博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)が提唱する、デジタル上のビッグデータをエスノグラフィ(行動観察)の視点で分析する手法「デジノグラフィ」。
今回は、生活者の「お金の使い方」と「意識」の間にどのような関係があるのか、データを起点に意識調査やデプスインタビューを組み合わせて探ってみたいと思います。
高まる「幸福」「ウェルビーイング」への関心
次のグラフは、Wikipedia日本語版における「幸福」「ウェルビーイング」のページの閲覧数推移を時間軸上に積み上げ面積グラフとして描いたものです。ご覧のように、データ取得が可能な2015年6月以降、「幸福」ページの閲覧数が徐々に増加するなかで、2019年5月に「ウェルビーイング」のページが開設されると「幸福」を上回る水準で「ウェルビーイング」の閲覧数が増加し、持続している様子がみてとれます。
一方、企業のブランド活動においても、いわゆるブランドパーパスという概念が浸透するにつれ、自社商品を購入してもらうことだけでなく、顧客である生活者の幸せにどう寄与するのかが問われるようになってきているようです。
閲覧数の増加も、「そもそも生活者にとって幸福な状態とは?」「ブランドパーパスで述べられているウェルビーイングとは?」ということが改めて気になっている人が増えていることを表しているのかもしれません。
確かに、幸福については、影響を与えるとされる様々な要素が存在します。また「◯◯な生活が幸福な生活である」といったような理想を提示する幸福論も多数論じられているかと思います。
今回トライしてみたのは、そんな多様な側面を持っている「幸福」というものを、“実際に生活者がとっている行動”から捉えてみる、という試みです。
しかもコロナ禍というストレスフルな状況においても、幸福を実感している生活者がいるとすれば、その人たちはどんな行動をとっているのでしょうか?
家計簿データと意識調査を組み合わせる
今回は「お金の使い方」と「幸福度」の関係をデータから検証してみたいと思います。使用したのは1,000万ダウンロードを超える家計簿サービス「Zaim」のデータです。
生活総研ではZaimの協力の下、同サービスの利用者のうち調査に協力いただいた6,915人を対象に家計簿上に記録された支出データを分析。さらに、同じ対象者に意識調査も実施しました。そのうえで「品目ごとの年間支出回数」と「10点満点で回答された幸福実感度」(以下、幸福度)の関連性を分析してみました。
まず基本的な幸福度の分布をみてみましょう。データを小さい順に並べた四分位数から導き出される幸福度の区分は、9点~10点、6点~8点、0点~5点となりました。
以降このデータではそれぞれの区分を上から、幸福度が高い生活者、中くらいの生活者、高くない生活者と設定して分析を進めます。
幸福度と支出総額の関連性は高くない
まずこのデータを使って「幸福度が高い」と答えた生活者が「1年間に何をどれくらい買っているのか?」をみてみましょう。
幸福度については世帯年収など、経済的な条件との関連が指摘されますから、幸福度が高いと、支出金額も、あらゆる品目において多い傾向があるのでは?…そう思われるかもしれません。
「ところが分析の結果わかったのは、幸福度が高ければ高いほど、使うお金の総額も多いわけではない、ということでした。こちらは幸福度別の支出の総額を示した分布図です。無数の丸印のひとつひとつは、一人の生活者を表しています。
データから幸福度が高くないグループと中くらいのグループを比較すると、全品目の支出総額の平均金額は、中くらいのグループが60万円多くなっています。しかし幸福度が中くらいのグループと高いグループを比べると、幸福度が高いグループの全品目の支出総額の平均金額は、逆に15万円少なくなっているのです。どうやら「幸福度が高ければ高いほど支出金額も多い」という関連性はそれほど強くはないようです。
一方で、カテゴリ別にみてみると、「幸福度が高ければ高いほど支出金額や支出回数が多い」傾向が認められたものがいくつかありました。例えば旅行、食料品、下着の支出などです。
そして全てのカテゴリの中で、幸福度の高さと、支出金額や支出回数の関連が、最も強くみられたものがあります。次の4つのカテゴリのうち、どれだか分かりますか?
