#エモい #チル #◯◯好き…どう違う?―色データ×AIで、ハッシュタグ考現学

博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)が提唱する、デジタル上のビッグデータをエスノグラフィ(行動観察)の視点で分析する手法「デジノグラフィ」。
今回は、生活者がSNSに投稿したさまざまな画像の「色」のデータを分析することで、一見似ていると思われるさまざまな「ハッシュタグ」の、隠れた特徴や意味を探ってみたいと思います

目次

・ 似て非なる?「カメラ好き」「写真好き」
・ 視覚から探る「趣味」と「推し」の違い
・ Z世代が使う新語「エモい」「チル」を目で読み解く
・ デジノグラフィで進化する考現的「目の方法」

似て非なる?「カメラ好き」「写真好き」

最初にひとつクイズです。次のA、Bの二枚のチャートは、Instagram上で一定期間内に、

#写真好きと繋がりたい
#カメラ好きと繋がりたい

という、一見「同じじゃないの?」と思われるハッシュタグを冠して投稿された画像の「色」を、AIで解析したものです。

AIはそれぞれのハッシュタグが付与された大量の画像一枚一枚から「何色の情報が含まれているか」を抽出してくれます。生活総研ではそのデータをもとに、特徴となる色の出現比率を面積に変換し、カラーパレットとして描き出しました。
(以下の分析はデータ取得日である2022年1月21日の季節性を反映していることを念頭にお読みいただけますと幸いです。)

AとB、どちらがどのハッシュタグのパレットだと思いますか?

答えは……。

A:#カメラ好きと繋がりたい
B:#写真好きと繋がりたい

でした。当たりましたか?

ご覧いただくとわかるとおり、「#カメラ好き…」は彩度が高く、カラフルな色の含まれた写真が多いことがうかがえる一方で、「#写真好き…」はどちらかといえばパステル調の淡い色合いが目立ちます。

実際にどんな写真が投稿されているのかは後述のリンクからご覧いただけるのですが、両者の何が違うのか、わかりやすい比較画像から考えてみたいと思います。

例えば次の二枚の写真は、絶景の無人駅として知られる愛媛県の下灘駅を撮影したストックフォトです。

同じ下灘駅を撮った写真でも…|写真提供:PIXTA

左の写真は、抜けるような青空と、下灘駅のコントラストが素晴らしく、カメラの性能や画像処理機能が存分に発揮されているように感じる、臨場感ある写真です。

他方、右の写真は同じ場所を撮っていても、臨場感というよりは逆に、幻想的でレトロな印象を受けます。

今回の色データの分析からは、「#カメラ好き…」のハッシュタグが付与された画像には左のようなタイプの写真が多く含まれ、「#写真好き…」には右のようなタイプが多く含まれているとみられます。

つまり一見似ている二つのハッシュタグの間には、「何を撮るか」という対象への関心の違いだけでなく、「世界はこう見えていてほしい」という願望のようなものの違いが現れていると言えるかもしれません。

※Instagramのアカウントをお持ちの方は、下記リンクから各ハッシュタグのついた投稿一覧をご覧いただけます
  A: #カメラ好きと繋がりたい
  B: #写真好きと繋がりたい

両者の言語上の違いは、「写真かカメラか」という、わずかな差にすぎないのですが、言語ではなく「視覚」を入り口にすることで、生活者がそこに込めた意味や感情の、思わぬ違いが浮かび上がってくるように思えますね。

視覚から探る「趣味」と「推し」の違い

続いて次の二つのハッシュタグを比較してみましょう。

 #趣味  vs.  #推しのいる生活

です。

二つ目のハッシュタグに含まれる「推し」は、

「私、あのアニメーションのあのキャラクター推しなんです!」
「来月、私の推しが舞台で主演するんですよ!」

といったように使われ、「推す対象」は実在の人間だけでなく、作品中のキャラクターや、「あのお城推しです」のようにモノにまで広がるとされている、比較的新しい表現です。

一方で「『推し』という言葉が新しいだけで、やっていることは昔のファン活動や趣味と同じじゃないの?」と思われる方いるもかもしれません。

そこで言葉ではなく視覚から、「趣味」と「推し」の違いを探ってみるわけです。

両者のハッシュタグを冠して投稿された画像群を解析したカラーパレットは、次のようになりました。

「#趣味」には、目を引く彩度の高いバラエティに富んだ色が数多く出現しているのに対して、「#推しのいる生活」は逆にふんわりした印象の、彩度が低い色を中心としたパレットになっています。

もともとの「趣味」の対象は、料理や手芸や釣り、鉄道、スポーツなど実に多様な対象を含みますから、パレットの色の多様性の高さも合点がいきます。

一方で「推し」も人からモノまで多様な対象に広がるとされるわけですが、そこには趣味とはまた違ったかたちで、視覚的な暗黙の共通項が成立しているかのようです。推しの衣装や髪の毛の色から、推しにちなんだデザインのネイルやアクセサリー、手作り推しグッズ、さらにはそれらを撮影する際の装飾や背景効果…被写体はさまざまなはずですが、不思議とふんわりとした色合いが多いようです。

Instagramへのリンク
  #趣味
  #推しのいる生活

Z世代が使う新語「エモい」「チル」を目で読み解く

それでは今度は、いわゆるZ世代を中心にひろがっている新しいことば同士で比較してみましょう。

 #エモい  vs.  #チル

です。

業務や学校のレポートで、新語や流行語の意味を説明する必要がある場面などに、

「『エモい』『チルする』か…最近よく目にするけど、意味を説明してといわれると難しいな…」

と悩んで、何度もネット検索したことはないでしょうか。

なんとなく雰囲気はつかんでいるつもりでも、いざ知らない人に説明するとなったら、言葉では難しい。

辞書的な定義がまだ定まっていないうえに、日々若者のコミュニケーションやSNS上で使用されながら意味を拡大、変化させている…

そんなときに言葉による定義をいったん横に置いておいて、生活者自身がその言葉にどのような「視覚」的なイメージを重ねているかという視点を入り口にすることで、「つまりこういうことか!」と直感的に理解できるかもしれません。

