不加価値感

不可価値観
~生活者を「裏」から眺めてみると?~

2025.04.14

2025 4 月号

研究員の加藤です。現在は入社7年目ですが、入社して間もない頃は、進路面談で上司に聞かれると胃が痛くなってしまう質問がありました。それは、「加藤さんってどんな仕事がしたいの?」。入社したばかりで、そんなこと決められるわけないじゃないの……と、しどろもどろになってしまう私。「○○がしたいです!」と即座に言えたらベストなのでしょうが、当時の私にはできませんでした。しかしあるとき、自分なりの別解にたどり着いたのです。

「◯◯以外」という回答

それは、「○○以外なら、何でもやってみたいです。」という答え方。こうした途端に、次から次へと言いたいことが思い浮かんできたのを覚えています。このときの私は、「何をしたいか」という「表」の感情ではなく「何をしたくないか」という「裏」の感情を眺めてみることで、自分の気持ちを浮き彫りにすることができました。

それからというもの、「何が食べたい?」「どこに行きたい?」「いつなら空いている?」というあらゆる「表」の答えを求められる質問に対して、「裏」から挑むようになりました。選択肢が多くありすぎるご時世ゆえに、ひとつには決められないけれど、消去法でなら選べる……という経験は、誰しも一度はあるのではないでしょうか。

裏から眺める「不可価値観」

博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)では、1992年に、この「裏」から眺めたその人らしさ、不可とする物事が鮮明に映し出す価値観を「不可価値観」と名付けました。(1992_生活新聞173_不可価値観)「何をするか」と「何をしないか」というふたつの真逆の質問があったとき、後者こそ自分らしさを浮き彫りにする質問ではないかと考えたのです。

実際に、生活総研が2025年2月に実施した首都圏・阪神圏・名古屋圏の20~69歳男女1,500人を対象としたインターネットによる定量調査では、「他の人と違う自分らしさは、『何をするか』よりも『何をしないか』によくあらわれていると思う」と回答した人は41.4%でした。

また、「積極的にやりたいことより、積極的にやりたくないことの方がはっきりしている」と回答した人は54.3%にものぼります。4~5割もの人が、自分らしさは好きなことよりも嫌いなことで語った方が、個性が出ると考えているということになります。

不可価値観だけの自己紹介

次に、生活者に不可価値観を用いて自分らしさを伝えてもらいましょう。今回実施した調査で投げかけた質問「『○○はしない』といった側面から、あなたらしさを伝えてください。その際に、『スキ』『持っている』『したい』などの肯定的な言葉は使わず、『キライ』『持たないようにしている』『ゆるせない』など否定的な言葉を使うようにしてください」に対する回答のなかから、ちょっと気になった不可価値観に関する生の声をご紹介します。(否定形の表現を使っていることもあり、表現として若干強めのご意見も出てきます。調査の趣旨上、ご理解のうえ、お読みいただければ幸いです)

▶不可価値観① ファッション編

・年齢などのあるべき姿にとらわれたファッションはしない。自分が好きじゃないものを無理に着て自分を押し殺したくない。(27歳女性・岐阜県)

・ジャラジャラ音が鳴る金属アクセサリーは持たない(身につけない)ようにしている。見た目で怖い人間と見られてしまいそうな気がする。(57歳男性・東京都)

・アニマル柄の服は10代の頃から派手さと品が悪く絶対に買わない。(57歳女性・東京都)

どんなアクセサリーが好きかと考えると、迷ってしまいますが、身につけたくないアクセサリーなら確かにありますよね。実は約30年前にも生活総研では同様の調査を実施しているのですが、セーターやカーディガンを肩にかけ、両袖を胸元で結ぶ「プロデューサー巻き」をしないと答えている方がいました。ファッションにまつわる不可価値観は、いつの時代にもあるようです。

20代から「年齢にとらわれたファッションをしたくない」とありますが、むしろ20代はどんなファッションでも挑戦できそうな年齢に感じます。もしや、職場での服装や髪型に制限があるのでしょうか。確かに近年では、就職活動の際の定番である「黒髪・黒スーツ」においても自由化が起こっており、「○○すべき」が薄れているように感じます。そのような変化の背景には、若者のファッションに関する不可価値観の高まりがあるのかもしれません。

▶不可価値観② 家具・家電編

・ソファーは持たない。部屋が狭くなり、引越しのときも不便だから。(25歳女性・愛知県)

・こたつは持たない。15年以上持っていない。入ったまま寝てしまい、朝起きることができなさそうな気がするため。 暖房はつけない。10年以上つけていない。昔暖房をつけたまま寝て、乾燥のためかひどい風邪を引いたため。(38歳男性・千葉県)

・電化製品をあまり持たないようにしている。普段の手入れの必要や場所を取る点、壊れたときに新たな物を多くの選択肢から選ばなければならない煩わしさから解放されるため。(52歳女性・埼玉県)

