今の野球ファンが考える
「新しいプロ野球の楽しみ方」とは
久保 和真
多様化する野球の楽しみ方
TVがメディアの中心だった時代には、ほとんど皆テレビで野球中継を楽しんでおり、その楽しみ方にはそれほど多様性はなかったと思われます。しかし現在のメディア環境の中心はスマートフォン。中継を楽しんだり、球場に行ったり、好きな選手を応援することは以前と変わりませんが、インターネットを活用した様々な楽しみ方が日々生まれているようです。今回は若年の、特にコアなファン層に焦点を当てて、新たなプロ野球の楽しみ方をいくつかご紹介していきたいと思います。
新しいプロ野球の楽しみ方 その1「アニメのワンシーンでつぶやくプロ野球“あるある”」
で私の周りにいる若年のプロ野球コアファンは、日常的にXを使ってプロ野球のあれこれについてポストをしています。その中でも、時に大きなバズを生んだりするのが、アニメのワンシーンを引用して無理やりプロ野球の「あるある」をつぶやくようなポストです。
例えば、「千と千尋の神隠し」のワンシーンを使った、「#千と千尋の神隠しを無理やりプロ野球に例える」というハッシュタグ。2024年1月5日に「千と千尋の神隠し」が金曜ロードショーでオンエアされた時に、3万以上の「いいね!」を獲得するということが起きました。
「カオナシと千尋が電車で隣り合わせに座席に座っている」という映画の有名なシーンがあります。そのシーンがテレビで流れた時、ある人が「贔屓球団が惨敗した後の電車内の俺たち」というポストをしました。するとそれに対し、「一度体験したことがあるからよく分かる」「ビジターだとかなりこうなる」などのコメントとともに多くの「いいね!」が集まったのです。
その他にもリンという女性キャラが両腕にお茶碗を持って驚いているシーンには、その画像を使った「球場の売店にご飯を買いに行ったら逆転されていた」というポストがなされました。それに対しても、「あるある!」「実際経験したから泣ける」「球場飯じゃなくてトイレに行ってる間にもよくある」などの共感コメントが寄せられていたのです。二つ目のポストには、私も実際に5回あたりにお腹が空いたので球場飯を買いに行き、いざ席に戻ったらいつの間にか打たれて同点になっていたという経験があったので、思わずそのポストに「いいね!」をしてしまいました。
少し前に、様々な名画に“主婦あるある”なキャプションをつけてポストする「#名画で学ぶ主婦業」というハッシュタグが流行したことがありました(のちにこれらの内容は書籍化もされました)。今回ご紹介したプロ野球の楽しみ方は、それと同種のものと思われます。こうした動きはコアなファンたちが生み出すものではありますが、それが多くの「いいね!」やバズを生み出すということは、”あるある”の面白さはコアファン層だけでなく、ライトなファン層にも波及していことを感じさせますし、こうした楽しみ方がじわじわとプロ野球の裾野を広げていきそうな可能性までありそうです。
新しいプロ野球の楽しみ方 その2「応援歌による“概念推し活化”」
次に紹介するプロ野球の新しい楽しみ方は、応援歌を別角度で楽しむというものです。今も昔も野球の応援歌を歌って楽しむ野球ファンは大勢います。私も、自己満足で勝手に好きな選手の応援歌を自作してみたり、応援歌がない時代の有名選手に今の選手の応援歌の替え歌を当てて楽しんだりしていますが、そうした楽しみ方は少数派で、ほとんどの人はスタジアムや球場で実際に応援する時に歌って楽しんでいます。それが、最近の若いヘビーなファンの中には、プロ野球の現場以外で応援歌を楽しむ動きが出てきているようなのです。それはやはりXを使って野球中継や野球雑談を楽しむ中で行われていました。
例えば「ペンから出る音が誰かの応援歌に似ている(気がする)」といった、応援歌が日常生活の中で空耳のように聞こえてしまうというようなポストをする人がいます。またある野球ファンは、ある電車路線の平田という駅に立ち寄った時に、わざわざ駅名の看板を撮影し、そのポストに元中日ドラゴンズの平田良介選手の応援歌を書いてポストをしたり…。またあるYouTubeチャンネルでは、熱狂的な野球ファン同士の会話の最中に、応援歌の歌詞を入れてお互いが気付くかどうかの検証するという動画を企画をしたりと、球場だけではなく応援歌を様々な姿・形を変形させ、日常生活やメディアの中に(無理やり)入りこませようとしているファンがいるのです。
自分の好きなキャラクターや推しのアイドルを連想させるような要素を、さりげなく生活の中に取り入れる「概念推し活」が最近話題です。そう考えると、上記のような行動もプロ野球のヘビーユーザーが、自分の推しである選手の応援歌を日常生活の中に取り入れるという、ある種の「概念推し活」のひとつと捉えられるのです。こうした“わかる人にはわかる”ような行為も、Xというプラットフォームを使うことで、着実に共感の輪を広げていっていると思われます。
