「決めない」消費へと向かう生活者の行動のおおもとには、どんな価値観や欲求があるのでしょうか。研究を通してみえてきたのは、方向性の違う2つの欲求と、合理・非合理についての新しい考え方でした。
「決めない」ことで
ストレスをサゲたい=サゲの欲求
ひとつめの欲求は、消費プロセスで生じる面倒さや不安・不満など、ストレスの対処に向かうものです。
例えば「買う」。ECの浸透は便利さをもたらした半面、直接品物を確認できないなど、不安にもつながります。その際、最初からずっと使うと決めきらずに、「使ってみて、ダメなら返品するほうが合理的」と考えることで、「ムダにするかも……」という不安を抱えず割り切って買うことができます(返品の作業は必要になりますが)。
ある20代女性は、
サブスクリプションで借りている服のうち、周りの人から『似合うね』と言われる服だけは、買取している。
と言います。先に「決めない」ことで、買う行為をムダの不安から切り離せる。合理的だ、というわけです。消費プロセスの「手放す」では、多かったのが「家にものがあふれている」との声。「消費1万人調査」でも実に69.6%もの人が「家にものが多すぎる」と実感していました。
ある40代女性は、
よく企業の買取サービスを使って服をまとめて処分しています。すっきりしたクローゼットを見た瞬間、「これでまたものが買える!」と感じます。
「買ったものとずっと付き合う」と決めずに、様々な手段を活用してものをうまく手放すことが、ものに埋もれるストレスの解消と同時に、消費意欲の喚起にもつながっているようです。
「決めない」ことで
キモチをアゲたい=アゲの欲求
もうひとつの欲求は、これまでの消費に新たな意義や楽しさを加えようとするものです。
フリマアプリで「とりあえず買って、合わなければ売る」を高頻度で繰り返した20代女性は、
取引を繰り返してたくさんの品物に触れた結果、自分の好みがどんどんクリアになり、良いものがわかるようになった。
と言います。
また、サブスクリプションで時計を借りていた30代男性も、
短期間で様々な時計に触れ、高いものには高いなりの価値があると気づけた結果、60万円の高級時計を買いました。
と話してくれました。ずっと使うと「決めない」ことで、「“時短”で消費の経験が積めた」という実感にもつながる。だから合理的、というわけです。
また、手放すことで積極的に楽しさを生みだす動きもあります。
不要品が意外な高値で売れた瞬間に思わぬ満足感を味わったり、売れたこと以上に、大事に使ってくれる人に譲れたことに喜びを感じたり。さらにはあらかじめ大量に品物を買い、SNSなどを介して誰かと交換することに楽しさを見いだしている生活者もいます。
買ったものを自分で抱え込むと決めないことで、これまで単なる後処理に過ぎなかった手放すプロセスを、充足感の伴う工程に変えられる。これもまた合理的というわけです。
過度に節約もしないかわりに贅沢もできない状況が続くいま、生活者は2つの欲求に基づいて、自らの手で消費行動をリノベーションすることで、消費の納得感や満足感を高めようとしているようです。