どんどん白くなる若者たち
~37年間の若者ファッション画像解析・前編~

生活総研では、これまでも数々のデータホルダーと共同研究を行ってきましたが、今回は若者のファッションを1980年から街頭で定点観測しつづけているアクロス編集室とコラボレーション。同編集室が40年にわたって撮影・蓄積してきたファッション画像は、まさにビッグデータと呼ぶにふさわしいボリュームを誇ります。今回は、そのうち1万5000枚を解析。そこから見えてきた「若者のファッションの変遷」を、前編・後編に分けて紹介します。
前編では、画像の解析を担当した博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター(以下、MTC)の藤原晴雄、井村惇平による解析手法の解説を中心に、アクロス編集室の高野公三子氏、中矢あゆみ氏、大西智裕氏と、生活総研の佐藤るみこが、解析結果の背景を掘り下げました。

「ストリートスナップ」を解析に使うには

佐藤
アクロス編集室は1980年より、渋谷、原宿、新宿の路上でストリートファッションの「定点観測」を行ってこられました。その40年間の記録の集大成である『ストリートファッション 1980-2020』(PARCO出版)が、先日出版されたばかりです。

まずは、この「定点観測」というプロジェクトがどのようなものなのか、改めて編集長の高野さんにお伺いしたいと思います。

高野
アクロス編集室の定点観測は、民俗学研究者の今和次郎(こん・わじろう)が提唱した「考現学」に着想を得て、若者の動向をミクロな視点で捉えようというコンセプトで始まりました。1980年8月のスタート以来、毎週のように路上に出てフィールドワークを行い、若者のファッションを観察・分析しています。

観測時に意識している点としては、一般的なスナップとは異なり、おしゃれで素敵な人をキャッチするというより、街の風景として発生している現象と、そこで消費されるモノと人の掛け合わせを観察するのが私たちの目的です。そのために、毎回プレサーベイを行って、事前に観測テーマを決定してから現場に出るというスタイルを取っています。

佐藤
今和次郎の考現学は、私たちの「デジノグラフィ」の考え方のベースにもなっており、非常に親和性を感じるところです。

今回の研究では、アクロス編集室さんがウェブ上に公開されているファッション画像をご提供いただき、そこから後ろ姿などを除いた女性の画像1万5000枚を対象に解析を行いました。

解析にあたっては、MTCにデータの整備をお願いしました。私たち生活総研も、日頃さまざまなデータホルダーと組んでビッグデータを分析する中で、データ整備の重要性を常に感じています。今回、どのような整備を行ったのかを教えてください。

藤原
元画像は、いわゆる「ストリートスナップ」であり、背景に雑多なものが写り込んでいるため、まずはこれらを除去する必要がありました。

しかし、画像の枚数を考えると、手動で人物の輪郭を切り抜くことは非現実的だったので、今回はMask-R-CNNという物体セグメンテーションモデルを利用して、人物を自動でくり抜いています。これは、ピクセル単位で一般的な物体の検知を行うもので、人物に加えてリュックやバッグなどもある程度は取り除くことに成功しました。


高野
これまでにも、私たちが蓄積してきたストリートファッションの画像を分析に使いたいというお話はいくつかいただいたことがあったのですが、ほとんどは実現に至りませんでした。大きな理由は、まさに今おっしゃったように、背景などの問題からデータとして使いにくいということだったのですが、そのハードルをクリアしていただけたのが感慨深いですね。

機械に「色」を学習させるという難題

佐藤
データ整備後の解析については、MTCの井村さんに進めていただきました。今回、服装を解析するための視点として「色の明度」と「色の数」という2つの軸を採用していますが、この2点に着目した理由は何だったのでしょうか?

