正解より「しっくり感」 研究員が「虫の目」で見つけた生活者の新欲求とは
2026.05.18
生活者を見つめつづけてきた博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)には、毎月恒例の「儀式」があります。すべての研究員が、街なかや店頭、公共交通機関やSNSなどで観察した生活者の気になる行動や兆しを持ち寄って発表する「ネタ会」です。約40年に及ぶ定量的な時系列調査データも分析における大切な資産ですが、「虫の目」で見るn=1の小さな芽に気づく質的研究も両輪として欠かせないのです。
2025年度、研究員たちの観察によって集まったネタは、実に164件に及びました。そこには「最近、スマホ画面を白黒表示にしている若者がいる」といったエクストリームなエピソードから、「亡くなった人とAIで再会する」「運動会に推しうちわを作って応援する母親」といった幅広い報告までが並んでいます。そこで一年の総決算として、この生データを元に未来の兆しを洞察するワークショップを実施。そこからは、生活者の知恵や新しい欲求が浮かび上がってきました。
新欲求①:自己を制御しながら自由でいたい――信じられない自分に魔法陣を張る
昨年度のネタ会で最も研究員を驚かせた発表のひとつは、進化の最先端にいるはずの若者たちが、あえて「不自由」を設計しはじめたことでした。以前の「ネタ会直送便」記事でも報告しましたが、ある中学1年生の女の子は、スマホのホーム画面を初期のガラケーのような白黒表示に設定しています。そのロック画面には、「やる事やったの?」「まだ見るの?」という、自分を突き放す冷徹な言葉が表示されていました。彼女はこれを、時間を溶かさないための「自分封印の魔法陣」と呼んでいます。「自分を信じない自分を信じる」という彼女の姿勢から、あるチームではこれを「テクノロジーに主権を奪われないよう、あえて自分で制約を設けることで自由を取り戻そうとする感覚の表れではないか」と捉えました。
進化を否定するのではなく、あえてアナログや不便さを選び直す。そんな動きを、私たちは「退進化(たいしんか)」と名づけてみました。生活者が自らの意思でこれまでの「効率=善」という図式から降りる様子は、手間をかけて編み物を「禅的な視点」で楽しんだり、スマホや笑顔も禁止という『ぼーっとする大会』といったムーブメントからも垣間見ることができます。

新欲求②:自分らしい距離感で身につけたい――高級ブランドバッグに“ぬい”を付けて本気感をはずす
一方で、見た目や意見が似通ってしまう「量産型」という安心感のなかにいつつも、生活者が自分だけの「納得感」を守り抜こうとする動きに注目したチームもありました。街中では、高級ブランドバッグにあえてぬいぐるみをぶら下げる人が見られるようになっています。私たちはこのアンバランスさに、ブランドの“本気感”を少しはずし、自分なりの距離感へと引き寄せようとする感覚を読み取りました。そうした“はずし”のなかに、その人らしさが立ち上がってくるようにもみえます。
香水選びにおいても、興味深い事例がネタとして報告されました。一般的には個性を主張するための「華やかに装うツール」である香水ですが、「しいたけ」や「お茶」「お米を炊いた蒸気」といった身近な生活のなかにある匂いの香水が販売されています。はっきりと個性を主張するというより気配のような「透明な安心感」で自分を整えたい、といった志向なのかもしれません。

新欲求③:役割より無理のない関係でつながりたい――「べき」の解体と新しい連帯
こうした動きの背景には、社会から与えられた正解や役割にそのまま従うのではなく、自分にとって無理のない関係やあり方を選び直したい、という感覚があるのかもしれません。私たちの調査では、母親と同じピアスを共有し、セットのものを片耳ずつ分かちあっている男子大学生や、家庭内でお父さんをあえて名前で呼ぶ家族の姿が報告されました。もちろん、そこには単純な仲の良さもあるでしょう。ただ同時に、従来の「母親/息子らしさ」や「父親の威厳」といった社会的な役割の型を少しゆるめ、個人対個人のフラットな関係へと編み直そうとする気分も感じられます。
「完璧な自分を演じること」への疲れは、コミュニケーションの質をも変えつつあるのかもしれません。強く正しさを主張するよりも、自らの情けなさや失敗をあえてさらけ出し、それを共感のタネに変えていく。そんな身ぶりが、いまの生活者のあいだで目立ってきているようにもみえます。いわばそれは、「嫌われる勇気」とは少し違う、「笑われる勇気」とでも呼びたくなる態度です。完璧さを競いあうマウント文化に背を向け、女性ユーザーを中心とした投稿が大きな話題となった「大沢たかお祭り」のように情けない瞬間をあえてミーム化して笑いあう。それは、世間の「正解」という重圧を少しゆるめ、自分たちの関係性を心地よい温度へと引き戻す、現代的な連帯の形なのかもしれません。

新欲求④:AIを相棒に内面を整えたい――生々しすぎるやり取りは人に見せられない
内面を整えようとするとき、AI(人工知能)は生活者にとって「想像力の増幅器」のような役割を果たしはじめているのかもしれません。AIに「推し」の人格を与え、自分との疑似恋愛に没頭するママ友たちの会話は、実にリアルです。「男女のやり取りは生々しすぎて、さすがに人には送れない」と照れながらも、AIからの全肯定に精神的な平穏を見出している生活者も観察されました。
さらには、現実では叶わない「元カレとのデートプラン」や「息子の振袖姿」といった、「あったかもしれない世界」をAIに生成させ、感情を揺さぶることで、自らの心の欠落を埋めているケースもあります。こうした事例をみると、AIは単なる効率化の道具というより、生活者が自らの主観世界を整えたり、ふくらませたりするための相手として使われはじめているようにもみえます。

「正解」より「しっくり感」
164件の観察記録を束ねてみると、そこには、生活者が受動的に環境へ適応するだけでなく、自らの手ざわりで生活を組み直そうとしている姿が浮かび上がってきます。いわばそれは、自分にとって無理のないあり方を能動的に探り、形にしていくような新欲求です。その過程では、香りやAIを使って自分の状態を整えるような実践も目立っていました。効率や正解が先に立ちがちな社会のなかで、生活者は自分なりに無理のない「しっくり感」を探っているのかもしれません。