消費対流 「決めない」という新・合理

消費対流 「決めない」という新・合理

「決めない」
時代の到来

消費の本題に入る前に、少し大きな「生き方」の話をさせてください。

いま、標準的な暮らしのあり方や、生き方についての「これが正解」という考え方が、どんどん崩れてきています。
さらに将来の年金や仕事に対する見通しが立ちにくいなかで、自分の状況を固定することへのリスク意識も高まっています。

標準の分散化

  • 世帯全体に占める「標準世帯」の割合低下
  • 第一子出産時の母親年齢が分散
  • 終身雇用が前提ではなくなり、非正規雇用や転職者が増加

生き方の多様化

  • 結婚、家族、夫婦、男女のあり方の意識が自由化
  • ワークライフバランスなど暮らし方や働き方の意識が自由化
  • 副業・兼業やフリーランスなど新しい働き方の登場

「決める」リスクの増加

  • 将来の年金・社会保障への不安
  • AIと人間の仕事についての不安
  • 人生100年時代の意識顕在化



何が正解かわからないし、自分も世の中もこの先どうなるかわからない。
だから、生き方の可変度は高いほうがいい。
ひとつこれだと「決めない」ことが生きやすさにつながる。
「決めない」時代がやってきました。

生き方の可変性は高いほうがいい 生き方の可変性は高いほうがいい

「決めない」
消費の台頭

「決めない」時代の波は消費行動にもおよんでいます。

個人間取引やシェア、サブスクリプション(定額制)サービスなど新しい消費サービスの登場や、参照情報や購買チャネルなど消費環境が変化したことで、生活者の消費行動にも、新たな動きが起きはじめています。

消費環境の変化 消費環境の変化

これまでは「選ぶ→買う→使う→手放す」という順序で行われていた消費行動。

選ぶ→買う→使う→手放す

このプロセスを自由に組み替える動きが目立つようになってきました。
その行動の軸にあるのは「自分の状況を固定させない」=「決めない」
という意識です。例えば……

これを買うと「決めない」

サブスクリプションサービスで衣類や家具などをレンタルで利用している20代女性は、こう言います。

ものを買うと後戻りできない感じがします。この先の自分の仕事や結婚など、暮らしの状況がどうなるかわからない。サブスクリプションは買うと決めずに利用できるので、生活のコントロール権を、ものではなく自分が持っていられる気がします。

彼女は転職に合わせて引越しを予定していますが、今の部屋には知人に入居してもらい、所有していた家具を極力引き継ぐ形にして、さらに身軽な状態をつくりだそうとしています。

例)買う判断をせず、選ぶと使うを繰り返す

他にも、これを買うと最初から決めないで「使ってみてダメなら返品すればいい」と考える人もいます。

例)あれこれ悩まず使ってダメなら返品する

ずっと使うと「決めない」

別の20代女性は、フリマアプリで気になったものを見つけたらあまり考え込まず、とりあえずの感覚で買っていると言います。

買う前にあれこれ考えても結局使ってみないとわからない。使って合わなかったらすぐ売りに出すので、買うかどうかのジャッジに時間をかけません。
例)とりあえず買って、ダメならすぐに売るを繰り返す

他にも、買ったものをずっと持つと決めずに「あらかじめ手放す手続きをしながら使う」という人たちもいます。

例)手放す手続きをしながら使う

「消費1万人調査」の結果では、 37.0%の人が「とことん検討する前に、買って試すほうだ」と回答。また「買って失敗だったら売ればいいと考える」人も26.5%にのぼります。
そのうち消費意欲が高いと自覚している人の回答をみると、前者が43.9%、後者が35.2%と、全体よりも高くなっています。

買うという決定をしないまま使い続けたり、売ればいい、返品すればいいと思うことで決定の労力を減らしたり。
自由さを増した生活者の消費行動によって、様々な形の「決めない」消費が生まれているのです。

INTERVIEW - 関連インタビュー

「決めない」
消費の背景
―2つの欲求―

「決めない」消費へと向かう生活者の行動のおおもとには、どんな価値観や欲求があるのでしょうか。研究を通してみえてきたのは、方向性の違う2つの欲求と、合理・非合理についての新しい考え方でした。

図

「決めない」ことで
ストレスをサゲたい=サゲの欲求

ひとつめの欲求は、消費プロセスで生じる面倒さや不安・不満など、ストレスの対処に向かうものです。
例えば「買う」。ECの浸透は便利さをもたらした半面、直接品物を確認できないなど、不安にもつながります。その際、最初からずっと使うと決めきらずに、「使ってみて、ダメなら返品するほうが合理的」と考えることで、「ムダにするかも……」という不安を抱えず割り切って買うことができます(返品の作業は必要になりますが)。