井村
そもそも、「色」というものを機械に認識させることが難しいという課題がありました。

例えば、人間の感覚からすると赤とピンクは似た系統の色ですが、同時にピンクと白も似た傾向の色といえます。かといって、赤と白が似ているかというと、そうではない。こうした「色の距離」みたいなものは、なかなか定義することが難しいのですが、それができないと機械に色を認識させることができません。

そこでまずは、色を抽出するのではなく、色の「明るさ」を見ることで、タスクをシンプルにするというアプローチを取りました。春夏に撮られた写真と秋冬に撮られた写真では、きちんと明度に差が出たというところで、この方針でいけそうだという手応えを得ましたね。

さらに、「明るさ」を軸に年次推移を追ったところ、近年は暗い色が減少し、明るい色が増えてきているという傾向が見えてきました。特にここ2年ほどで、その傾向は顕著だといえます。

【図版「明るい色が近年増加」】

路上観察とデータ分析の共通点とは

佐藤
解析のもうひとつの軸は「色の数」でしたね。

井村
はい。まず、色の数を数えたいというモチベーションがどこから生まれたかというと、今回いただいた画像を眺めていたところ、モノトーンの人もいれば、レインボーカラーみたいな服を着ている人もいて、やはり人によって色の使い方が大きく違うなと感じたことが出発点です。モノトーンならシンプルに1色か2色ということになりますし、レインボーカラーだと7色はあることになりますが、そういった「色の数」が服装の個性になりうると思ったので、その観点から解析を行うことにしました。

ただ、先ほども申し上げたように、機械に色を認識させるのは難しいため、ここは人間の手が必要だなと思い、「ファッション画像によく出現する色」を、僕のほうでピックアップしています。最初に100色くらいピックアップしてから、それらが人間の目で見たときにどう分類されるかを踏まえて、最終的に15色まで絞り込みました。

佐藤
この作業も、けっこう大変だったんですよね。

井村
そうですね。茶色とカーキとグリーンの境目ってなんだろう?とか、自分でもかなり迷った部分はあります。余談になりますが、最初は僕のPCの画面にブルーライトカットがかかっていたので、あとから見たときに色がまったく違うという落とし穴もありました。

高野
私たちが路上で定点観測を行うときにも、同じようなことが起こるんです。日なたで見るのと日陰で見るのとでは色のニュアンスが異なるので、そこは注意しています。

また、色の境目がわかりづらいというのもおっしゃるとおりです。特に、最近多いナチュラルカラーやアースカラーは、分類がかなり曖昧なので、カラーパレットを使って「どの色からどの色までがカーキに入るのか」というようにディスカッションを行い、定義化し、共有してから現場に行くという手法を取っています。

佐藤
「人の目」と「テクノロジー」では、解析の手法こそ異なりますが、意外とアプローチは似通っているのが面白いですね。

「色数の変化」が示す時代背景

井村
数えるべき色の定義ができたところで、その色が画像の中でどのくらいの「面積」を占めているのかを見るというのが、次のステップになります。

例えば、手の部分が肌色としてカウントされてしまうようなことはなるべく避けたかったので、その解決策として、あまりに面積が小さい色はカウントしないというルールを設けました。何度かシミュレーションを行った結果、今回は、面積が10%以上ある色のみを1色としてカウントしています。

佐藤
「色の数」の年次推移からも、興味深い結果が得られました。大きなポイントは、「色の数が増えた時期」が2回あったことです。

【図版「色の数が増えた時期は大きく2つある」】

ひとつめのピークは1990年です。この時期は、ちょうど雑誌文化が華開いて 様々なファッションスタイルが 提案されるようになった頃です。当時の服装をみると、柄物などカラフルな服装が流行し、その結果色数が増えていたことが分かります。

ふたつ目のピークは2012年です。この山は 2008年ごろから始まっていますが、これは ファストファッションが日本に上陸したタイミングと重なります。
当時の服装をみると、手頃な価格になった ファーやボア などの小物や靴で トレンドを取り入れた服装が流行。その結果、色数が過去最大値となっていました。

ところが、それ以降は一転して色数が少なくなっていきます。さらに具体的な色別の推移をみると、特に近年は、グレー、白、ベージュといった色が増えていることがわかりました。反対に減っているのは、黒、カーキといった暗い色合いです。どちらも服装の基本になるベースカラーですが、増減が対照的なのが分かります。

ここに、先ほどの「明度」の視点を組み合わせると、明るい色が近年増えた背景には、淡いベースカラーの増加があり、特にここ1、2年は「白やベージュなどの明るいベースカラーを、少ない色数でまとめる」というスタイルに、若い女性のファッションが収斂していることが見て取れます。