新しいプロ野球の楽しみ方 その3 “プロ野球データ版温故知新~過去データから知る新知識”
「今」のプロ野球を見て楽しむのはもちろんですが、それ以上に「過去」のプロ野球を楽しもうとする動きもヘビー層の中では活発化しているようです。
私がXでプロ野球の情報交換をしている人たちに対して、今回このコラムを書くにあたって、「どんな話をした時にプロ野球をテーマにしたXのスペースが盛り上がるか」という質問をしました。すると「1980年以前の選手について語ると止まらない」と答える人がいました。また「野球のある日とない日では、野球の楽しみ方はどう違うか」という質問に対しては、「昔の選手の動画をYouTubeで見る」「昔の選手の成績データをみる」という答えが返ってきました。このようにコアなプロ野球ファンの中で、昔の野球選手に対しての関心が高まっていることがわかってきました。
実は私も過去のプロ野球データを見るのが好きで、実際に昔(主に1930年代~1970年代まで)のプロ野球チームに所属していた選手の成績を、YouTubeに載せて動画投稿を行っています。総合再生数も100万再生以上と一定の評価を頂いています。そんな私のチャンネルの視聴者数の年齢層のデータを見ても、10代~20代が47.7%、45歳~は25.3%と、昔から野球を見ているオールドな中高年の野球ファンよりも、10代~20代の若者の野球ファンの方の方が多いということがわかります。特に王貞治選手やミスタージャイアンツ長嶋茂雄選手、NPB唯一の3000安打達成者の張本勲さんが活躍していた1970年代の読売ジャイアンツの選手成績紹介(その年の打率や本塁打数)の動画は、今の選手と比べ、大幅に本塁打や打点などの成績(例:王貞治選手は、一般的に選手が肉体的に衰えやすい時期とされる30代後半にもかかわらず本塁打50本、100打点以上を記録している。)が高いため、平均視聴率が1万回と人気を得ています。
実際に、過去のプロ野球が好きな若者(10代)に聞いてみたところ、「昔のプロ野球選手の成績データ(投手ならば勝利数、防御率、奪三振数、野手ならば打率、本塁打数、打点数、盗塁数)について調査された(私がアップしている)動画のおかげで、昔のプロ野球の選手のデータを見るのが好きになりました。特に私は巨人ファンなので、特に昭和30年代~50年代(特にその頃、王貞治選手や長嶋茂雄選手が現役で活躍し、日本シリーズで9連覇を達成)の話をすると興奮してしまって話が止まらないです。当時を知る野球ファンの話を聞いたり、知っている知識で話し合ったりするとまた一段と盛り上がりそうですね。」と語ってくれました。
こうした傾向もインターネット普及以降に、過去のデータへのアクセスがしやすくなったことが、その背景にはあると考えられます。今だけでなく過去も楽しめることで、世代を超えてファン同士の交流が生まれているのも、今のプロ野球ファンの特徴の一つのように感じます。
プロ野球の楽しみ方の進化の方向性
このように今のプロ野球ファンは、実際に現地に行って試合を見る以外にも、スマホやSNSを使って、その時の気持ちや過去のデータなどを「共有」して楽しんでいることがわかりました。ただ、こうした「共有」は、TVがメディアの中心だった昔のプロ野球ファンの間でもあったはずです。一緒に球場に行ったり、一緒にTVを観たり、一人で観てたとしても、次の日には友達と話題を共有したり…。プロ野球ファンは「共有」するのが昔から得意でした。だからこそ、多くの人が観て楽しむ国民的なスポーツになったのでしょう。
しかし、今はスマホ中心でいつでもどこでも「共有」が簡単にできるようになっています。だからこそ、「あるある」のような微妙な気持ちや、「推し活概念化」などのハイコンテクストで“わかるひとにはわかる”「共有」が、新たな楽しみ方になっているのかもしれません。昔のデータを楽しむのもそうです。みんなが普通にわからないことを、ネットを使って「世代関係なくファン同士で共有する」のが、今のプロ野球の楽しみ方になっているのです。
今は野球以外にサッカーやバスケやバレーなどプロスポーツがたくさんあり、それぞれが盛り上がっています。すそ野を広げるには、みんながわかる共有づくりも大切ですが、ファンに自ら「わざわざ共有させる」こともコアファン層づくりには必要です。「わかる人にはわかる共有づくり」とそれを「ファンに自らわざわざ共有させる」ことが、そのスポーツへの思い入れを強くするために必要なことかもしれません。
それが今のスポーツの発展にもつながっているのではないかと私は考えます。
私もコアファンの一人なので、このコラムを書いている合間にも知り合いの方とSNSと選手名鑑などのデータを使い、昔の選手や今の贔屓チームの状態について共有しながら、プロ野球を楽しんでいます。