時間感覚はどう変わった?

時間感覚はどう変わった? 「握る」時代から「手放す」時代へ

2026.09.28

2026 9 月号

追われているのは「時間に」ではなく「自分に」?

「いつも時間に追われている気がする」。この感覚は、もはや特定の誰かのものではありません。現代を生きる生活者の共通言語のものです。効率化のツールは増えているはずなのに、どこか生き急いでいるようにさえ感じます。博報堂生活総合研究所が2020年から毎年実施している「時間感覚」調査(全国、20〜69歳男女、3,900人、2020年より毎年6月に実施、インターネット調査)を6年分たどっていくと、生活者と時間の関係が変化していることがみえてきます。この6年間で、生活者は時間と、どうつきあい方を変えてきたのでしょうか。

仕事もプライベートも「即レス」が当たり前

最初の変化は、「即レス」をめぐる無言のプレッシャーです。会議の最中も、友人との食事中も、生活者は通知に「すぐ応じる」ことを求められています。

時間感覚はどう変わった?

「仕事の会議中に、メールやアプリの通知が来たら、すぐにチェックする」人は、2020年の30.1%から2026年には36.9%へと、6.8pt上昇しています。集中すべき会議の最中ですら、通知の点滅に手が伸びる……そんな人が着実に増えているのです。

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注目すべきは、この上昇を牽引しているのが若い世代だという点です。20代は34.5%から44.6%へと+10.1pt、30代は33.7%から43.6%へと+9.9ptも跳ね上がっています。一方で60代の上昇は+5.5ptにとどまり、世代間の差はむしろ開いていく方向にあります。「即レス」は、若い世代を起点にして、マナーを超えた「常識」へと格上げされつつあります。

プライベートでも「即レス」必須に

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そして、この「即レス」は、仕事の場だけにとどまりません。「友人との食事中に、メールやアプリの通知が来たら、すぐにチェックする」人もまた、全体で36.8%から39.1%へと緩やかに増えています。

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変化幅こそ会議中ほど大きくはありません。それでも、6年間で20代は+4.5pt、30代は+4.3ptと、ここでも若い世代の伸びが際立ちます。公的な会議の場であれ、私的な食事の席であれ、通知が来れば即座に応じる。「即レス」は、いまや公私の垣根を越えて、生活全体に浸透しつつあるのです。

背景にあるのは、常時接続がつくり出す独特の緊張感でしょう。仕事では「すぐ返さないと失礼」「即レスできる人=仕事ができる人」、プライベートでも「既読スルーは冷たい」「すぐ返すのが友情の証」……公私を問わず、すぐに返すことが暗黙の礼儀になっています。だからこそ、目の前の相手と食事をしている最中ですら、テーブルの上のスマホが光れば、つい手が伸びてしまう。そんな空気のなかでは、通知に反応しないでいること自体が、小さな罪悪感を生むからです。本来なら目の前の議論に集中すべき場面でも、意識の一部を即座に反応する準備に割き続けている。つながっていられる安心と引き換えに、心が休まる時間は少しずつ削られているのかもしれません。

「失敗のない時間」を求めて

通知に追われ、心の休まらない日々になっていくなかで、生活者の行動そのものにも別の変化がみてとれます。「まず動くか、まず備えるか」という行動の仕方が、変わりつつあるのです。

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「ものごとは計画を立てる前に、とりあえずやってみて、ダメなところを修正しながら進めたい」。この、いわば「見切り発車」を好む人は、2020年の64.8%から2026年には58.6%へと低下して-6.2ptとなりました。

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男女の差は、ほとんどありません。とりわけ50代(−9.2pt)、60代(−9.9pt)で、その傾向が鮮明です。

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もうひとつの角度からも、この変化は裏づけられます。「きっちり決められた時間に従って行動している」か、「自分のそのときの感覚に従って行動している」か。この二択の質問で、2020年には、感覚に従って動く人(51.2%)が、時間に従って動く人(48.8%)をわずかに上回っていました。ところが2026年には両者が逆転し、時間に従って動く人が51.9%と過半を占めるに至ったのです。「感覚で動く」時代から「時間で動く」時代へ、生活者の重心は移りつつあります。

つまり今の生活者には、「まず動く」から「まず備える」へ、そして「感覚で動く」から「時間に沿って動く」へと意識が変わりはじめている兆候がみられます。気分に従うのではなく、決めた段取りに自分を合わせるようになりつつあるのです。