「俯瞰で見る」ことの大切さを再発見

以上の分析結果に対する考察は、後編でじっくり行っていただく予定ですが、まずはアクロス編集室の皆さんに、結果をご覧になっての感想を伺えればと思います。

高野
AIの解析というのは、「今ここ」を量的に分析するものだという印象が強かったのですが、今回の分析では「経年の変化」が見事に可視化されていて驚きました。私たちの中にも、「確かにこの時期は、白(黒)が流行っていたな」という肌感覚での考察はあるのですが、それが定量的に目の前で提示されたときの感動は大きかったですね。

アクロス編集室の定点観測は、2000年を境にインタビューにより注力するようになっていったという経緯があります。ウェブ媒体に移行したことで掲載のフォーマットが変わったというアーキテクト的な要因もあったのですが、同時に、その頃からファッショントレンドの時間軸が複雑化していって、仕上がりの服装だけではわからないことが増えたという現実もあります。昔のように「パンク好きの女の子はパンク系の服を着ている」という時代ではなくなったんですね。

そんなわけで、定点観測がよりインタビューを細かく行うようになっていったのは必然的な流れではあったのですが、今回、「色」という大きなファクターを軸にした変化を提示していただいたことで、改めて「俯瞰で見る」という視点を再発見できたような気がします。これは、とても新鮮な体験でした。

中矢
かたや路上に立って目で観測し、かたやコンピュータでデータを解析するとなると、ともすればまったく違う回答が出てきてもおかしくないはずなのに、見えているものがブレていないことに驚きました。路上に立っている身からすると、データだけでここまでわかるのかという衝撃がありましたね。

大西
僕としては、もっとAIならではの飛躍した、ある意味「暴力的な」解釈が出てくるのではないかと予想していたんです。でも、見えているものは意外と同じだったということで、まだまだ人間の目も捨てたものではないなと感じました。特に、分析の前段階では、やはり人力によるインプットが欠かせないということに、僕らとしても勇気づけられたような思いです。

データ分析の可能性を広げるテクノロジー

佐藤
今回の分析を終えて、MTCの藤原さんと井村さんのご感想はいかがでしょうか。今後新たに挑戦してみたい、ファッション画像分析の方向性などはありますか?

藤原
通常、われわれMTCが行うデータ解析案件は、「クライアントのプロダクトの売り上げを伸ばす」といった、ミッションありきのプロジェクトが大半です。今回のように「フラットにデータから知見を得る」という探索的な案件は未知の領域であり、その点で非常にチャレンジングな試みでした。

探索的なデータ解析の場合、残念ながら都合よく面白い発見が得られることのほうが少ないといえます。ですが、今回はアクロス編集室の皆さんと、(後編にご登場いただく)久保友香先生の専門的な知見に支えられ、有意な結果が出せました。その意味で、ひとつハードルをクリアできたように思います。

一方で、機械の力でできることは、まだたくさんあるとも感じています。僕がやってみたいことは、大きく分けて2つですね。

近年は、カラーバランスを自動で調整する手法が盛んに研究されています。そういった技術を取り入れて、天気やカメラによる画質や色味のゆらぎを揃えることができれば、時代や環境を越えて色を統一することができるので、より繊細なカラー分析ができるようになるでしょう。それがひとつ。

また、今回はカラーが主要な着目点でしたが、服の形状や靴の種類といった質的な部分も、もっと分析要素に加えたいところです。靴だけ取っても、すでに「スニーカー」「サンダル」「パンプス」といった細かさでラベリングすることが可能になっています。その知見を取り入れれば、例えば「スニーカーに合わせてこういうソックスが流行っている」というようなところまで深堀りできるでしょう。

井村
例えば、服装の色の組み合わせや明度の傾向がわかったときに、その時代の社会や経済の状況はどうだったのかというマクロなデータとの相関が分析できれば、当時の生活者がファッションに何を求めていたのかという、価値観のようなものも見えてくるのではないでしょうか。

今回、分析しながら「なぜ人はおしゃれをするのだろう?」という単純な疑問がわいてきたのですが、そういった深層心理の部分まで掘り下げることができれば、データ分析の可能性はさらに広がるだろうと感じています。

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