ある20代女性は、

サブスクリプションで借りている服のうち、周りの人から『似合うね』と言われる服だけは、買取している。

と言います。先に「決めない」ことで、買う行為をムダの不安から切り離せる。合理的だ、というわけです。消費プロセスの「手放す」では、多かったのが「家にものがあふれている」との声。「消費1万人調査」でも実に69.6%もの人が「家にものが多すぎる」と実感していました。

ある40代女性は、

よく企業の買取サービスを使って服をまとめて処分しています。すっきりしたクローゼットを見た瞬間、「これでまたものが買える!」と感じます。

「買ったものとずっと付き合う」と決めずに、様々な手段を活用してものをうまく手放すことが、ものに埋もれるストレスの解消と同時に、消費意欲の喚起にもつながっているようです。

ストレスをサゲたい=サゲの欲求

「決めない」ことで
キモチをアゲたい=アゲの欲求

もうひとつの欲求は、これまでの消費に新たな意義や楽しさを加えようとするものです。
フリマアプリで「とりあえず買って、合わなければ売る」を高頻度で繰り返した20代女性は、

取引を繰り返してたくさんの品物に触れた結果、自分の好みがどんどんクリアになり、良いものがわかるようになった。

と言います。
また、サブスクリプションで時計を借りていた30代男性も、

短期間で様々な時計に触れ、高いものには高いなりの価値があると気づけた結果、60万円の高級時計を買いました。

と話してくれました。ずっと使うと「決めない」ことで、「“時短”で消費の経験が積めた」という実感にもつながる。だから合理的、というわけです。

また、手放すことで積極的に楽しさを生みだす動きもあります。
不要品が意外な高値で売れた瞬間に思わぬ満足感を味わったり、売れたこと以上に、大事に使ってくれる人に譲れたことに喜びを感じたり。さらにはあらかじめ大量に品物を買い、SNSなどを介して誰かと交換することに楽しさを見いだしている生活者もいます。
買ったものを自分で抱え込むと決めないことで、これまで単なる後処理に過ぎなかった手放すプロセスを、充足感の伴う工程に変えられる。これもまた合理的というわけです。

過度に節約もしないかわりに贅沢もできない状況が続くいま、生活者は2つの欲求に基づいて、自らの手で消費行動をリノベーションすることで、消費の納得感や満足感を高めようとしているようです。

「決めない」消費行動

INTERVIEW - 関連インタビュー

令和に生まれる
消費対流

新たな時代・令和にも、標準の分散化・生き方の多様化の流れは続くと考えられ、可変度の高い暮らし方を志向する生活者はますます増えていきそうです。「決めない」時代はさらに本格的に進んでいくでしょう。

この流れを受け、「決めない」消費もまた伸びていきます。ストレスを緩和でき、かつ、自身の経験や選択肢を広げることにもつながる「決めない」消費。従来の考え方からは非合理にみえる部分があるかもしれませんが、可変度の高い暮らし方を望む生活者にとっては、合理的な行動としてますます受け入れられていくと考えられます。

「決めない」という意識のもと、消費はこれまでのように「選ぶ→買う→使う→手放す」と固定的・不可逆的な「ファネル」のように進めるものではなく、流動的・可逆的に「ループ」のような軌道を描いて進めるものへと変化していきます。生活者は消費のループを回しながら、所有者・使用者・処分者……と、短いスパンで臨機応変に自分の状態を切り替えていきます。誰かが買った・使ったものもまた、その人のなかだけで“消える”ことなく、他の誰かに引き継がれるなど、別の新たな消費のループへと“つながる”ことになります。

生活者が状態を自在に切り替え、ものが消えずに何度もつながることで動いていく消費。
それは、「決めない」時代の「決めない」消費が原動力となって生まれる、
「消費対流」という新たなムーブメントなのです。

「消費対流」が生まれるまでの流れ図 「消費対流」が生まれるまでの流れ図

消費対流と
マーケティングの視点

新たに生まれる消費対流に、私たちはいかに向き合い、どうマーケティングを考えていくべきでしょうか。カギとなる視点は、根本にある生活者の「決めない」への対応です。「決めない」状態で消費のループを回すのならば、それに寄り添い、自分たちのリソースを「決めない」に適合させることが必要になるでしょう。一方で、生活者の「決めたい」という気持ちを高めることで、暮らしの可変度がどんなに上がっても、他に代えがたい存在を目指すことも一手です。

「決めない」に寄り添う 「決めない」をうながす 「決めない」に寄り添う 「決めない」をうながす

消費行動がループ型になり、消費対流が動きだす時代。ファネルの入り口で緻密に情報を伝え、しっかり検討して買ってもらい、使って満足してもらい、末永く持ってもらう……。そんな、これまでの正攻法に頼り切っていたのでは、生活者の気持ちを捉えることは徐々に難しくなっていくでしょう。
生活者が「決めない」消費へと動きだすのなら、私たちもまたスタンスを「決めない」で融通無碍に向かい合う―そんなあり方がよりいっそう求められるのではないでしょうか。

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