みらいのめ

さまざまな視点で研究員が「みらい」について発信します

2023.12.14

第51回

「秘境の図書館」がデザインするみらい

from 宮崎県

生活総研 客員研究員
九州博報堂

田中 徹

「読書環境」の地域差

少し前の話ですが、近所の市立図書館の建て替え工事が終わり、装いも新たにリニューアルオープンしました。当時のリモートワーク生活も相まって「これはますます便利になった」と喜んでいたのですが、ある日たまたま娘が読んでいた子ども新聞を横で眺めていたところ「書店数、20年で半分へ」という記事が目に留まったわけです。

確かにネット通販や電子書籍の影響でリアル書店は減ったなぁ、という実感はあるわけですが、書店以外の地域の読書環境についてもう少し深掘りしてみると、地方公共団体が設置する公立図書館がない市町村(都道府県立含む)は全国の22.0%。町村に限ると国内に41.7%(日本図書館協会「日本の図書館 統計と名簿2022年版」を基に集計)。都市部で暮らしているとなかなか実感しづらい地方の読書環境の「差」に驚いたわけですが、その一方で「地方創生」の文脈から新たな公共図書館づくりにチャレンジする地域の動きもみられます。

地域経済が循環する「開かれた交流拠点」と「図書館」

今回訪れた宮崎県東臼杵郡椎葉村(しいばそん)は、宮崎県の最北西端である熊本県との県境の九州山地の中央部(九州の大体真ん中あたり)に位置。東京23区に匹敵する面積を有していながら約96%が山林(椎葉村ホームページ「椎葉村の概要」より)、という村に2,297人の方が暮らしています(令和5年11月1日現在の推計人口より)。このページをご覧の方の中には「日本三大秘境のひとつ」、あるいは壇ノ浦の合戦に敗れた平家の武士たちが追っ手を逃れ、この地に辿り着いた伝承などからご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、国の重要無形民俗文化財「椎葉神楽」や世界農業遺産に登録されている「焼畑」など、古くから続く独自の伝統や文化が残る地域としても知られています。

さて、これまで村役場の「村民図書室」や村内のブックカフェ(パン屋さん+生活雑貨店を兼ねた店内に併設)を除けば、図書館も書店も無かった椎葉村に「図書館のない村じゃいかん!」「日本三大秘境に数えられる椎葉村、図書館も全国に誇れるものに」という当時の村長の強い思いが結実し、令和2年(2020年)7月18日、椎葉村交流拠点施設「Katerie(かてりえ)」、そして同施設内に椎葉村図書館「ぶん文Bun」が誕生しました。

写真左:山間に佇む椎葉村交流拠点施設「Katerie」(写真中央に位置)
写真右:椎葉村交流拠点施設「Katerie」の外観

椎葉村の伝統的な助け合いを意味する「かてーり」という言葉から名づけられたKaterieは、村との関係人口創出やUIターン創出を大きな目標に掲げ、前述の図書館機能だけでなくワーケーション、デジタルファブリケーション、コワーキング機能などを備えています。

開館から3年を迎え、現在の年間来館者数は約1万5,000人。村内をはじめ隣村や宮崎県内、あるいは県外の遠方からこの施設を訪れる方々が増加したことで、周遊あるいは宿泊などを通じて村内の観光産業の活性化につながっているだけでなく、村の観光協会が図書館の書籍の仕入れ先として、書店としての機能や書籍のフィルム貼りなどの「装備作業」を担うことで新たな雇用の創出にも貢献。「開かれた交流拠点」だけでなく「地域経済が循環する図書館」として地域の活性化に一役買っています。

写真❶アウトドアブランドとのコラボによる「キャンピングオフィス」のための交流ラウンジ
写真❷デジタルファブリケーションの最新機器を備えた「ものづくりLab」 村内で生まれた子どもたちは6歳になるまで椎葉産の木材を使った食器やおもちゃが毎年プレゼントされる
写真❸❹館内各所の遊び心のある什器や階段などの動線は村内の建築家によるもの

この施設運営で注目すべきところは、椎葉村に移住してきた「地域おこし協力隊(以下協力隊)」の方々が持つキャリアやネットワークが大いに活かされている点。例えば、ワーケーションにも活用可能な交流ラウンジのコーディネートやキッズスペースの遊具選定、あるいは館内で催されるeスポーツの体験会やプログラミング教室、英会話教室などの企画運営には、それぞれの領域にネットワークや専門性を持つ協力隊のメンバーをはじめ、任期を終えた後に村内外で独立・起業した元・協力隊メンバーの方々が積極的に携わっています。

