第9回
いまどきの郷土料理ときたら。
from 福島県
■進撃の「いかにんじん」
私のふるさと福島に「いかにんじん」という、スルメとにんじんの細切りを醤油、みりん、日本酒で味付けした、シンプルな郷土料理があります。手間もひまもかけずに作れてしまうスローなフード「いかにんじん」。ですが、にんじんのシャキシャキっとした歯ごたえと、噛めば噛むほど味が出るスルメの超絶コラボは、ビールや日本酒の肴に持ってこい!一度食べたらやみつきになる、やさしい風味が魅力の一品です。
そんな福島代表の郷土料理「いかにんじん」が今年の5月に、某お菓子メーカーからポテトチップスとして地域・期間限定で発売となりました。そのメーカーの社長が福島県出身で、かねてから自分のふるさとにゆかりのある商品を開発したかったのだとか。すると、家庭の味である「いかにんじん」をフレーバーに採用したポテトチップスは、ローンチするやいなや瞬く間に売切れ状態になってしまった、という出来事がありました。
過疎や高齢化、食生活の変化にともない、食べる機会が減り、さらにレシピの継承が難しくなっている郷土料理。しかし、スナック菓子化した「いかにんじん」が、認知・人気を獲得し、再評価されたことを目の当たりにしたことで、捉え方や、やりようによっては郷土料理の魅力をまだまだ引き出すことができるのでは?実は、郷土料理のポテンシャルって、ハンパないんじゃ?と、自分の中に郷土料理への探求心がフツフツとわき、今回のレポートのテーマに決めたのでした。
では、そのポテンシャルがどれ程のものなのか。無い知恵を絞っても仕方ありません。なので、郷土料理のプロフェッショナルにインタビューを敢行。郷土料理の研究家であると同時に、世界各国の料理についても精通しているe-food代表の青木ゆり子さんにお話しを伺いました。(青木さんのプロフィールはコチラ)地方や日本という枠組みを越えて、世界視点で郷土料理の可能性を探ることができましたので、ご報告させていただきます!
■郷土料理の守り方
―日本では、郷土料理の継承が課題となっていますが、海外で郷土料理を受け継ぐことに成功している事例はありますか?
青木さん:ローマ時代の遺跡が残るスペインのタラゴナというところで年に1回、古代ローマ時代を再現した「タラコ・ヴィヴァTarraco Viva」というお祭りを開催しています。1週間、古代ローマの格好をしてパレードをしたりするのですが、そのお祭りで古代ローマの料理を振る舞うんです。蜂蜜を味付けに使うのが特徴で、ワインにも蜂蜜を入れて飲むんです。大昔のヨーロッパには砂糖がありませんでしたから、蜂蜜を味付けに使っていたんですね。お祭りがあることで、古代の文化や料理を現代に受け継ぐきっかけになっているようです。
―へ~。お祭りというエンターテイメントの文脈に郷土料理がのることで、料理をつくる機会が生まれているし、地元の人だけでなく、観光客など外の人にも味わって、知ってもらえる機会があるのはいいですね。
青木さん:そうですね。他にも、イタリアではスローフード協会が郷土料理の継承や啓蒙を積極的に行っています。
―(あぁ、あの伝統の食文化を再評価する運動かぁ!)
青木さん:昨年開催されたミラノ博でも大きなブースを設けてイタリアのスローフードをPRしていました。新しいものを生み出すのではなく、昔ながらのものを掘り起こして再発信、再価値化する。そういう動きはとても大切なことだと思います。
―であれば、博報堂の関連会社「ONE STORY」が運営している、「DINING OUT」という野外レストランはご存知ですか?今、青木さんがおっしゃった考えにかなり近いかと。地元の人が気づかない魅力を、一流の文化人やシェフが掘り起こし、地元の食材や郷土料理をアレンジして提供するイベントがあるんです。
青木さん:それは素敵な取り組みですね。その土地ならではの素晴らしさや、その土地でしかつくれないものがきっとありますからね。
■どう使う?郷土料理
―岩手では、独居高齢者の栄養管理に「ひっつみ」という郷土料理を提供したり、青森では八戸の「せんべい汁」が幼稚園児の野菜嫌い克服のために取り入れている事例もあるそうです。郷土料理をどう活用するか、ということも、次代へ受け継いでいくためには大切な観点かと思うのですが、青木さんの考えをお聞かせいただけないでしょうか?
