信用コンパス

信用できるのはどっち? 「信用コンパス」の12年変化

2025.08.18

2025 8 月号

SNSに突如流れてきた衝撃的なニュース速報。あなたはその情報を、疑いなく信じることができますか。生成AIの登場によって、今や誰もが本物と見紛うほど高精度なフェイク画像や動画、ニュースをつくりだせる時代になりました。真偽の入り混じった情報が洪水のように押し寄せるなかで、私たち一人ひとりが何を信じるのかという判断の軸が根底から揺さぶられています。それは、インターネットのなかにとどまらず、私たちの様々な価値観に影響を及ぼしているかもしれません。

博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)では、首都圏・阪神圏の20~69歳男女1,000人を対象に、インターネット上で「信用コンパス」調査を行いました。この調査はモノ・コト・サービス・情報・価値観・人物像などに関して、二者択一形式の質問を97項目設定し、「どちらが信用できるか」を答えてもらったものです。複雑化した時代を乗り切るためのいわば信用の羅針盤=「信用コンパス」といえるでしょう。

この調査は2013年にも同一設計・同一質問で実施しているため、2025年の結果と時系列比較が可能です。この12年間で、人びとは何を信じ、何を信じなくなっているのでしょうか。

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男女の信用は互角に

まず、「女と男、どちらがより信用できるか」という対比についてみてみましょう。2013年では、女性と答えた人は38.0%に留まっていました。しかし、2025年をみると、その構図は一変。女性と答えた人は49.8%へと急増していますし、かつて24.0ptあった男性と女性の差がほぼ拮抗するかたちとなったのです。

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2015年に成立した女性活躍推進法や、2014年と2019年の2回にわたる男女雇用機会均等法の改正などにより、この12年間で女性の社会進出がさらに進み、政治や経済の分野でも活躍する女性が目立つようになりました。また、価値観の多様化が進み、社会における役割意識をはじめとした男性優位な男女のイメージが変化してきたことも、この結果に影響しているかもしれません。

ペットと恋人の立場は逆転寸前

「恋人」と「ペット」の信用度の比較においても、この12年間で様変わりしています。2013年では、「恋人」と答えた人は60.4%と多数派で、まだ、人間関係の絆が動物への愛情を上回っていた時代でした。しかし、2025年になると、その状況は大きく変わり、「恋人」と答えた人は52.8%にまで低下。信用コンパスは7.6ptも「ペット」側へと振れ、両者の差はわずか5.6ptにまで縮まりました。このままのペースでいけば、数年後には「動物であるペットへの信用が人間の恋人を上回る」という逆転現象が起きるかもしれません。

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恋愛離れや単身世帯の増加が叫ばれる今日において、ペットはもはや単なる生き物ではなく、言葉を発しないだけで、どんなときも裏切ることなくひとえに愛情を注いでくれる家族の一員としての地位を確立しつつあるようです。

経験がものをいう時代からの転換期か

続いては、「10代の本気」と「60代の情熱」の信用コンパスについて。もしあなたが信用して手助けをするとしたら、どちらでしょうか。2013年により信頼が置かれていたのは、経験に裏打ちされた「60代の情熱」で、全体の65.9%を占めました。酸いも甘いも噛み分けた世代の熱意には、何物にも代えがたい重みと説得力があると考えられていたのでしょうか。しかし、2025年のデータでは、「60代の情熱」と答えた人は52.8%にまで大きく低下しました。

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既存のルールや成功体験が通用しにくくなった現代において、経験豊富な「情熱」よりも、常識にとらわれない新しい発想で未来を切りひらこうとする「10代の本気」に、より大きな価値をみいだす人が増えているのかもしれません。また、SNSの普及で若者が様々な事象に取り組む姿が可視化されるようになった影響もあるでしょう。経験がものをいう時代から、未知の可能性に期待する時代への転換点を迎えているとも言えそうです。

社会全体が「きびしさ」から「やさしさ」へ

心地よい言葉で包み込んでくれる人、耳の痛いことであっても率直に伝えてくれる人、あなたならどちらを信用しますか。この対比が象徴的に表れる「リーダー像」についての信用コンパスはどうなっているでしょうか。

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2013年において、より信用されていたのは「きびしいリーダー」で、支持率は59.9%。強い指導力で組織を引っ張る、ある種の「鬼コーチ」的なリーダーシップがまだ有効とされていた時代です。 ところが2025年、この評価は完全に覆ります。「きびしいリーダー」を信用するという声は40.9%へと19.0ptも低下し、約6割が「やさしいリーダー」の方を信用すると答えたのです。わずか12年で、多数派と少数派が完全に入れ替わる、「価値観の逆転」が起きました。