写真:あいにくの小雨でしたが、訪問当日に敷地内で開催された「映画上映会」も協力隊の企画によるもの
(撮影協力:移動シアター Journey Screen様)

今回お話を伺った小宮山剛さんも、4年前に「椎葉村図書館の立ち上げ」をミッションに、椎葉村に移住した元・協力隊の一人。「クリエイティブ司書」という初めて目にする肩書を持つ小宮山さんの椎葉村への移住から図書館づくりの経緯、そしてこれからの公共図書館の在り方について貴重なお話を伺うことができました。

 「ヨソモノ・ワカモノ」図書館つくりに、秘境まで。

写真:クリエイティブ司書・小宮山剛さんと椎葉村図書館「ぶん文Bun」の館内。

小宮山さん:「『クリエイティブ司書』というのは自分で勝手に名乗っているものではなく、『新たな図書館の創造』を主とした協力隊のミッション名として村の地域振興課の採用担当が付けたものです。2019年4月に私が正式に着任した際、自ら付け加えたミッションは『10年先のUIターンの創出を見据えた地域ブランディングを図書館から実現すること』。SNSの戦略や広報のディレクションも含め、図書館から椎葉村のブランドをデザインする役割を私は背負っていきます。と宣言しました。」

大卒後、ガス会社を経て専門紙の新聞記者出身。フリーライターとしての活動も続けながら「二足の草鞋」で協力隊としてクリエイティブ司書に着任した小宮山さん。「準備期間15か月」という限られた期間の中、図書館づくりの中で大きなターニングポイントとなったのは「図書館と地域をむすぶ協議会」の代表である太田剛氏との出会い。一般的に公共図書館で広く採用されている日本十進分類法(NDC)による本の並べ方(配架)ではなく、その土地にふさわしい選書や配架を提唱し、多くの図書館関連プロジェクトに携わってきた同氏との協業が、現在の椎葉村図書館の機能や特徴にも大きくつながっていきます。

小宮山さん:「公共図書館の運営はとても息が長い事業です。なので、今の椎葉村の読書環境のレベルに合わせるのではなく『椎葉村の5年後10年後にふさわしい、必要とされる本』という視座から開館に向けて1万冊以上を選書していきました。例えば、椎葉村には『日本の原風景がある』とよく言われます。それならば『日本の原点を探る』ためにはどんな本が必要だろう?という問いから選書し、その選書から『日本人の心』という独自の分類をつくりました。そうして生まれた分類を起点に、椎葉の椎葉による椎葉のための空間づくりを書籍や書棚で全面的・多面的に語っていく。そういった分類をひとつひとつ検討していった結果、最終的に23の分類に落ち着きました。」

 

出典:椎葉村図書館「ぶん文Bun」ご利用案内より筆者作成

小宮山さんが目指したのは本と本、書棚と書棚、分類と分類が有機的なつながりを生みながら思わぬ発見をもたらす「セレンディピティを生む図書館」。また、来館された方が個々の楽しみ方で館内の時間を過ごしていただきたいという思いから、公共図書館ではタブー視されがちな館内での写真撮影をはじめ会話や飲食も自由。さらに書籍の貸し出し期間を比較的長めに設定している点も大きな特徴です。

小宮山さん:「貸し出し期間は『ぶん文Bun』という名前にちなんで22日以内(!)と長めですが、単に語呂合わせというだけでなく、これには理由が2つあります。まず椎葉村自体の面積が広いことに加え、隣村や日向市、宮崎市など片道1時間半から3時間程度かけて本を借りに来てくださる方がたくさんいらっしゃること。多くの公共図書館で採用されている2週間の貸し出し期間だと短いんです。2つ目は、都会とのダブル拠点などを見越し、椎葉村に長期滞在される方のニーズを想定していること。山中湖など別荘地の図書館の貸し出し期間は3週間だそうで、そういった他地域の事例も参考にしました。」

実際に、村外からの来館者への貸し出し数は一昨年度から昨年度にかけて約2.5倍増、貸し出し冊数における構成比も約2割とのこと。リアルでのリピーター増だけでなく、オン・オフのハイブリッドで始めた「積読読書会」、直近では全国から3,000点以上の応募があったキャッチコピーコンテスト「ぶん文Bun賞」など、WEB上の企画を起点とした交流も活況だそうで、SNSや口コミによる伝播が村外に確実に拡がってきている手ごたえがある、と小宮山さんはおっしゃいます。

