四半世紀で「ダサい」はどう変わった? 外見だけでなく「内面」評価の概念へ
2026.04.20
2000年、ミレニアム到来のなかで博報堂生活総合研究所が発表したひとつのレポートがあります。タイトルは「ぼくらはみんな、ダサいんだ」(「生活者」展 1981-2021)。 あれから26年。かつて「ナウい」が死語となり、それでも生き残った「ダサい」という言葉は、令和の今、どのような受け止め方をされているのでしょうか。
「自分はセンスが良い」の終焉
2026年調査(博報堂生活総合研究所 「“ダサい”に関する調査」/首都圏・阪神圏・名古屋圏、20~69歳男女、1,500人、2026年3月、インターネット調査)で浮かび上がったのは、自己認識の変化です。「自分はセンスが良い方だ」と回答した人は40.9%であるのに対し、「自分はダサい方だ」と認める人は59.1%で過半数を超えました。
2000年調査(首都圏、21~75歳男女、354人、2000年8月、郵送法)とは調査手法や対象が異なるため厳密な比較はできませんが、当時の数値をひとつの指標としてみると、64.7%が「自分はセンスが良い方だ」と回答していました。この26年間で数値は大きく逆転しており、現代の生活者がより謙虚に自己を捉えている変化が読み取れます。

「自分に厳しく、他人に優しく」
しかし、興味深いのは、自己評価が下がる一方で、「他者」への評価が極めて寛容、かつ肯定的になっている点です。「日本人全体ではセンスが良い人が多い」と回答した人は51.5%に上り、2000年の28.1%から大きく上昇しています。

この傾向は、かつて「ダサさ」の象徴とされがちだった「親世代」への評価にも顕著に表れています。2000年調査では、全体の71.3%が「自分の親の世代は、自分の世代よりダサい」と回答していたのに対し、2026年調査では、その割合が61.0%へと10pt以上減少。逆に「自分の世代の方が、親の世代よりダサい」と回答する人が39.0%と4割も存在します。しかも、20代においては、その割合が約半数にも跳ね上がるのです。


「ダサさ」の定義は外見から「内面・行動」へ
なぜ、これほどまでに他者へ寛容になれたのか。それは「ダサい」という言葉の意味が、「外見の不完全さ」から「内面の傲慢さ」へと移行したからです。
2000年のレポートでは、当時「ダサい」という言葉が、あくまで「表面的な格好悪さ」を意味する言葉として重宝されていたと記されています。服のセンスや髪型など、目で見えるものの不完全さを指し示すためのラベルだったのです。しかし、令和の今、その定義は変容しているようです。「ダサい」という言葉の語彙そのものが、目に見える「外見」から、目に見えない「内面や行動」にまで深く食い込みはじめています。
2026年調査「ダサいと思うこと」を紐解くと、かつての「ファッションの流行遅れ」など、「表面的な格好悪さ」を指す言葉を超え、個人の思想や社会への向きあい方にまでその語彙が広がっていることがわかります。なかでも象徴的だったのは「選挙に行かないこと」で、75.3%もの生活者が「ダサい」の烙印を押しています。かつて政治への無関心は「クール」や「中立」と捉えられることもありましたが、令和の今、社会参画を放棄する姿勢は、格好いいとは対極にある「無責任でダサいもの」へと明確に定義が書き換えられているようです。「自分の意志を持たないこと」そのものを「ダサい」とみなしているのかもしれません。