青木さん:「美味しいものはみんな好き」という人間の本能があります。ユダヤ人とパレスチナ人は対立関係にあると言われていますが、シュニッツェルという、ユダヤ人がヨーロッパからもたらした薄いカツレツのような料理をパレスチナの人々も食べています。思想や国境を越えて、人と人をつないでくれるコミュニケーションのツールだと私は思いますね。
―確かに、日本も、韓国や中国と国際情勢的には敬遠したり対立したりしていますが、日本人は中華料理や韓国料理が大好きですし、逆に、和食や日本の外食産業が両国に進出して人気になっていたりしますからね。
青木さん:あの人たちが食べているものってこんなに美味しいんだ!こんな文化や歴史があるんだ!と、その土地のことを伝えてくれるメッセンジャーに郷土料理はなれるんではないでしょうか。
―(なるほど。LOVE&PEACEにFOODが割って入る感じはとてもいいかも。)
青木さん:あと、まだ進行途中の話なんですが、鯖寿司で有名な福井県の小浜市と、鯖の水揚げが世界屈指のノルウェー、その双方をつなぎ食で交流を深めようというプロジェクトを企画しています。国際交流や食文化の活性化を狙い福井とノルウェーを現代の鯖街道としてつなぐことが目標です。意外と、高齢化や、産業の担い手不足など、両者で共通している課題は多く、交流により情報交換をしたり、問題意識を共有することは、お互いにとってプラスに働くのではないかと考えています。郷土料理(鯖寿司)がハブとなり、日本と世界の地方をつなぎ、課題解決のきっかけとなることを期待したいですね。
―郷土料理を地方課題のソリューションとして活用していくのは面白い発想ですね。
■郷土料理にパスポートを
―カリフォルニアロールのように、日本という国の郷土料理である「寿司」が見事なまでにローカライズされています。もしかすると郷土料理は、国内で広がっていかずとも、海外の人が受け入れていくことで、継承され、生き残っていく可能性はあるのでしょうか?
青木さん:その可能性は大いにあります。料理は常に変化するものです。食される場所やカタチが変わっていくのは珍しいことではありませんし、郷土料理が世界の日常食になる可能性すらあります。
―それはどういうことでしょうか?
青木さん:ニューヨークなど世界の情報発信地で一度ブームになった郷土料理が世界中に広がり、流行後、日常的に食卓やお店で食べられていくことがあるんです。寿司はすでにそういう地位にあるでしょうし、ラーメンもかなり浸透しています。ちなみに、いまブームになりそうなのは讃岐をはじめとする「うどん」です。ニューヨークに出店した讃岐うどんが、うまい!安い!早い!と評判で、ニューヨーカーの話題を集めています。ファストフードでありながら、あんなに美味しい食事は世界を探してもなかなかありませんからね。これからは“UMAMI”に加え、“KOSHI”が世界の共通語になるかもしれませんよ。
―“KOSHI”ですか(笑)。SNSやブログなどデジタルによる拡散も郷土料理の世界進出の追い風になるような気がします。
青木さん:そうですね。私も、世界中の料理情報を集約した総合情報サイトを運営しているので、ネットが料理と人をつないでくれる優れたツールであることを身をもって感じています。ただ、その一方で、対面で郷土料理の魅力をお会いするお一人お一人に伝えていきたいとも考えています。日本の方はもちろん、インバウンドでいらっしゃる外国人の方にも、ぜひ日本各地の郷土料理を召し上がっていただき、帰った後も、自国で料理したり、日本料理店に食べに行っていただけたらうれしいですね。
■郷土料理は〇〇だった
スナック菓子とコラボしたり(異業種交流)、国境や文化を軽々と越えたり(海外出張・海外赴任)、地方の課題解決を促したり(ソリューション)、世界のトレンドをつくったり(マーケットの創出)。なんともまぁ、いまどきの郷土料理ときたら、まるで、優秀な起業家やビジネスマンのよう。郷土料理は古臭いものではなく、実は、最先端のプロダクトなのかもしれません。ならば私たちは、そんな郷土料理たちとアライアンスを組むことで、「うまい!」と言われるようなビジネスやアクションを生み出していくことができるはずです。デジタルデバイスのように、日本の郷土料理が世界中の人々(の胃袋)をネットワークする未来。そこにはきっと、人種や国籍、思想を越えた、おいしい、しあわせな時間がひろがっていることでしょう。
どうです?たまには、郷土料理でも。いかにんじん、おいしいですよ。