話さないからむしろ伝わる 家族をつなぐ「ほったらかし通話」
2026.04.20
研究員の渡邉です。突然ですが、最近のコミュニケーションってちょっと頑張りすぎな気がしませんか? SNSでは言葉を慎重に選び、スタンプひとつで空気を読み、ビデオ通話では背景を気にする……。そんな情報のやり取りに、少し疲れを感じている方にこそ知ってほしいエピソードがあります。
なにも話さないから伝わる
東京に住む私と実家の愛媛にいる両親の間での「ほったらかし通話」が、気づけば10年ほど続いています。週に2~3日、スマホをハンズフリーにしたまま1時間ほどつなぎっぱなしに。特別な会話があるわけではなく、聞こえてくるのはただの生活音です。
・トントンと野菜を切る音
・テレビのナイター中継への歓声
・両親のコソコソ話す声
一見、意味のない「雑音」の往復。しかし、そこから家族の今が鮮明に浮かび上がります。「母はいつもの生活リズムで家事をしているな」「父の声に張りがあるな」「両親で仲良くやっているな」。ビデオ通話だと、つい「元気?」「最近どう?」と用件を探してしまいますが、「ほったらかし通話」は言葉にする前の心の様子がふっと伝わってきます。編集も脚色もしていない生の音だからこそ、嘘のない安心感が生まれるのです。
「無駄」を愛でる若者たち
こうした「意味や用件のない時間」を慈しむ感覚は現代の大きな潮流であり、特に若者世代で顕著なようです。生活総研が1994年から30年ぶりに実施した若者調査(19~22歳未婚男女を対象)では、「無駄を楽しんで暮らす」と回答した人は40.3%から64.5%へと、30年間で24.2ポイントも上昇しています。効率や正解を求められる「タイパ至上主義」の裏側で、私たちは本能的に何の役にも立たない余白を心の安全地帯として求めているのかもしれません。

2011年にLINEが無料通話を開始して以来、長時間つなぎっぱなしのコミュニケーションは一気に一般化しました。相手が寝るまで通話をつなぐ「寝落ちもちもち」という若者言葉が生まれたのも、その象徴でしょう。文字や画像、スタンプが豊富になった一方で、私たちは言葉のニュアンスに過敏になり、「即レスしなきゃ」「誤解されないように」という緊張度はむしろ高まっているようにもみえます。だからこそ、具体的な言葉を必要とせず生きている音をただ流しっぱなしにして、あえて余白を愛でる行為が、とても贅沢なコミュニケーションだと感じるのです。
タイパの時代に、あえて選ぶ「音の余白」
この生活の音や気配を聞きたいというニーズは、孤独を癒やす新しいサービスや、プライバシーに配慮した緩やかな見守りといった、単なる家族の習慣や若者の流行にとどまらない、新しいビジネスのヒントが隠されていると感じています。タイパを求める時代だからこそ、あえて具体的な情報をやりとりしない「音の余白」を楽しむコミュニケーションに新しい価値が眠っています。
「ネタ会」とは?
生活総研では毎月1回、研究員が身のまわりで見つけた生活者についての発見や世の中への気づきを共有する「ネタ会」を開催しています。粒違いの研究員が収集してきた採れたての兆しをご覧ください。