生活者の声から見るリアルな「ダサい」
自由回答でも外面への指摘は一部みられるものの極めて少数派で、社会の一員としての想像力を欠いた内面や、品性を欠いた振る舞いが、現代における最大の「ダサい」こととして多く断罪されています。
Q. ダサいと感じた具体的なものを教えてください。
【20代】
• あおり運転 (22歳男性/愛知県)
• 電車の中で足を組み、他人の邪魔になること(24歳男性/大阪府)
• 風呂キャン(お風呂をサボること)(27歳女性/神奈川県)
• SNSでの調子に乗った発言(29歳女性/大阪府)
【30代】
• 店員さんに怒鳴る人間(31歳男性/愛知県)
• ぶつかりおじさん(30歳女性/大阪府)
• 管理職の若い頃の根性論自慢(35歳女性/埼玉県)
• 間違ったことを謝らずに誤魔化す (39歳女性/東京都)
• 妊婦さんや高齢者に席を譲らず、電車の中で飲食をする若者 (39歳女性/大阪府)
【40代】
• 路上喫煙(44歳男性/大阪府)
• 歩きながらの食事(45歳男性/愛知県)
• 地位によって急に態度を変える(48歳男性/大阪府)
• ルールを守れない大人(40代女性/大阪府)
• 下町の細い路地を飛ばすスポーツカー(49歳女性/神奈川県)
【50代】
• 人を傷つける行為(54歳男性/東京都)
• 風貌より子どもみたいな行動 (57歳男性/大阪府)
• お店で威張る客 (56歳女性/東京都)
• 並んでいても順番をまもらない割り込み(57歳女性/千葉県)
【60代】
• 誹謗中傷 (62歳男性/愛知県)
• 自転車5台で並走している女子高生(62歳男性/大阪府)
• バス停とか歩道にタバコの吸い殻(64歳男性/愛知県)
• 人を見下す人 (60歳女性/愛知県)
• 電車の中でのお化粧(61歳女性/東京都)
• 最低限のマナーが身についていない(62歳女性/神奈川県)
• 電車が揺れて身体が当たると、わざと当たり返す人(69歳女性/大阪府)
こうした傾向は、「ダサい」の類義語としてあげられた言葉の変化にも顕著に表れています。
2026年の調査で「ダサい」に代わる表現を聞いたところ、「地味」「センスがない」「かっこ悪い」といった、かつてのような外見への評価も残る一方で、目立ったのは「内面のあり方」を問う言葉でした。
具体的には、「痛い」「見栄っ張り」といった自意識の過剰さを指摘するものや、「清潔感がない」「気が利かない」「疲れる」といった、周囲への配慮の欠如を突く表現。さらには「残念な」「知性を感じない」「愚か」といった、個人の品性そのものに対する手厳しい評価が並びました。
「ダサいと裁くこと」こそが最もダサい。
自由回答の中には、令和の「ダサさ」という概念そのものを根底から覆すような、「ダサさ」の本質を突く鋭い視点も見受けられました。
・ 「人、物、施設などダサいとは言いたくないし、面と向かって言うような人は嫌いですね。」(50代男性/大阪府)
・「他人のファッションをダサいと言う人間」(55歳男性/愛知県)
・ 「自分の服装がダサいかどうか考えながら生きる行動自体がダサい」(40代女性/神奈川県)
ここにあるのは、「ダサい」という言葉を使って他者をジャッジしたり、自分の見え方ばかりを気にしたりすること自体が、最も「洗練」から遠い行為であるという逆説的な美学です。今の時代、誰かのファッションや感性を「ダサい」と裁くこと自体が、最も「ダサい(内面が洗練されていない)」行為とみなされます。
2000年に「ぼくらはみんな、ダサいんだ」と宣言したあの時から四半世紀。私たちは「ダサさ」を克服したのではなく、自らの不完全さを認め、他者の不完全さを笑わない術を学びました。かつて、他者を「ダサい」とする背景には、自分の優越感を確認するという心理が宿っていました。相手を否定することで、相対的に自分を優位に保つための手段として「ダサい」という言葉が使われていたのです。しかし、言葉の重心が「外見」から「内面」へと移った令和の今、その価値観は逆転しました。他人の欠点を指摘する振る舞いこそを、「ダサい」とする感性も芽生えてきているのです。
こうした価値観の変化を経て、私たちはようやく、かつての「ナウい」よりもずっと誠実で、しなやかな「格好良さ」の正体に近づいているのかもしれません。