データの解析結果から作成したパレットはこちら。

なるほど、 「#エモい」のパレットは、面積の広い寒色系の世界の片隅に、小さく鮮やかな色がキラキラ光るような構成になっています。対して「#チル」は、あたたかみのある暖色系の色を中心としながらも、空や樹木のような自然な鮮やかさを感じさせる色が差し色のように点在するパレットとなりました。

このことから例えば、「エモい」は、

全体としては寒色から感じる寂しさのある感情だけど、ただ寂しいだけではエモくならなくて、そのなかに心をハッとさせるようなきらめきが含まれている感情…

そう定義できるかもしれません。

また「チル」は、

抜けるような青空やギラつく陽射しというよりは、まず心をリラックスさせてくれるようなやわらかな感覚があって、その先にささやかな爽快感が含まれている感情…

というように定義できるかもしれません。

エモい、チル…似ているようで違う?|写真提供:PIXTA

Instagramへのリンク
   #エモい
   #チル

デジノグラフィで進化する考現的「目の方法」

これらの定義はあくまでその時点での仮説であって、ほんとうに実態と合致しているかはその後の生活者の使用実践が証明していくことになるでしょう。

ただ、AIによる画像解析という「機械の目」の力も借りて視覚を入り口にすることで、もしかしたら人間が言葉だけで考えていては見落としていたような意味や、意外なる要素に気づくきっかけが生まれるかもしれません。

生活総研では他にも、「#カフェvs. #喫茶店」「#BBQ vs. #焼肉」など、Instagram上で人気で、かつ一見類似しているハッシュタグの比較分析を行いました。

下記の画像中の各カラーパレットをクリックしていただくと、解析のもとになっているInstagramの各ハッシュタグ付き画像一覧へのリンクが新規ウインドウで開きます。
AIによるデータ取得は2022年1月に行なっているため、リンク先にある現時点のデータとは若干異なりますが、もとになっている画像データの雰囲気はつかんでいただけるかと思います。

(グラフが表示されない場合は、Firefox、Chrome、Safari、Microsoft Edgeなどからアクセスしてください)

さて、このような「目」からのアプローチは、もともと、生活総研が研究手法として取り入れてきた「考現学」(注2)の特徴の一つでもありました。

たとえば歴史社会学者で考現学を研究する佐藤健二さんは、その特徴を「徹底した『目の方法』」と「統計」であると指摘し、目の方法について次のように述べています。

対象からも、また自分の感情からも、適切な距離を保たなければ、信頼を置ける観察はできず、突き放して記録することもできない。考現学は、記録をつくるということ自体において、そうした観察が直面する方法性を意識していた。
それは徹底した「目の方法」であった。

(出典:佐藤健二「考現学の本願と方法的基準について」『現代思想2019年7月号 特集=考現学とはなにか――今和次郎から路上観察学、そして〈暮らし〉の時代へ』2019年 青土社)

今回私たちが行った「言葉の意味を視覚から定義してみる」という試みも、世間で言われている定義や自分の思い込みからいったん距離を取り、ひたすら観察してみるというものです。

実際のところ考現学提唱者である今和次郎らは、「履き物(雨天)の現実」「某食堂のカケ茶碗調べ」や「洋服の破れ箇所」「新宿三越マダム尾行記」といった数々の独創的な「採集」をスケッチなどの視覚的な手法を通じて行い、その結果を統計化することによって、言語が取りこぼしてしまう人間の無意識を可視化しようとしていました。

左:「履き物(雨天)の現実」|右:「某食堂のカケ茶碗調べ」
(出典:今和次郎著・藤森照信編『考現学入門』筑摩書房刊)

ただひとつ、考現学のこの方法に限界があったとすれば、いくつもの対象を徹底的に採集する研究には、途方もない人手や時間がかかるということです。したがって、採集できる量は様々なリソース上の制約を受けることになります。

ところがいまや私たちは、機械の目や計算能力をうまく使うことで、考現学が探求しようとしていた目の方法を、考現学が誕生した1920年代当時よりもはるかに高速かつ大規模に実践できる環境を手にしているわけです。

とてもワクワクしますね。

今回はSNS上にアップロードされた無数の画像を分析しましたが、もちろんそれ以外のあらゆる画像の分析や、言語情報と組み合わせた分析も行うことができます。

生活総研ではこらからも様々な方法とアイデアを用いて、生活者データのもつ可能性を研究していく予定です。

注1) Quilt.AIは世界初の文化人工知能(Culture AI)。様々なソースからデータを抽出・分析、人間の感情や文化的なコンテクスト読み取り、データから意味やインサイトを発見できるよう訓練されている。
https://www.quilt.ai/sphere/

注2) 考現学は1927年、今和次郎により提唱された学問。現代の社会現象を場所・時間を定めて組織的に調査・研究し、世相や風俗を分析・解説しようとするもの。考古学をもじってつくられた造語。エスペラント語に翻訳して「モデルノロヂオ」とも表現された。


■分析・算出方法
カラーパレットの作成にあたっては、Quilt.AIを用いて、Instagramにおいて各ハッシュタグが付記された投稿を最大1000件ずつ解析し、画像に含まれる137色の色毎の出現数と構成比を算出。ツリーマップ化に際しては各対ごとに、一方の構成比が他方に対して高い色のみを色を抽出し、ハッシュタグごとに色の構成比を算出して描画。データ取得日は2022年1月21日

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