最も高い関連性を示した「プレゼント」支出
データが示した答えは、「プレゼント」でした。飲み会やレジャーは傍目には生活者を楽しくしてくれそうな行動ですが、「プレゼント」は、それらの行動に伴う支出よりも、幸福度との関連があるようなのです。
次の図の左の散布図は、幸福度の高さ別に「プレゼント」の年間支出回数を比較したものです。
ご覧のように、幸福度が高い人ほど、「プレゼント」の支出回数が多い様子が浮かび上がってきます。
幸福度が高い人は、高くない人に比べて、5回分多い、13.8回の支出をしています。つまり1.6倍ほど支出回数が多いのです。
あまたある支出の中で、他でもなく“他人のための買い物”が幸福度と関係していそうだというのは、なかなか意外な結果です。そんな幸福度が高い人は一体何を買って、贈っているのでしょうか。
「プレゼント」の中身には大差はない
次の図は家計簿アプリZaimのレシート入力機能で、「プレゼント」として入力された品目を分析したのち、商品やサービス名に該当する名詞の上位20個の構成比を、面積グラフとして描いたものです。
二つの面積グラフのうち、左は幸福度が高くないと答えた方々のレシートの出現率、右は高いと答えた方々のレシートの出現率を示しています。
ご覧のように送料や、チョコレート、ケーキ、お菓子といった品目が並ぶのですが、紫色でハイライトした上位5位の品目は、まったく同じでした。
つまり、幸福度の高さと関係のある行動は何かと考えた時、「プレゼントとして何を贈ったか」という面では大きな違いはない、ということになります。
世帯年収が高いとプレゼントをたくさん買うわけではない
並行して世帯年収と「プレゼント」への支出回数の関係もデータで確認してみました。
ご覧のように、右端の世帯年収の高い方々の「プレゼント」の支出回数は、左端の高くない方々に比べて1.1倍にとどまりました。それほどの強い関連性はない、と言えそうです。
行動データを定性情報から捉え返す
さてここまで明らかになってきたような、年13回以上も「プレゼント」を贈る方々は、いったいどんな動機や気持ちで贈っているのでしょうか。生活総研ではZaimユーザーのなかで該当する方々に対し、自由回答でその理由を質問しました。
例えば、こんな回答が得られました。
「プレゼント探しをすることで、自身の知見も広がり楽しい。」
「ちょっとした会話から相手が喜んでくれそうなものをリサーチしている」
つまり、自分の手元に残らないものを買いながら、自分自身も楽しんだり、相手がどうしたら喜んでくれるかに想いを巡らしながら、購買行動を行っている様子がうかがえるわけです。
テキストマイニングから気持ちを探る
こうした生声に加えて、自由回答の全データも定量的に分析してみましょう。
次のネットワーク図は、回答全文のテキスト構造を自然言語解析し、共起語のネットワークとしてグラフ化したものです。他の単語と繋がっている単語ほど円の大きさが大きくなっています。
これを「プレゼント」支出が年間12回程度の方々と、24回程度以上の方々で比較してみましょう。
ご覧のように、左の頻度が高くない方々と比べると、右の高い方々では、「喜ぶ」という単語が、「感謝」「気持ち」「好き」など、非常に多くの単語と繋がっている、つまり一緒に使われている頻度が高いということがわかります。相手の喜びを想像することが重要な意味を持っていることがうかがえます。
さらにn=1に着目する
こうした生活者の意識をさらに具体的に明らかにするため、今回私たちは、分析した家計簿データに含まれる、ある一人の生活者の方に、事前に同意を得たうえでインタビューを実施しました。
福島県に住われている20代後半女性のAさん。データ上の「プレゼント」支出は年間29回 総額¥136,182でした。なかなかの頻度と総額ですね。
そのAさんの1年間の「プレゼント」支出を図にしたものがこちらです。
ご覧のようにどこかの一月に集中しているわけではなく、ほぼ毎月、革靴から釣り道具、会津馬刺しまで、ご本人も忘れていた支出も含めて、実に様々なジャンルや金額の贈り物を贈っていることがわかります。
オンラインでインタビューも実施しました。Aさんは、相手の気持ちを想像しながら選ぶ時間の豊かさや、互いに贈り合うことで、生活のなかに、思い入れのような、モノ以外の価値が生まれていく体験を語ってくださいました。
「プレゼント」は自分の手元に残らないお買い物ですが、引き換えにAさんは多くのものを得ているわけです。
「プレゼント回数が多い人」は大都市圏以外にも広がる
今回の意識調査では、回答者に居住地の郵便番号も聴取しました。この位置情報を使うと「ある品目の支出回数が多い人が、地理的にどこに多く分布しているか」という地図を描くことができます。これを「飲み会」支出と「プレゼント」支出について描画し比較してみたのが次の地図です。
ご覧のように「飲み会」への支出回数が多い人は大都市圏に集中する傾向がみられるのに対して、「プレゼント」の支出回数が多い人は、大都市圏以外の様々な地域にも分布していることがわかります。これらのデータからは「頻繁にプレゼントを買って誰かに贈る」という行為が、居住地に関わらず実践されている生活行動である様子が浮かび上がってきます。
つまり、どこに住んでいても実践しやすい行動である一方で、自分の手元に残らないものにお金を使うという、ある意味で敷居の低い“利他的”な生活行動が、生活者の幸福実感に関わっているようなのです。
最後に、今後の研究に向けて少し興味深いデータを紹介したいと思います。
