位置情報データからみえる「移動と幸せ」の関係

博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)が提唱する、デジタル上のビッグデータをエスノグラフィ(行動観察)の視点で分析する手法「デジノグラフィ」。
今回は、生活者の「お金の使い方」と「意識」の間にどのような関係があるのか、データを起点に意識調査やデプスインタビューを組み合わせて探ってみたいと思います。

位置情報による行動観察の可能性

コロナ禍を機に、人流データなど人の移動に関するビッグデータに注目が集まっています。無数の携帯端末から発信される位置情報のおかげで、以前は不可能だった水準で生活者の移動の実態を観測することが可能になってきました。生活総研ではもともと考現学(注1)に由来する“行動観察”の手法を研究に取り入れてきましたが、今回は“携帯電話の位置情報”という高い解像度を持ったデータを通じた行動観察と、“生活者の幸福度をたずねる意識調査”を組み合わせて研究を行いました。

分析に使用したのは、ドコモ・インサイトマーケティングが提供する、モバイル空間統計です。いつ/どんな人が/どこから/どこへ/何人移動したかがわかる携帯電話の位置情報などのビッグデータを利用した人口統計情報になっています。

今回はこの統計情報の分析に加え、東京都在住者から抽出した1,314人の生活者に対して定量調査を実施し、幸福度をはじめとした意識を聴取して、回答結果にその方々の「移動データ」をつなげた分析を行いました。

意識の聴取に際しては、10点満点で尋ねる幸福の実感度などを質問しました。

一方、移動データの方では、無数の基地局が把握している携帯電話の位置情報を使って、1km四方単位で生活者の移動を分析しました。この“1kmのメッシュ”は、東京中心部でいえば代々木公園と明治神宮をあわせた面積の8割くらいのサイズ感です。

このようなデータを用いることで、移動データだけでも色々なことがわかります。例えばJR中央線が通る“八王子市に住む生活者”に着目してみましょう。一人ひとりの移動データからは、1ヶ月以内に滞在したことのあるエリアがその人たちの自宅エリアからどのくらい離れている場所なのか割り出すことが可能です。滞在したエリアを近場と遠方の半分に大別して、八王子市民にとっての近場、日常的な生活圏とでも言える範囲の平均値をとって円で描くと半径は15.39kmになります。

一方、同じJR中央沿線が通る“新宿区に住む生活者”の生活圏は、平均して半径20.31kmの円として描き出されます。八王子駅と新宿駅は、鉄道なら最速37分で行き来できる、同じ沿線上にあります。

ところがこの二つの生活圏を一枚の地図にプロットしてみると、重ならないのです。

このデータからは、同じ沿線上に住んでいたり、時間的に近接していても、実は生活者はある種の「みえない圏境」で生活圏を住み分けている場合がある、ということがわかります。

このように“実際に生活者が動いた軌跡”である移動データに、さらに“その生活者が感じている幸福度”という意識データをつなげてその関係を分析してみる、というのが今回の試みです。

「休日おでかけ距離」で分析してみる

今回生活総研では、幸福度と関連がありそうな「三つの移動データ」の分析を進めました。
一つ目は「休日おでかけ距離」です。

1ヶ月の間の、土日祝日に行なった自宅からの移動のうち、最も長かった移動距離を「休日おでかけ距離」としています。まず、東京都内の市区町村毎に、そこに住む人々の「休日おでかけ距離」の中央値を算出します。そこで算出された市区町村毎の中央値を都内全てで平均した値を「東京都在住者の中央値平均」として算出すると、6.8kmでした。

(中央値というのは、データを大きい順に並べた時にちょうど真ん中に位置する値のことです。今回のような種類のデータでは対象者ごとの値のばらつきが非常に大きい場合があり、平均値では実態を正しく反映できないケースが多いため、主に中央値を使って分析していきます。)

