索量が多かった上位3位は「トマト」、「きゅうり」そして「アボガドの種」で、野菜が上位を独占しています。特に「アボガドの種 育て方」は昨年の約3倍の検索量となりました。外出や外食がままならない中で、多くの人がイエナカで四季を楽しみつつ、料理にも使えるようにと野菜を育てていたことが伺えます。ちなみに、「育て方」を含む検索の特徴として、7~8割が50代以上に行われているということが挙げられます。特に野菜の育て方の検索は60代以上が過半を占める場合も多いのですが、比較的若い年代の比率が高いのはローズマリーやバジルなどのハーブ類の育て方で、これらの検索量も前年比で約2倍の伸びとなっています。

言葉への感度が上昇した一方で、ストレスは減少した

「使い方」を含む検索では、冒頭に紹介したようにZoom、Teamsなどテレワークのためのツールが全年代に検索されましたが、対人関係のオンラインシフトの影響は意外なところにも現れていました。その一つが、書き言葉への感度の上昇です。

「使い方」という第2キーワードは言葉の用法を調べる場合にも若い年代を中心に多く使われているのですが、中でも「御中の使い方」は2019年に最も検索された言葉の使い方でした。その検索ボリュームが、コロナ禍でさらに約4割増加しています。他に「各位」「ご無沙汰してます」「存じます」「遅ればせながら」など、ビジネス上よく使われる言葉が軒並み前年比で上昇しました。メールだけでなくチャットも多用されるようになったことから、あらためて文章上の言葉遣いが合っているのか、気になる人が増えたのでしょう。2020年は言葉への敏感さが上がった一年だったとも言えます。

一方で、昨年比で減少した第2キーワードもあります。「ストレス」を含む検索量は前年比で-19.0%となりました。2019年は年度明けの4~6月に検索量が増えていたのですが、2020年はその山が見られなかったのです。もちろん、「コロナ ストレス」などの新しい言葉は検索されたものの、「仕事 ストレス」や「ストレス性胃腸炎」といったこれまで大きなボリュームを占めていた仕事関連のストレスの検索ボリュームが減少。リモートワークになったり、会食などのつきあいが減少することで、対人関係のストレスは減少したと考えられます。

理想の自分を追わなくなった生活者

もう一つ興味深いのは、「好きな人に好かれる方法」「自分に自身を持つ方法」など、承認欲求を満たしたい、自己肯定感や他者評価を高めたいという気持ちが伺える検索が軒並み減少していることです。そんな検索をする人がいるのか、と思われる方もいると思いますが、2019年3~11月では延べ19万人以上、2020年同月でも延べ12万人以上がいずれかの検索をしたと推計されています。これは「エクセル 使い方」を検索する人(2019年13万人、2020年11万人)を上回るボリュームです。

このデータは様々な読み方が可能です。家に籠った結果、他人と自分を比較して悩むことがなくなったのでしょうか。あるいは、そもそも、理想の自分像を追うより対処しなくてはいけない現実があるからなのでしょうか。

ちなみに、コロナ禍中の2020年7月に行われた「生活定点」調査では、自分自身の力による自信、「自力自信」は2018年と同水準だったのに対し、何かに属していることによる自信、「依存自信」は上昇しました。(依存自信(何かに属していることによる自信)がありますか?)”ここではないどこか”に憧れるよりも、多少の不満はあっても会社や家、学校など、何らかの集団に属している現状のありがたさに意識が向かった、と解釈することもできそうです。

一方で、「好きな人に好かれる方法」や「写真写りがよくなる方法」には、様々な消費の源泉になりえる欲求でもあります。この結果を良いことと捉えるのか、やはり家に籠ること、リアルでの他者との関わりが減少することは向上心や活力の低下につながると捉えるかは、意見が分かれそうです。皆さんはどうお考えになるでしょうか?

2021年以降はどうなる?

最後に、これらの分析から見えてくる2021年以降の展望を考えてみたいと思います。コロナ禍による消費の低迷は感染の再流行によって一進一退を繰り返している状態ですが、2020年に全国で「使い方」がトライアルされたオンライン会議や電子承認などのリモートツールは、完全なテレワークがなくなり多くの人が出社するようになって以降もその便利さからオフラインと使い分けられながら定着・浸透していくでしょう。外出を自粛「しなければならない」というMUSTを端緒としたものの中から、「こんなに楽しいなら、自粛解除後もずっとやりたい」というWANTの消費が生まれ、定着しつつあるのです。

また、移動が制限された状況が続く限りエルダー(年長世代)を中心として「育てる」欲求は継続すると考えられます。例年、「○○ 育て方」は植物の栽培を始める人が多い4~6月に検索量が増えるのですが、再流行が予断を許さない中で自然の力、生命の力をイエナカで実感する消費は更に定着していきそうです。「貸し農園」の検索量も2020年の夏以降に徐々に増加しており、2021年春に本格的にブームになるかもしれません。

一方で対人関係がリアルで復活していくことにより、2020年に減少した自分を高めたいという欲求も、負の側面としての対人ストレスも徐々に復活していくはずです。しかし、本当に人々が前向きに攻めの姿勢に転じるためには、ワクチンの普及などによって感染の心配をしないで済む環境が整う必要があります。それが2021年内に達成できるかは、まだ未知数と言わざるを得ないでしょう。あるいはそのような欲求・ニーズまで、遠隔のバーチャルコミュニケーションであがなうことが可能なのか。2021年もMUSTを起点に始まった行動をWANTな行動に、New Normを真のNormに変化させ、定着させる試行錯誤は継続していきそうです。

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