みらいのめ

さまざまな視点で研究員が「みらい」について発信します

2025.09.05

第60回

祝祭が、地域を“再編集”する。
関西で見つけた、これからの「ハレの日」のかたち

from 大阪府

生活総研 客員研究員
博報堂 関西支社

松下 裕美子

生活者の価値観が「所有」から「体験」へと移行して久しいですが、その大きな流れは、結婚式や成人式といった人生の「ハレの日」のあり方にも、確実な変化をもたらしています。決まった場所で、決まった形式に沿って行われるセレモニーから、よりパーソナルで、本質的な意味を問う体験へ変化し始めています。

その、ひときわユニークな“みらいのめ”が、関西の地で育まれています。ウェディングプロデューサー・金子さんの活動を紐解くと、それは単に新しいスタイルの祝祭というだけでなく、地域の未来をも変えうる、大きな可能性を秘めていました。

「縁」そのものが、結婚式になるご近所が晴れ舞台になるとき

「ドレスを着て、写真さえ撮れればいい」。大阪府泉佐野市のあるカップルは、当初そう考えていたといいます。しかし、金子さんとの対話を経て生まれたのは、想像もしなかったかたちの結婚式でした。結婚式の始まりは、一般的な式場ではありません。ふたりが育った“ご近所”から、その一日は幕を開けました。祖父の代から続く工場、幼い頃に髪を結ってもらった美容室、いつもお世話になっている取引先。 晴れ着姿のふたりが、これまでの人生を彩ってきた人びと場所を、挨拶しながら巡っていきます。ふたりの歴史そのものを、コミュニティ全体で祝福する1日となりました。

金子さんは、「ふたりにあるリソースをすべて使うイメージ」と語ります。祝祭は、用意された会場や画一的なプログラムといった「型」を消費するイベントではなく、ふたりだけの「縁」という資産をリソースとして、世界にひとつだけの体験を紡ぎ出す営みへと変化しています。

また、この結婚式には、未来への布石も打たれていました。ふたりの将来の夢は、飲食店を開くこと。その夢のプレオープンとして、ゲストに手作りのチーズケーキとコーヒーを振る舞う時間が設けられました。ハレの日は、過去を慈しむだけでなく、ふたりの未来の夢を大切な人びとに宣言する、貴重な機会にもなっています。

結婚式による「場の再編集」— “いつもの場所が意味を取り戻すとき

結婚式は、人と人との「縁」だけでなく、忘れられていた「場」にも、新しい意味の光を当てます。

東大阪市のある小学校は、その日、特別な学び舎となりました。1クラス12人で、中学までずっと一緒だった同級生同士の結婚。親友が発起人となり、本人たちには内緒でサプライズの結婚式が企画されたのです。舞台は、思い出の教室。 同級生たちが次々と教壇に立ち、「あなたにはこの人しかいないという授業」を繰り広げます。また、かつて新任教師として担当した教え子の結婚に、今や教頭先生となった恩師が駆けつけ、2人のために「愛についての授業」をします。その行動に込められた変わらぬ愛情と、共に歩んだ時間の重みこそが、どんな言葉よりも心に響く、最高の祝福となっていました。

奈良県五條市の古民家カフェで行われた結婚式も、象徴的です。この結婚式では、新婦がそのカフェの長でした。料理はその土地のものを使い 、新郎新婦が心を込めて準備します。当日はカフェのスタッフがそのままお祝いの日のスタッフとなり、出張したシェフと共にコース料理を振る舞いました。知っている顔に囲まれ、いつもの場所が、かけがえのないハレの舞台へと変わります。これは、祝祭による「場の再編集」と言えるでしょう。

この力は、さらに大きな変化を生むこともあります。四国のある民宿は、これまで法事でしか使われたことがありませんでした。そこに初めて結婚式という「ハレの日」が訪れたことで、場所全体が手入れされ、明るさを取り戻したといいます。まさに、幸せの人の出入りが、場所を明るくしました。このように祝祭は、どんな場所にでも、新しい意味と温もりをもたらす力を持っています。

“かたちだけ”の節目は、もういらない

また、この動きは結婚式だけにとどまりません。金子さんは大阪府泉佐野市で、形骸化しがちな成人式を、式典だけでおわらせず、新成人にとって意味ある体験を提供しようと、独自にイベントを開催しました。「こういう大人になります!」と宣言する会と再定義し、地域中の母親たちからアルバムを集めて展示したり、「もしもかるた」というツールで未来を考えるワークショップを行ったりしました。これもまた、祝祭を通じて、世代間の関係性や、地域と個人の繋がりを再編集する試みと言えます。

ここには、もっと地域を活性化させるヒントがあります。「圧倒的に何かが『足りない』方が、それを超越する愛が見えやすい」という金子さんの言葉は、設備やハードの豊かさだけではない、これからの社会が求めるべき本質的な価値を示唆しています。

考察:なぜ、この“みらいのめ”は関西で育つのか

これらの先進的な事例が特に関西で進んでいる背景には、この土地が持つ特有の土壌が見え隠れします。金子さんの言葉を借りれば、関西には「おもしろいね」という一言がチャンスに変わる「遊び心」があります。前例のないアイデアでも、ひとたび共感を得られれば、どんどんのってきてくれる懐の深さが、新しい挑戦を可能にしています。そうした関西ならではの社会と人の距離感が、決まった「型」 に依存しない、新しい祝祭のかたちを育む土壌となっているのかもしれません。
「何もない場所だったとしても、愛さえあれば、結婚式になる」
金子さんは力強く語ります。この確信は、日本各地の未来にとって、大きな希望の光となるでしょう。祝いたいという人の想いと、そこにある縁を丁寧に紡ぐこと。それさえあれば、どんな場所も、未来をひらく晴れやかな舞台になるはずです。

プロフィール

写真
金子 絢香さん
NO PRODUCE 代表

福岡県出身。オリジナルウエディングのプロデュース会社を経て、コロナ禍の2020年6月に独立 し「NO PRODUCE」を設立。 「どんな場所でも自分がいけば、結婚式になる」 という考えのもと、結婚式を中心に、人の人生の節目をプロデュースする。既存のやり方にとらわれない「NO」の発想で、依頼者一人ひとりの人生を紡ぐ、オーダーメイドの祝祭を手掛けている。

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