船と船の間に… 「待つわ」の密度
2026.05.18
瀬戸内国際芸術祭を訪れたとき、高松の港で黙々と勉強する高校生たちの姿が目に入りました。ひとりやふたりではありません。最初は土地柄、勤勉なのかと思いましたが、その背景には香川特有の通学事情があるようです。

小豆島などの離島から高校へ通う生徒たちは、フェリーの乗船時間や乗り継ぎの待機を含めると、往復で数時間もの動かせない“待ち時間”が日常的に発生します。港のベンチやターミナルのロビーは、教室でも自室でもない「第三の学習空間」として機能しているのです。
数年前に、岡山放送の取材にフェリー乗り場で応じたある高校生は、「友だちや後輩と楽しい話をしたり一緒に勉強したりできてすごく有意義な時間を過ごせた」と話しています(※)。卒業時にはフェリーやバスの乗務員に花束を贈る伝統もあるといいます。フェリーでの通学時間そのものが、ひとつのコミュニティを育んでいるのですね。
例えば「次の船が出るまでにこのドリルを終わらせよう」というように、船の時刻が締め切りとして機能することで、断片的な待機時間でも、高い密度の学習時間へと変わっていくようです。移動と待機のあいだに挟まれた時間が、むしろ深い集中を引き出しているのかもしれません。

生活総研の「生活定点」調査では、「電車を待つ時間にイライラしますか」という問いに「イライラする」と答える人は、2002年の全体平均76.7%をピークに、2024年には63.9%にまで減少しています。(「電車が来るのを待っている時間にイライラする」:63.9%|博報堂生活総研「生活定点1992-2024」調査)スマートフォンでゲームをしたりショート動画を流し見したりと、待ち時間を潰す手段が格段に豊富になった情報環境が背景にあるのでしょう。それはそれで、現代のひとつの現実を映しています。
しかし、港のベンチで静かに鉛筆を走らせる高校生たちは、そうした平均値がイメージさせる生活者像には収まりません。外から課された締め切りを手がかりに、待つという受動的な時間を、能動的な学びの密度へと変えています。交通至便な都市生活者を主な対象とした調査結果から平均化された統計からは決して見えてこない「時間の意味」が、日々の生活のなかにこそ、静かに息づいているのだ、と教えられた気がしました。
- 岡山放送「『3年間の感謝の気持ちを込めて』小豆島で過ごした高校生がフェリーの乗務員らに花束【香川】」2023年3月1日。https://www.ohk.co.jp/data/24196/pages/ 2026年3月18日閲覧。
「ネタ会」とは?
生活総研では毎月1回、研究員が身のまわりで見つけた生活者についての発見や世の中への気づきを共有する「ネタ会」を開催しています。粒違いの研究員が収集してきた採れたての兆しをご覧ください。