開館後3年目を迎え、順調に館内機能も取り組みも拡充させている中、閉架書庫を持たない椎葉村図書館の次のミッションは、村中の小学校の図書館に椎葉村図書館の機能や書籍を循環させていくことで、村中の読書環境を活性化する「村中丸ごと図書館」への取り組み。加えて、椎葉が遺していくべき伝統的な生活様式をはじめとする地域資産を収集し、「デジタルアーカイブ」として「記憶」を「記録」に残していくミッション。クリエイティブ司書の小宮山さんに加え、新たに協力隊として椎葉村図書館に着任した「飛び出す司書」の長谷川さん(村内の読書環境活性化を担当)、「時おこす司書」の藤江さん(デジタルアーカイブを担当)も加わり、小宮山さんと連携しながらさらなる進化を続けています。

かえりたい「郷」で生きていく。

小宮山さんは昨年3月に協力隊としてのクリエイティブ司書を卒業し、「今後もより深く椎葉村の図書館事業に携わりたい」との思いから、これまでの役割はそのままに椎葉村役場の職員の立場に転身しました。今では「椎葉村のような図書館を作りたい」というさまざまな地域から寄せられる要請に応える形で、各地での講演活動や専門誌への寄稿など村外での活動の幅も広がっています。開館準備から今日にかけ、新しい図書館づくりを通じて地域ブランドが少なからず変化していく瞬間に立ち会ってきた小宮山さんは、昨今の環境変化をどのように感じていらっしゃるのでしょうか。

小宮山さん:「『公共』をどう捉えるか、ということだと感じています。公正であるだけが公共ではなく、自治体の意思としてその地域の未来をどうデザインしていくか。その中で公共図書館の役割は『意志ある本棚』として、本や書棚で地域の未来を表現、あるいは言語化していく。これまで『UIターンが増えた椎葉村の未来はどうなっているだろう?』という問いを常に繰り返しながら図書館づくりを心がけてきましたが、そのチャレンジに共感してくださる方々、あるいは地域に対し『これから自分にできることは何か』という使命感をますます感じています。」

椎葉村が2022年、新たに掲げた10年間の長期総合計画の基本理念は「かえりたい『郷』で生きていく。」。図書館開館後に策定が進められたこのコンセプトワードは、策定プロセスを重ねる中で実施された村民とのワークショップの現場で生まれた幾多ものキーワードを統合し、小宮山さんが提案、採用された言葉だそうです。開館前の着任当初から当地での様々な交流を通じて「UIターンを生まないと村の未来がない」という村民一人ひとりの声に真摯に向き合い、計画策定のプロセスも包括して「UIターンを生み出す図書館」を体現する館づくりを続けてきた、小宮山さんの人柄が伝わるエピソードです。

最後に、椎葉村図書館の愛称「ぶん文Bun」のネーミングの由来でもあり、コンセプトキャラクター「コハチロー」のモチーフとなったニホンミツバチには、次のような習性があるそうです。

今、この場所で自分の未来を考え、学び、幅広い教養を身に着けた子どもたちは、いつか進学や就職で村外に巣立っていく。それでもいつかは新しい誰かと、あるいは新しい「風」と共に椎葉村という「巣箱」に戻ってきてほしい。そんな願いを込めた図書館から巣立った子どもたちが創っていく「秘境」の未来から、日本のどこにもない「新しくて、懐かしい」風土であったり、風習、風景が創られていくのではないでしょうか。

ヨソモノ・ワカモノとして椎葉村に移住した小宮山さんが当地に根差し、当地での交流を通じて自問自答しながら考えた「地域の未来」。彼が手がけた「意志ある本棚」を一つ一つ眺めながら、九州の秘境からはじまる未来の可能性、あるいは希望の拡がりを強く確信できる出会いとなりました。

プロフィール

写真
小宮山 剛(こみやま つよし)
椎葉村役場地域振興課 交流拠点施設グループ
主任主事(図書司書/クリエイティブ司書)

1990年福岡県生まれ。大学卒業後ガス会社、石油化学業界の新聞記者などのキャリアを経て、2019年4月に宮崎県椎葉村に移住。「秘境暮らしのフリーライター」を務めながら、地域おこし協力隊の「クリエイティブ司書」として椎葉村初となる図書館「ぶん文Bun」の立ち上げに関わる。司書資格取得後、現在は椎葉村役場職員として「ぶん文Bun」の運営や広報活動に従事。今の時代を生きるのに手放せない1冊は、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』。

■椎葉村交流拠点施設Katerie(かてりえ)
https://katerie.jp/

■椎葉村図書館「ぶん文Bun」
https://lib.katerie.jp/

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