・これ以上、楽できる家電は持たないようにしています。昭和の母の時代と比べて見ても雲泥に楽になっているのに、まだまだ満足できないのはどうなのか? それくらいやったら良いのに!は進んでやります。(59歳女性・岐阜県)

あえて生活を快適にしてくれる家具や家電を持たないという意見がみられます。便利な時代に甘えるどころか、抵抗している人がいるとは驚きです。1950年代に三種の神器ともてはやされた白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫、1960年代の3C(カー・クーラー・カラーテレビ)は、ついありがたみを忘れてしまうほど当たり前になり、令和では掃除ロボット、全自動洗濯機、自動調理器、食洗器などを駆使すればほとんどの家事はボタンひとつで寝て待つことすらできる時代となりました。

▶不可価値観③人間関係

・自分のことを真っ向から否定ばかりする人とは関わらないようにしている。その人と関わることによって、自己肯定感が下がる気がするから。(22歳男性・大阪府)

・女遊びは許せない。(39歳男性・大阪府)

・嫉妬はしない。ネガティブな感情に支配されるから。(49歳男性・大阪府)

・身近な人の悪口は言わない。マイナスの感情は表情に出る。悪口は自分に返ってくる。(50歳女性・愛知県)

・ヘラヘラして愛想を振りまいて仕事をする人とはつきあわない。(52歳女性・大阪府)

・人の悪いところは見ないようにしている。時代や育った環境が違うと思うから。(62歳女性・神奈川県)

・おせっかいは、焼かない。ついつい口出し、手出しして、用事を増やしたり、トラブルに巻き込まれたりするので 積極的に動かないよう、年齢を経てからは気をつけようと思っています。(68歳女性・大阪府)

人間関係が複雑怪奇になっている時代ならではの特徴なのでしょうか。自分を守る防衛策として、不可価値観を定めている様子がうかがえます。一見世話焼きなイメージが強い「大阪のおばちゃん」から、世話焼きしない宣言……。でも裏腹に、この方はきっと無意識のうちに人助けをしてしまうような義理人情に厚い方なのだろう、という温かい人柄を感じました。

▶不可価値観④土地・住居

・戸建ては持たない。近隣のトラブルやいじめなどがあった時に移動しにくい。気軽に住み替えできるマンションが合っている。(38歳女性・大阪府)

・持ち家、墓地、山林は持ちたくない。亡くなった後の手続きが大変だから。(65歳女性・兵庫県)

・土地建物は持たない。子どもがいないので将来処分に困るので。(54歳男性・千葉県)

自分が死んでしまった後のことを考えた観点が特徴的です。「人に迷惑をかけてはいけない」という精神は、世界共通のような気もしますが、死後においても意識している点は、日本人ならではのような気がしています。また、人生100年時代といわれるなかで、50代、60代から死後について考えている点も興味深いです。

▶不可価値観⑤その他

・身内に誕生日や何かのお祝いを渡さない。何度もお返しのお返しのお返しの……と続いて、もうキリがないしお金の無駄だと思ってそもそも贈らないことにした。(28歳女性・東京都)

・ブランド品は持たない。所有している優越感だけのために高い金額を払うことは許せない。また自分の身の丈に合わないことはしたくない。(36歳男性・大阪府)

・SNSでの情報発信はしない。承認欲求が際限なくなってしまうし、個人情報まで発信してしまいそうで怖いから。(36歳女性・愛知県)

・ダイエット。明日死んでしまうかもしれないのに食べたいものを我慢する必要性が感じられない。(53歳女性・愛知県)

その人らしい個性が垣間見える不可価値観が浮き彫りになっています。20代にして贈答のわずらわしさを悟ってしまった生活者。そして、高級ブランドの物の価値を「所有している優越感」と考える生活者や、ダイエットをしない理由として「明日死んでしまうかもしれないのに……」と予想外のスケールの回答をする生活者もいます。お祝いを渡さない、高級ブランドの物を持たない、ダイエットをしないという生活者は多数いますが、その理由は様々で、その理由にこそ個性があらわれている気がします。

多様性で没個性化する今こそ「不可価値観」

多様性といわれている時代ではありますが、ぱっと見ではその人らしさ、つまり、人と人との差異がわかりづらい時代になりつつあるのではないでしょうか。生活者分析を行う際には、その人が「何をしたいか」などの「表」の側面を追いかけることが多いですが、こんな時代だからこそ、別の視点が必要であるようです。

生活者や顧客が何を「したくない」というポリシーを持っているか、「表」だけではなく「裏」から眺めてみることで、生活者あるいは、彼ら彼女らとの新しい出会い方ができるかもしれません。そしてこれは、「人」に限らず「企業」にもあてはまります。つまり、「何をしないことにこだわっている企業なのか」。その企業らしさも「裏」から探してみてはどうでしょうか。