背景のひとつには、予約が前提になった暮らしがありそうです。人気のレストランはもちろん、美術館の入館も、キャンプ場も、いまや「その場で思い立って」では入れないことが増えました。テーマパークなどで長い待ち時間を避けるためにアトラクションを事前予約した経験がある人も多いでしょう。「思い立ったが吉日」で動ける場面は減り、何をするにも前もって予約しておくのが前提になってきました。

もうひとつの背景は、「失敗したくない」という気持ちの高まりです。限られた時間で、確実に成果を出したい。そんな「タイパ」志向のもと、生活者は動く前の下調べに余念がありません。お店を選ぶときはまずレビューの星の数を確かめる。家電を買う前は比較サイトをはしごする。旅行前には他人の旅程まで参考にする。物価高もまた、「せっかくのお金と時間をムダにしたくない」という慎重さに拍車をかけます。

こうして生活者はいつしか、「失敗のない時間」を手に入れようと、あらかじめ道筋を描いてから動くようになりました。行き当たりばったりよりも、そのほうが確かに効率はいい。そして予定を決めたら、あとはその時間割に自分を乗せていく。「いつどう動くか」をあらかじめ決め、決めた段取りに従って一日を進めるようになったのです。

けれども、ここに落とし穴があります。備えれば備えるほど、考えるべきことや決めるべきことはかえって増えていく。しかも、備えには、終わりがありません。「もっと下調べできたのでは」「別の選択肢があったのでは」……念入りな準備は安心をくれる一方で、生活者の頭と時間を確実にすり減らし、さらなる不安すら呼び込んでしまう。「即レス疲れ」の生活者を、今度は「備え疲れ」が待っているのです。

時間の手綱を手放しはじめた

即レスに追われ、備えに疲れた生活者が最後にたどり着いたのは、「自分の時間は、自分で管理する」という価値観の揺らぎでした。

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「予定は、自分で立てる」人は、2020年の85.8%から2026年には80.1%へ5.7pt低下しています。

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さらに重要なのは、実態だけでなく意向まで下がっていることです。「時間は自分で管理したい」という理想を掲げる人も、89.0%から83.1%へと6年間で5.9pt低下しました。行動が変わっただけでなく、「自分で管理したい」という望みそのものが薄れはじめているのです。

この変化を属性別にみてみると、特に30代で「予定は自分で立てる」で-10.4pt、「時間は自分で管理したい」に至っては-11.8ptもの大幅な低下をみせています。仕事の責任が増し、育児が重なる人もではじめる……。

時間感覚はどう変わった?

マルチタスクが一気に押し寄せるこの世代ほど、予定も時間も自分でやりくりし続けることの重さから降りはじめているのです。担うものが多い人ほど、時間の管理を一手に引き受け続けることに、限界を感じはじめているのかもしれません。

時間感覚はどう変わった?

ここから考えられるのは、時間に真剣に向きあってきた人ほど、いま「解放されたい」と願っているという可能性です。手帳やスケジュールアプリを使いこなし、「自分の時間は自分でコントロールするもの」と信じてきた人たちが、音をあげはじめているのかもしれません。代わって挙がってくるのは「誰かに、あるいは何かにまかせたい」という声。まだ少数派ではありますが、その声は、年々確かに高まっています。その委ね先のひとつが、AIなのでしょう。予定を提案し、段取りを組み、最適なルートまで示してくれる。かつては手帳や自分の頭でやっていたことをこともなげに引き受けてくれるのです。

時間の手綱を手放すと、時間が戻ってくる

「即レス疲れ」「備え疲れ」。時間を懸命に握りしめようとするほど、生活者はかえって消耗してきました。その果てに生まれたのが、「もう、まかせてしまいたい」という願いです。「すぐ返さなきゃ」「ちゃんと備えなきゃ」「自分で管理しなきゃ」。振り返れば、時間そのものよりも、「きちんとしよう」とする自分の頑張りに、追われていたのかもしれません。

だからこそ、芽生えはじめた「まかせたい」という声は、怠けでも投げ出しでもありません。まだ小さな声ですが、それは、自分を追い立てるのをやめて、少し肩の力を抜こうとする……。そんな、ひと息つきたいという願いなのです。かつては「なんでも自分で決められること」が自由の証でした。これからは、「なにひとつ決めなくてもいいこと」もまた、ひとつの自由になっていくのかもしれません。