愛のムチはもう古い? 叱咤から激励に

「褒めてくれる人」と「叱ってくれる人」の信用コンパスも、この大きな価値観の変化を裏付けています。12年前に「叱ってくれる人」と答えた人は62.6%。これは、あえて欠点を指摘し、厳しい言葉で成長を促す愛のムチこそが相手への真の思いやりであり、信用の証であると広く考えられていた時代を反映しているようです。

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しかし2025年のデータでは、「叱ってくれる人」への信用は50.8%へと大きく低下しました。かつて25pt以上あった大差は、わずか1.6ptにまで縮まっています。人々が「きびしいリーダー」よりも「やさしいリーダー」を求めるようになったのとまったく同じ理由で、「叱咤」よりも「激励」に信用を置くようになったと考えられるでしょう。

妻の信用が盤石に

夫婦、親子、そして友人。私たちの最も身近な人間関係における信用のあり方も、この12年で大きく変化しました。まず、既婚男性の意識について、「妻と自分、どちらがより信用できるか」という質問から見てみましょう。

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2013年において、「妻」と答えた既婚男性は24.0%に留まりましたが、2025年には43.3%にまで上昇しています。

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さらに、かつて既婚男性にとって大きな存在であった「母親」との比較でも、妻の地位は盤石で、「妻」の方が信用できると回答した人は、2013年の64.9%から2025年には71.4%にまで上昇。現代において、既婚男性は「自分本位」や「母親依存」の考え方から脱却し、妻の権威が大幅に向上した、という明確な意識変化がみられます。

妻の信用は夫から女友だちへ

一方、既婚女性のデータは、夫にとって少し耳の痛い結果となってしまいました。「女友だち」と「夫」では、2013年に「夫」と答えた既婚女性は74.2%も存在し、夫を深く信用していたことがわかります。しかし2025年になると、その値は60.0%へと14.2pt低下しました。では、その信用はどこへ向かったのか。それは「女友だち」です。

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夫への信用が盤石ではなくなり、同じ目線で共感し、支えあえる女友だちの存在が、既婚女性にとっての大切な心の拠り所としてその価値を増しているようです。この12年間で、夫はより妻への信用を深化させ、妻は夫だけでなく同性の友人にも信用を分散させるようになりました。ひとつ屋根の下に住む家族であっても夫と妻の信用コンパスは、違う方向を向いているようです。

家族より愛情より「お金」

「世の中、結局お金なの?」――この誰もが一度は口にしたことのある問いにも信用コンパスの揺らぎが見えます。まず衝撃的なのは、「家族」との比較。「お金」と「家族」の信用では、2013年時点では、「家族」が圧倒的な信頼を得ており、「お金」と回答した人は22.4%にとどまっていました。しかし2025年、「お金」を信用する声は37.0%へと大きく上昇しました。

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これには、ひとり暮らしが増えていることも影響しているでしょう。さらに経済的な不安や、共働き世帯の増加といった家族の形の変化が、無条件だったはずの家族への信用を弱め、「いざという時に頼りになるのは、やはりお金」と考える人を増やしているのかもしれません。

「お金」への信用は、「愛情」との比較にも表れています。2013年の段階で、すでに「愛情よりお金を信用する」との回答は50.4%で、微差ながらほぼ真っ二つ。 2025年は、その差が広がり、「お金」への信用は55.6%へと上昇しました。

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「VUCA」といわれるこの不確実な時代。人間と違って裏切らないし嘘もつかない「お金」が、信用できると感じてしまうのは、ある意味で自然なことなのかもしれません。信用コンパスの「お金」への傾きは、2025年の日本社会に漂う、どこか寂しげな空気を反映しているかのようです。

揺れ動く社会と信用のゆくえ

ここまで12年間における信用の変遷をみてきました。これからの日本社会は、誰もが優しく、褒めあうことを是とする社会に向かうのでしょうか。夫が妻を信じ、妻が友を頼るという新しい家族の力学は、どのような関係を生みだすのでしょうか。それとも、経済的合理性の重要度が今まで以上に高まり、家族や愛情の価値がさらに揺らぐ世の中になるのでしょうか。

生活者の信用コンパスのこうした振れ方こそが、未来の日本社会を方向づけていくのかもしれません。

2013年発行の『生活者』:「信用の現在」

「信用コンパス」の時系列比較で紹介した前回調査の結果が掲載されています。

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