「偶然」との出会い方
平野 河
フィルターバブルは活用するもの
近年、フィルターバブルやエコーチェンバーというワードをよく耳にするようになりました。確かに私たち大学生も、アルゴリズムが我々の行動履歴から作り上げたフィルターに囲まれて生活しています。ECサイトで本を購入すると「この本を買った人は~~~も買っています」などの欄で好みに近そうな本が提示され、インスタグラムでご飯屋さんを探した後は検索欄がご飯屋さんでいっぱいになる。といった毎日を送っています。
しかし、必ずしもフィルターバブルは私たちにとって邪魔なものではありません。フィルターバブルをむしろ積極的に活用する大学生は多く、私もその一人です。私の場合は、サッカーが好きなので、X(旧 Twitter)でサッカー専用アカウントを作成し、サッカーに関連のある情報を意図的に「いいね」や「リポスト」したり、公式アカウントや他のサッカー情報アカウントをフォローしたりすることで、自分のアカウントのタイムラインをサッカーの情報だけで溢れさせるようにしています。小さなフィルターバブル状態を意図的に作り出しているともいえるでしょう。そうすることで好きなことに関して特化して詳しくなることができます。
一方で、そのように自ら意図的に作り出したフィルターは便利ではあるものの「自分の価値観が強化されがちだな」という感覚もないわけではありません。それを特に実感するのが幅広いアウトプットを求められたときです。例えば以前、学校の課題である企画を考えなくてはならなかったとき、私はインターネットを中心にした企画アイディアを考えていたのですが、いくら考えても同じ方向性のアイディアしか考えることが出来ません。他にもっと良いアイディアやアプローチ方法があるはずなのにひらめかない。どうしたらフィルターの外側、自分の外側にある情報や価値観に触れられるのだろうか。そんなことを考えていた時に出会ったのが最近増えつつある「テーマバー」というジャンルのお店でした。
「テーマバー」という選択肢
このお店の特徴は名前の通り、テーマがある、という点です。純粋にお酒を嗜む場としてのバーではなく、そのテーマを中心とした「コミュニティ的な役割を持つバー」と言い換えることができるでしょう。タイパ至上主義と言われるZ世代は、どこかに溜まって無駄話しをする経験は決して多くはありません、その一方で「好き」や「推し」を目的にするコミュニティは広がりをみせ交流が生まれています。そんな流れに呼応するのが「テーマバー」と言えると思います。今回はそんなテーマバーのひとつ、「理系とーくバー」を取材しました。
京都駅から徒歩8分程度の場所に位置する「理系とーくバー」では、夜な夜な科学好きな学生や社会人が集まり、盛り上がりを見せています。このお店では、「理系と科学好きのための新しい遊び場」をコンセプトとして、
- 〜建築工学bar、3Dモデル×ビックデータの利活用〜
- ~物理化学bar、表面物性と水滴を語る~
- ~おとな哲学bar、正解のない問いを考える~
などのイベントを開催。純粋に理系な話題だけでなく社会科学や哲学など様々な分野への脱線も醍醐味とした会話が日々行われています。コミュニティメンバーのほとんどは理系/文系の研究者や修士号を持っている人たちで、そのほかにも一般の大学生やシナリオライターなど、多様な人が所属しています。こうした集まりも意見の偏りがあれば、一つのフィルターのようになってしまうかもしれませんが、多様な立場や背景を持ったコミュニティメンバーから生まれる会話は、普段接することのない情報となり自分と違う立場や価値観にダイレクトに触れられる、ハッとさせられるような経験を生み出す場となっています。
ではこのような場はどのように生み出されたのでしょうか。オーナーのともよしさんにインタビューしてみました。
心地よいコミュニティの作り方
まず、バーという場に、テーマを設定した理由について、オーナーのともよしさんに質問をしてみました。
「シンプルに共通のテーマがあると話しやすいと思う、地元トークとかってよく言うじゃないですか、そんな感じで共通点があると盛り上がる。不思議な力があると思っています。だからテーマは非常に重要です。」
テーマがあることで、人が集まりやすくなり、話が盛り上がる、そして話が盛り上がることで、自分の研究に活かせるようなことが、関係ない話題からポロッと顔を出したりもするそうです。
「理系とーくバー」にはいくつかのルールが設けられており、その中の一つに「小学生のような質問歓迎」というものがあります。こうしたルールもセレンディピティが生まれやすくなるポイントではないでしょうか。また、テーマについて専門性の高い人だけではなく、そうでない人もお喋りに参加できる環境が整っています。こうしたイレギュラーを取り入れることが、共通のテーマを持っているということと相まって会話の開放性を促しています。さらにこのバーの運営母体である理系とーくが運営するSlackを使ったコミュニティも存在し、その中でもZoomでバーの議論の様子をリアルタイム配信で見ることができます。さらに、チャットで雑談や相談をすることも可能なのだそうです。
オンラインとオフラインの違いについて、ともよしさんは
「オンラインとオフラインは全然違います。コミュニティを形成していく上で重きは両者共に五分五分で置いているのですが、短時間での関係構築スピードという点ではオフラインが一番です。相手がどんな人なのかが、オンラインよりもわかることができるので、心の壁が打ち砕かれやすいです。
そして、私が『理系とーくバー』を始めたのは、どんなにすごい技術を持っていても一人では何も成し遂げられないと思ったからです。仲間がいることでできることが増えるような、そんなコミュニティを作っていきたいと思ったのが始まりです。その観点から見れば、何かを成し遂げたいときには人数は多い方が良い、そういった点でオンラインは活用できるが、オンラインだけよりもオフラインを織り交ぜた方が関係値が構築されやすい。だからオンラインの交流に加えて、オフラインの機会を大切にしたい」
とも語っています。
オンライン、オフラインのそれぞれの良い部分を使い分けたコミュニティ作りが、その場の安心やメンバー同士の信頼性を生んでいると感じました。
最後に、バーである理由、バーの良い点についても、ともよしさんは
「会話を増やしたい、バーには居合わせた人と話すイメージがあってそこで偶発的な出会いを起こしたい。好きなことを話す感覚で来てくれると嬉しい」と話していました。
カフェではなく夜のバーという日常にはない異空間性が会話を加速させているようにも思いました。
インプットに偶然を取り入れたい私たち
「理系とーくバー」の魅力は、通常のバーのようにお酒を飲むことが一番ではありません。それよりもトークをする環境やそれに参加する人やコミュニティが一番の価値を担っているように感じます。それらを可能にしている要素が、共通の関心事としてのテーマと素人を歓迎するルールが担保する開放性、オンラインとオフラインを併用したコミュニティの信頼性、最後にバーの異空間性であると感じます。これらが総合的に作用しあって、「フィルターバブルの外側にある情報」に触れやすい環境が整えられています。
また、私がお邪魔した際には、教育学部の大学生が小学生に子ども哲学を教えるというイベントに向けて、その事前準備として、いろんな意見を募るために1日店長をされていました。自分も企画書のアイディアが煮詰まってしまった時など、アイディア生産の場としてこのバーを活用することができそうだなと感じました。
今、私たち大学生を取り巻く情報環境は、ある特定のテーマについては深く調べることができる一方、フィルターバブルで視野が狭くなってしまうというリスクもはらんでいます。だからこそ「理系とーくバー」のようなリアルメディアを相互的に活用していくことで視野を広げ、アイディアに深さと幅をもたせることも同時に重要になってきているのではないでしょうか。