「時間術」が流行る世の中で… なぜか「非効率」に惹かれる理由
2026.03.23
世は「時間術」の花盛り
はじめまして。研究員の牛越です。書店に行くと時間術の本がずらり。ひと昔前と比べるとこうした書籍が増えた実感はありませんか? スケジュールの組み立て方や時間を節約する考え方を説くものまで、時間術の内容は多岐に渡ります。時間をお金で買う感覚も、一般常識として定着したようです。作業を効率的に進め、時間を無駄にしない過ごし方が注目されている一方で、効率を追い求めすぎ無駄を削ぎ落としすぎて、失っている側面もあるのではないでしょうか?
生まれたはずの時間はどこへ?
時間に追われる私たちは、つくりだした時間を有効活用できているのでしょうか。近年はAIの台頭による作業の効率化や、コロナ禍以降に普及したリモートワークによる通勤時間の削減など、時間を生みだす仕組みや取り組みが一般的になりました。これまでに比べて時間は実際に削減できているはずです。しかし、以前よりも仕事の量が増えて、楽になるどころか今まで以上に時間に追われていると感じる方も多いでしょう。対面の打ち合わせでは移動時間を考慮して予定を組み立てていたところが、オンラインツールの普及により、会議が連続して今まで以上に予定が埋まるようになった方も多いのではないでしょうか。本来なら移動時間分が自由に使えるはずが、効率化によって生まれた余白は知らず知らずのうちに消え去ってしまっています。過度な効率化に疲弊している風潮を感じさえします。
非効率な選択・行動の魅力
そんな風潮のなか、効率至上主義の反動として新しいトレンドも生まれているようです。昨年の夏、生活総研が発表した「育てるデジタル、信じるアナログ。」では、位置情報アプリの「足跡機能」を活用して、「回り道してでもまだ足跡をつけていない場所に行ってみよう」というデートをしている20代カップルの事例をご紹介しました。(育てるデジタル、信じるアナログ。〜生活者の実践)
求めている結果を最短距離で手に入れることも大切な観点ですが、あえて時間をかけて行動するケースも今後、増えていくように思えます。デジタルツールが提示する最適解をそのまま受け入れるのではなく、自ら試行錯誤するプロセスを楽しみたいという生活者もいるのですから。
結果も大切ですが、そこに至るプロセスを体感したい欲求があり、そのプロセスに主体的に向きあうからこそ得られる経験値やスキル、感情を求めていると推察できます。
例えば、海外サッカーを観戦するなら、今はコンテンツ配信サービスで気軽に視聴できます。現地観戦より明らかにコスパもタイパも抜群です。しかし、会場の熱量や試合の躍動感のようなライブ感は現地に出向かないと得られない経験です。実際に観戦に行く人も一定数いることを踏まえると、このような一見非効率な体験を通して、生活者は自分の日常に手触り感を求めているといえます。
非効率から得られる気づき
結果を最短で求めすぎる私たちは、本来出会える貴重な経験まで失っているのかもしれません。効率化で得た新たな時間を意図的に非効率に使うことで、きっと新しい気づきがあるはずです。プロセスを踏むからこそ得られる経験やスキル、感情があるからこそ、そのプロセスはあえて簡略化しない。身近な例では、ネットショッピングで手軽に本を購入もできますが、その本を探しに書店に向かうと興味が惹かれる本に出会ったりしませんか? 偶然見つけた本が実は後々に自分自身に良い変化を加えるエッセンスになったりします。目標に最短で向かっている場合、こういう出来事にはなかなか巡りあいません。非効率なことをあえて選ぶ、効率的にしすぎないことは、無機質になりがちな私たちの生活に彩りを与えて、豊かにしてくれる考え方ではないでしょうか。