このヒートマップは、今回分析対象とした6,951人分の、92の品目ごとの支出回数データに基づき算出したスピアマンの順位相関係数を用いて、品目同士の類似度を可視化したものです。スピアマンの順位相関係数は2つのデータの傾向が似ているかどうかを示す指標で、特に家計支出回数のような値のバラツキが大きいデータに有効な方法とされています。
縦軸と横軸の品目は、その品目の順位相関係数の平均値が高い順に並んでいて、上位30品目を抜粋しています。まず着目したいのは、「プレゼント」の支出回数が4番目にランクインしているということです。それだけ多くの他の品目との関連性が高く、「プレゼント」支出回数がある程度多いと、他の品目の支出回数も同様に多い傾向にある、ということになります。
ではその「プレゼント」は、他のどの品目の支出回数傾向と似ているのでしょうか。横軸の品目を「プレゼント」との順位相関係数が高い順に並べ替えてハイライトしたのが次のマップです。
ご覧のように「コスメ」「アクセサリー・小物」「美容院」「下着」「洋服」といった、美容・衣服関連の品目が上位に並びます。つまり「プレゼント」支出回数がある程度多いと、これらの品目へも同様に多い傾向にあるようなのです。
「プレゼント」それ自体は自分の手元に残らないものに対する支出ですが、その支出回数が多いことと、自分をメイクアップしたりドレスアップしたりするための支出回数が多いことは、矛盾しない。他者をケアすることと自分をケアすることが、お金の使い方という面でも関連しているとすれば、新たな生活者像がみえてくる気がします、
幸福度と利他的な消費
ここまで行動データと意識データからみえてきた生活者の行動をおさらいしてみましょう。
■無数にある支出のカテゴリのなかでも、幸福度が高い生活者は、「プレゼント」への支出金額や回数が多い
■幸福度の高さは年収の高さや贈る品物が何かといったこととはあまり関連性がない
■相手の喜びを想像しながら色々な品を選んで頻繁に贈ることが、幸福の実感につながっているようである
ということでした。
これは正直なところ意外な結果でした。分析前は、幸福度の高さと関連するのは、レジャーなど「自分へのご褒美」のような行動くらいかなと想定していたのですが、より強い関連性がみられたのは「他人のためのお金の使い方」、いわば“利他的”な消費だったのです。
データやAさんの言葉が教えてくれたのは、他人に何かを“贈与”するからこそ生まれる喜びでした。そんな贈りものが、お返しという形で交換を生むこともある。そうしてやりとりが続いていくと、支出という形でお金は出ていき、買ったものも残らないけど、誰かとのつながりが残って関係が強まっていく。筆者も今回の分析を通じて、もっと誰かに利他的に暮らしてみるといいよと教えられた気がします。
「網羅的なデータと「意外な驚異や発見」
調査研究を振り返って、インタビューに応じて頂いたAさんの印象的な一言を思い出しました。それは、「頻繁にプレゼントをするのはそもそもなぜですか?」という研究員からの質問に対して、Aさんが自問自答するようにつぶやいた一言です。
「そういえば、どうしてなんでしょうね?」
客観的にみればとてもユニークで習慣的な行動であったとしても、本人は意外と無自覚だったり、その裏側の意識は必ずしも明確ではない、ということはよくあります。 でもだからこそ、一緒に「なぜ?」を掘り下げる意味も生まれる。生活者と私たちの間で、新たな対話が始まった瞬間でした。
人は必ずしも合理的ではなく、ときに、周りからみると矛盾したふるまいをする。でも本人のなかでは何かの意味がある。そのことをデータの向こう側にいる生活者から教えられたように感じます。同じ行動を繰り返していたり、あるいはその行動を突然止めたり、変化させたりする裏側には、無自覚ではあってもきっと何らかの意識が隠れている。
今回のトライは「幸福」というものを、実際に生活者がとっている行動の網羅的なデータから捉えてみる、という試みでした。そこから浮かびあがってきた発見には、分析者である私たちはもちろん、生活者自身も自覚していない行動と意識とのつながりが含まれていたように感じます。
対象を網羅的に観察してみる、というのは、生活総研が研究手法として取り入れてきた「考現学」(注1)の特徴の一つでもありました。考現学提唱者である今和次郎は「品物を買い、あるいはつくるときにはみな喜んでいるけど、それらの実際使われている状況はどうか?〈中略〉それらの運命はどうなっているのだろうか?」という関心から、ある家庭の間取りから所有物までをすべてスケッチで記録した研究を残しています。
そのスケッチを紹介するなかで今は「品物にかきそえた細かい注釈をいちいちおよみ願いましょう。意外な驚異や発見などがあることと信じます」と述べています。
(出典:今和次郎「新家庭の品物調査」『考現学 今 和次郎集 第1巻』1971年 ドメス出版)
今回の私たちの研究でも、仮説をもちながらもいったん無心になって網羅的にデータと向き合ってみたことで、ポジティブな意味で自分たちの思い込みがひっくり返り、「意外な脅威や発見」に出会う瞬間がありました。膨大なデータを組み合わせて生活者研究をする醍醐味は、そんなところにあるのかもしれません。
生活総研ではこれからも様々な方法とアイデアを用いて、生活者データのもつ可能性を探究していく予定です。
注1) 考現学は1927年、今和次郎により提唱された学問。現代の社会現象を場所・時間を定めて組織的に調査・研究し、世相や風俗を分析・解説しようとするもの。考古学をもじってつくられた造語。エスペラント語に翻訳して「モデルノロヂオ」とも表現された。