6.8kmというのはどれくらいのおでかけなのでしょうか。仮に世田谷公園付近に自宅があると考えた場合、明治神宮外苑や等々力緑地あたりまで、ということになります。

世田谷公園から明治神宮までは公共交通機関を使うと片道50分なので、この場合、往復の所要時間が2時間弱のおでかけということになります。

それではこうした移動データに、幸福度という意識データをつなげて分析していきましょう。10点満点で質問した幸福度を統計の手法に従い、低(0~5点)/中(6~8点)/高(9~10点)のグループに分けて、移動データとの関連性を分析していきます。

先程説明しました「休日おでかけ距離」について、幸福度別の距離の中央値を分析すると、次の図のような結果になりました。幸福度の高くないグループでは5km、中くらいは5.5km、高いグループは7.0kmとなっています。

つまり「『幸福度が高い』と答えた人は、そうでない人に比べて「休日おでかけ距離が長い」という傾向があるということがわかります。

「いきつけエリア数」で分析してみる

次に分析してみたいのは「いきつけエリア数」です。
これは「1ヶ月の間に、1回2時間以上の滞在を、月2回以上行なったエリア」として設定しています。いわばある程度定期的に訪問して滞在していたエリア、ということになります。この「いきつけエリア数」の東京都在住者の中央値平均は、2.6箇所でした。

自宅や職場、学校なども含んでいますので、例えばフルタイムで働いている生活者の場合、自宅、職場加えて、もう一つあるかないか、といったところですね。

ではそのような「いきつけエリア数」は、幸福度で別ではどのようになっているのでしょうか。
エリア数の中央値を算出してみると、すべて2ヶ所で、まったく違いがありませんでした。

つまり“幸福度が高いと回答した人が、いきつけエリア数も多い”わけではない、ということになります。日常的に出入りしているようないきつけのエリアが多いと知り合いや馴染みの場所も多くて楽しそうというイメージもあるかもしれませんが、必ずしもそうではないようです。これは少し意外な結果でした。

「訪問エリア数」で分析してみる

それでは三つ目の分析です。
「いきつけ」というほどではないものの、“1ヶ月の間に、1時間以上の滞在を、1回でも行ったエリアの数”でみてみるとどうでしょうか。ここでは「訪問エリア数」と呼びます。自宅のあるエリアは除き、それ以外に条件に当てはまる様々なエリアが含まれます。

こちらの東京都在住者の中央値平均は、10ヶ所でした。

ちなみに生活者一人ひとりの「訪問エリア」はどのように分布しているのでしょうか。
次の地図は、今回の分析対象者群の訪問の様子(場所×距離)をモデル化したものを抜粋し、色分けしたものです。

一つひとつのパターンの持つ訪問エリアはすべて10エリアなのですが、コンパクトに近場にかたまっている訪問パターンから、ダイナミックに東西や南北を行き来する訪問パターンまで実に様々なパターンがあることがわかります。(訪問の行き来を示す円弧の始点は、各10エリア座標の中心に最も近いエリアを自宅と仮定した場合のものです。)

ではこのような多様な「訪問エリア」への移動は、幸福度とどのような関係にあるのでしょうか。生活者の「訪問エリア数」を、幸福度別に分析してみましょう。その中央値を算出すると、幸福度が高くないグループでは9ヶ所、中くらいは10ヶ所、高いグループは11ヶ所となり、幸福度が高いと「訪問エリア数」も少しずつ多い、という結果でした。

「訪問エリア数」の定義は“1ヶ月の間に、1時間以上の滞在を、1回でも行ったエリアの数”です。したがってたとえ1時間のような短い滞在でも、あるいは1回きりという滞在でも、その“数”が多ければ、少なくとも「行きつけエリア」の数の多さよりも幸福度に関係がある、ということになります。

