博報堂生活総合研究所 みらい博2025 働き直し 仕事が変わる。日本が変わる。

1 「働く」の危機

「働く」を取り巻く環境は社会・経済状況や法制度の改正、
情報機器やメディアの進化などを受けて
長い時間をかけ大きく変化してきました。
完全失業率が回復して雇用が流動的になり
場所や時間、働き方が自由になってきたなかで
生活者の意識はどう変わってきたのでしょうか?

過去から現在までの「働く」にまつわる実態や
生活者意識の変化を表す時系列データとともに
日本の「働く」の現状とその背景を紐解いていきます。

「働く」を取り巻く環境変化

「働く」をめぐる
自由化と不自由化にはさまれ、
どう働いたらよいか
生活者に戸惑いが広がっている​

進む「働く」の低温化 進む「働く」の低温化

「生活定点」調査の時系列データをみると、「基本的に仕事が好き」「休みたっぷりよりも、給料が高い方がいい」は減少して半数を割りました。働くことに熱中するよりもプライベートを重視する傾向がみてとれます。

また、「自分は給料以上に働いている」「責任ある地位にいる方がいい」といった意識はいずれも減少。仕事ではそこそこの務めを果たせば十分という考え方に傾いているのかもしれません。この生活者の働くモチベーションが低くなっていく変化を、私たちは「働く」の低温化と捉えました。

労働時間1時間あたりに生産できる成果の指標である労働生産性では、OECD加盟国内のランキングで、日本は1970年代から20位前後に位置していました。しかし、日本は2019年から急速に順位を落とし、2022年には38か国中の30位に沈んでいます*。日本社会を滞りなく運営していく観点では、働く人の数の減少という課題に対して、労働生産性を上げていく必要があります。

しかし、このまま「働く」の低温化が進むとすれば、その道も険しくなります。
まさに、日本の「働く」の危機といえるでしょう。

* 労働生産性に関する出典:
日本生産性本部 「労働生産性の国際比較2023」
意識データの出典:
博報堂生活総合研究所 「生活定点」調査 (※は有職者のみ)

「低温化」が進む背景1

「働く」で得る対価に
期待できなくなった

暮らしに必要なお金の増加

日本は2007年に超高齢社会に突入し、2016年には「人生100年時代」といわれるようになりました。人生の長期戦に金銭的に備える必要が高まっています。また、2021年後半からの物価上昇は短期的にも家計を圧迫し、暮らしに要するお金はますます増えています。

働いても増えにくくなる収入

一方で、働く人の平均賃金は1997年をピークに低下傾向にあります(図1-1)。額面支給額にあたる名目賃金は2009年を底に回復基調にはありますが、まだピーク時には戻っていません。また、物価変動を考慮した実質賃金では依然として低下を続けています。加えて、日本企業で年功序列制が弱まったことで、働き続けて年齢が上がってもそれほど賃金は変わらないという、賃金カーブのフラット化も進んでいます(図1-2)。さらに社会保障費の上昇も手取り金額が減る意味で、短期的には追い打ちをかけている側面はあるでしょう。

出典:厚生労働省 「毎月勤労統計調査」、総務省統計局「消費者物価指数」より作成(帰属家賃を除いた消費者物価指標を使用)
出典:日本労働組合総連合会 「連合・賃金レポート2024付属表」より作成

働く人の間に広がるあきらめ

さて、この状況下で生活者は自身の経済的な今後の見通しをどのように考えているのでしょうか。「生活定点」調査では、「楽になると思う」「変わらないと思う」「苦しくなると思う」のうち、「変わらないと思う」が2012年以降は最大となり、さらなる上昇傾向をみせています(図1-3)。生活者は失われた30年と呼ばれた時期を経て、働いて得る対価に期待をせず、何かあきらめの境地に達してしまったようにもみえてきます。これが、生活者が働くモチベーションを維持できなくなる低温化の背景のひとつにもなっています。

「低温化」が進む背景2

「働く」集団への
帰属意識が弱くなった

終身雇用制の解体

かつて日本企業の特徴とされた終身雇用制は、社内における手厚い職業訓練や福利厚生とセットとなっており、社員を生涯をともにする大家族の一員のように扱ってきました。しかし、1991年のバブル経済の崩壊を機にリストラが頻繁に実行されるようになり、終身雇用制は徐々に解体されてきました。

働く人の流動性の高まり

こうして、ひとつの会社で勤め上げることが常識ではなくなったことで、転職等希望者数は増加し2023年には1,000万人を突破しました。一方で実際の転職者数は2023年の年間で328万人と希望者ほどには増えていません(図1-4)。したがって、現在の会社に所属しつつも、転職を考えている潜在層が増えているといえます。また、雇用労働者のうち非正規雇用の割合は、2023年には37.1%に達し、1984年の2倍以上に増えました(図1-5)。同じ会社で働く人のなかにも様々な雇用形態が入り交じり、人材の流動性が高まっているのです。

出典:総務省統計局 「労働力調査」より作成
出典:総務省統計局 「労働力調査」より作成

割り切った会社との関係へ

こうして、働く人の意識としても、「会社に対する忠誠心がある」かという質問にはっきり「はい」と答えられる人は、1998年の35.2%から2024年は25.0%に減っています(図1-6)。戦後から平成初期までの会社は生活者にとっての頼れる帰属先であり、働くことを通して貢献すべき対象でした。それゆえに会社員には過酷な働き方が求められる側面があったのも事実です。現在は良くも悪くも会社への帰属意識が弱くなり、これが「働く」の低温化にもつながっているのです。

「低温化」が進む背景3

「働く」で味わう
充実感が薄くなった

充実感は仕事よりも
プライベートで

生活者の働くモチベーションを左右することのひとつに、働くなかで味わえる充実感の有無があります。ここで、内閣府の時系列調査で、生活者がどんな時に充実感を感じるかをみてみましょう(図1-7)。「仕事にうちこんでいる時」と答えた人は、2014年の34.5%以降は減少傾向にあり2023年には27.4%となりました。では、何が増えているのかといえば、「ゆったりと休養している時」と「趣味やスポーツに熱中している時」です。つまり、生活者は仕事よりもプライベートな時間で充実感を得るように変化しているわけです。これは決して悪いことではありませんが、「働く」の低温化には影響しているでしょう。

出典:内閣府 「国民生活に関する世論調査」より作成
(2020年は調査実施せず)

収入以外の働く目的が希薄化

同じ調査に、働く目的としてひとつだけに絞って選択してもらう質問があります(図1-8)。ここで「生きがいをみつけるために働く」を選択した人は、2001年の24.4%から2023年には12.8%にまで半減しています。一方で、「お金を得るために働く」という人は、2014年以降に増加傾向となり、2023年に64.5%に達しました。もっとも、ほとんどの生活者にとって、「お金を得る」ことが働く目的のベースにはあるはずです。このデータの変化は、働く人たちが金銭目的の度合いを強めているというより、「生きがい」といった働く充実感を一層高める要素をあまり求めなくなってきた結果と読むことができるでしょう。

出典:内閣府 「国民生活に関する世論調査」より作成
(2020年は調査実施せず)

2010年代半ば以降の
環境変化による影響

これらは2010年代半ば以降の変化が大きくなっています。この時期には、働き方改革が盛んに議論されて、「働く」を人生の中心と捉える考え方が弱まったり、業務のデジタル化/リモート化が進み、働く実感が薄くなったりしました。こうした様々な環境変化のもと、「働く」で味わう充実感は薄くなり、低温化の背景にもなっているのでしょう。

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