1点刻みの幸福度と「訪問エリア数」の関連性を確認してみても、やはり同様の傾向がみてとれます。次の図をみてみましょう。

幸福度を「0点」と回答した生活者の訪問エリア数の中央値が「6カ所」なのに対して、幸福度を最高の「10点」と回答した生活者の訪問エリア数の中央値は「13カ所」と2倍以上の値を示しました。これは幸福度が2~8点の人と比べても頭一つ抜けた値です。

地図上の訪問モデルでみてみましょう。幸福度が高い生活者の訪問モデル(画像右上)では11ヶ所のエリアに訪れています。また江東区から八王子市まで非常に広範囲に及んでいるのはもちろんですが、三鷹市や町田市など、両端だけでなく中間のエリアにも訪問していることがみてとれます。一方、幸福度が高くない生活者の訪問モデル(画像右下)では訪問エリアは5ヶ所で、範囲も限定的なものとなっています。

今回定義した「訪問エリア」のように、長居せず1時間だけ、月1回だけ訪れるようなエリアが含まれる場合でも、エリアの数が多いとエリア自体も多様となり、それが幸福度の高さに結びつくのかもしれません。

近くてもOK たくさんのエリアに訪問すること

ここで気になるのが、“距離”との関係です。幸福度と関連性がありそうな「訪問エリア数」ですが、それらのエリアは自宅からどれくらい離れた場所に分布しているのでしょうか。

そこで幸福度の点数別に“「訪問エリア」までの距離の中央値”を算出し、次の図の左側に棒グラフとして描画しました。例えばグラフ中の“幸福度10点”の人と“幸福度2点”の人の「訪問エリア」までの距離の中央値は、まったく同じ8kmでした。したがって中央値でみる限り、両者の訪問エリアまでの距離は変わらないということになります。

もう少し詳しくみてみましょう。上の図の右側には“幸福度が高く、かつ訪問エリアまでの距離の中央値が8km台の人”(赤色)と“幸福度が高くなく、かつ訪問エリアまでの距離の中央値が8km台の人”(青色)の訪問パターンの例を示しました。

赤色の訪問パターンは一見すると遠出ばかりしているようにみえるかもしれませんが、よくみていただくと近場にもたくさん訪問していることがわかります。その結果、中央値でみると幸福度が高くない人の場合と距離がそれほど変わらないのだと考えられます。

つまり“日常生活の中でとにかくたくさん遠い場所に出かけている人が幸福である”、ということではなく、“数多く色々なエリアに出かけているということ自体”が重要であるらしい、という可能性がみえてくるわけです。

多様な行動のなかで幸せをみつける

距離以上に「訪問エリア数」の多さが、幸福度の高さと関わっているのは、一体なぜなのでしょうか。今回の分析結果に対して、学術的な観点から長年「幸福学」をご研究されている慶應義塾大学大学院 教授の前野隆司さんにご意見を求めたところ、次のようなお答えがかえってきました。

「今回みえてきた幸福度の高い生活者に特徴的な『訪問エリア数』の多さは、単に数が多いということにとどまらず、その裏側にある行動そのものの多様性を感じさせる点がおもしろいですね。

数の多さは、その人にとっての何かの多様性を満たそうと行動した結果であるように思います。そのような場所は『固定された場所』というニュアンスのあるサードプレイスとも違う。

行動や友達が多様な人は画一的な人よりも幸せという研究がありますが、そのような多様性が、自分は幸福である、という意識につながっているのではないでしょうか」

なるほど、数自体が目的なのではなく、その人なりの生活にとっての“多様さ”を求めて行動した結果が、移動データ上の「訪問エリア数」の多さに結びついているのではないか、というわけですね。

次のグラフは今回の調査で、コロナ禍以前に比べて増えた生活実感を聴取し、全体との差分の上位3項目を採録したものです。その分析の結果、「訪問エリア数」が多い生活者は、そうでない生活者に比べて「職場や学校の仲間とのつながり」「住んでいるまちへの愛着」に加えて「新たな人との出会い」の増加を感じているようである、ということが確認できました。

これらのことから、前野さんもご指摘されているように、「訪問エリア数の多さ」と「行動の多様性」が関わっていて、その多様な行動のなかで新しい出会いや刺激を開拓している生活者の姿が浮かび上がってきます。

サードプレイスだけでなく多くのエリアに訪問する

ここまで幸福度という意識データからみえてきた生活者の行動をおさらいしてみましょう。

まず、幸福度が高い生活者は、「休日おでかけ距離」が長い、という傾向がある。
そして休日だけでなく日常的な生活の中での、「1時間以上1回でもいた訪問エリア数」が多い。
そうした生活行動の中で、生活者は多様な場所で、新しい出会いの機会を得ているようである。

前野さんも挙げておられましたが、従来、人の生活には「サードプレイス」が重要だとされてきました。アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグが提唱して広く知られている概念で、家、職場や学校につぐ、三番目の「とびきり居心地のよい場所」だとされています。いわば毎日のように決まって通うことができる、比較的固定的な場所のようです。

一方、今回の位置情報を用いた“行動観察”の研究からみえてきたのは、そんなサードプレイスとはまた違った種類の場所への移動の実態と、幸福度という意識との関係です。必ずしも長居するわけでないし、行きつけになるくらい近所ではないもしれないけれど、多様で、新しい出会いの機会を作ってくれるエリアに多く訪問していることが重要であるようです。

冒頭で触れた考現学提唱者の今和次郎は、1930年代に「新宿三越マダム尾行記」とういう研究報告を著しています。彼は新宿三越デパートに来る女性客の服装や買い物の様子を追跡し、その特徴や傾向を分析しました。そして新宿三越マダムたちがモダンなライフスタイルを追求する一方で、伝統的な価値観や習慣にもとらわれていることを指摘しました。

今らは他にも数々の独創的な「採集」をスケッチなどの視覚的な手法を通じて記録し、その結果を統計化することによって、言語が取りこぼしてしまう人間の無意識を可視化しようとしていました。

今回の生活総研の試みでは、無数の基地局が把握している携帯電話の位置情報を使うことで、今らが行った観察よりはるかに多い数の生活者の、1ヶ月という長期間にわたる移動の足跡を観察することができました。

その移動先には、親しい友達もいれば、喫茶店のカウンターで挨拶するだけの知り合いがいるかもしれません。あるいはただ河川敷で空を眺めているだけかもしれない。でもそんな多様な行き先で、生活者は少しずつ幸せを蓄積していたのではないでしょうか。

従来なら目につきにくく、定量的に把握するのが難しいそんな行動が、今回、携帯電話の移動データの力を借りることで浮かび上がってきたように思います。

生活総研では今後も考現学的なアプローチに新しいデータ、新しい技術を組み合わせて生活者研究を推進していく予定です。

■モバイル空間統計 データ概要
株式会社ドコモ・インサイトマーケティングが提供するデータ「モバイル空間統計®️」。いつ・どんな人が・どこから・どこへ・何人移動したかがわかる約8,500万台(2022年3月時点)のNTTドコモ携帯電話ネットワークにおける仕組みを使用して作成される人口統計情報。
今回の生活総研との研究では東京都の居住者、勤務者のデータを活用。事前許諾を得たスマートフォンユーザーの携帯電話基地局の位置情報をもとに定量調査を実施し、緊急事態宣言解除後の「今年2021年10月時点の生活」について聴取。調査時期は2021年12月、調査対象は19〜69歳/島嶼部除く東京都居住者、対象者数は計1,314人。アンケート配信サービスのココリサにてデータを収集(https://www.dcm-im.com/service/60/#service

注1) 考現学は1927年、今和次郎により提唱された学問。現代の社会現象を場所・時間を定めて組織的に調査・研究し、世相や風俗を分析・解説しようとするもの。考古学をもじってつくられた造語。エスペラント語に翻訳して「モデルノロヂオ」とも表現された。

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