有識者インタビュー

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人工物に意識を宿すことで
「死なない」という
選択肢が生まれる

渡辺 正峰

脳科学者

機械に意識は宿るのか、
自分自身の意識体験で確かめたい

「意識の仕組みを知りたい」というのが私のおおもとのモチベーションです。意識を生んでいる脳のメカニズムはいったい何なのか?という議論に最終的な決着をつける実験は、生身の脳だと難しいですから、次に取りうる手は「人工物に意識を宿らせる」ということになります。
このときの一番の問題は、私が機械をつくって、「これに意識が宿ってるはずです」と言っても、なかなか確かめる術がないことです。
結論を言うと、ならば「実際に機械に意識が宿っているかを、自分の主観的な意識をもって味わってみる」しかない。つまり自分の意識を機械にアップロードして、自分自身で確かめられないか、というアイデアの実現を目指しています。
私が研究者でいるのはあと20年程度でしょうから、科学者の興味としてはそれまでに研究とテクノロジーの発展が間に合えば、自分自身の脳と機械を接続して、私自身の意識をもって確かめてみたいです。

著書『脳の意識 機械の意識』(中央公論新社、2017年)

脳を人工物で置き換え、意識を移し替える

脳の仕組みは、ニューロンとシナプスによる電気回路だと考えることができます。
個々のニューロンを人工的に再現した超小型装置をつくり、その装置でひとつひとつニューロンを置き換えていったとき、意識はどうなるか……このような思考実験がデイヴィッド・チャーマーズという哲学者によって提唱されました。
ニューロンが人工物に置き換えられても、その入出力特性さえ完全に再現されていればほかのニューロンはその置き換えの影響を一切受けないはずです。その調子で人間の脳をだんだん人工物に置き換えていき、すべてのニューロンが人工ニューロンに置き換わったとき、意識体験は継続して残るのか。チャーマーズ自身は「残るはずだ」と考えました。
とは言え、本当にこの方法で意識が残るとしても、現実の脳は数千億のニューロンが接続しあった複雑な神経回路ですから、物理的な電気回路で再現するのは難しいと私は思います。
ならば物理的な電気回路の代わりに、スーパーコンピュータの計算により脳の神経回路を再現して脳と接続すれば、同じくコンピュータ上に意識を継続させることができるのではないか……というのが私の仮説です。
それが実現し、テクノロジーが発展すると、ゆくゆくは人間の意識をコンピュータにアップロードし、肉体の死の後も意識を継続させることができるようになるでしょう。私が技術顧問をしているMinD in a Deviceという会社では、この「意識のアップロード」を中長期的に目指しています。

忘れ去られた記憶を「思い出す」ことで、
機械に「人格」を蓄える

人工的に脳のようなものが再現でき自分の脳と接続することで、脳と人工物の間で意識が共有できたとしても、それで人工物に「私の人格」が移植できるのか疑問に思われる方もいるでしょう。
「人格とは何か」は難しい問いですが、私はこれを記憶からなるものだと考えています。特に、すぐには明示的に想起できない、忘れ去られた記憶を人工物に移植することで、人格も人工物に移植することができるはずです。
子どもの頃に鳥に襲われて怖い思いをした人が、当の事件を思い出すことはできないが、「鳥を怖がる」ようになっている、みたいなことがありますよね。これはまさに「鳥を怖がる」という人格が、本人は忘れてしまった記憶によって形成されている例になっています。
最近の研究によれば、人間は体験や感情の記憶を、日中「海馬」という部分に一時的に保管し、睡眠中に「大脳皮質」に焼きつけている……と考えられています。
ですから記憶を明示的に「思い出す」……言い換えると「追体験する」ことで、実際の体験の記憶が海馬に一時保存されるのと同じように、かつての記憶を機械が蓄えられる形に翻訳し、保存することができるはずです。
また、普段は思い出せない記憶も、脳に電気刺激を与えることで強制的に再生させることができますから、それを利用すれば「忘れ去られた記憶」を機械に焼きつけることもできるでしょう。それをやられている最中は走馬灯をずっと見ている感覚かもしれないですけれど、このような方法で脳から機械へと「人格」を移植することができるはずです。

 

「死ななくていい」社会の姿とは?

こうしてコンピュータに移植された意識は、生体の死後、メタバースのようなデジタル空間で生きていくこともできるでしょうし、ロボットをアバターにして現実空間で生きていくこともできるでしょう。脳の言語野が正しく再現できていれば、会話の上では普通に生きている人たちと変わりません。「ああ、この人はアップロードされてるんだよな」という違いはありますが、会話からはその人の意識が脳にあるか機械にあるかは見分けがつきません。
私なら、その状態で何万光年も遠い宇宙に行ってみたいです。小さな箱に意識が入っていて、出発のときに「アンドロメダに着いたら起こしてください」とか言って電源を落としてもらい、目的地についたら電源を入れてもらうんです。そうすれば宇宙旅行の際にコールドスリープの必要もない。光速の数%の速度で航行できるような宇宙船が開発されるほどテクノロジーが発展している頃には、意識のアップロードもできるようになっているでしょう。

生体としては「死んだ」後も本人の意識が継続しているとは、言い換えると「死なない選択肢」が提示されるということです。
将来そうなったとして、これまで「生身の身体」で営んでいた世界は特段変わらなくてもいい。意識が機械に移植できるようになっても生身の身体は一度きりですから、生身での生は大事にしてほしいと希望しています。
その上で、いざ死に直面したときに「やっぱり死にたくない」という人が、ゲームをコンティニューするぐらいの感覚で、中古車1台くらいの金額で「意識をアップロードしてコンティニュー」できるといいですよね。実際にできるようになって「あの人もやったらしい」みたいに話が広まっていけば、いずれは「死なない選択肢」が当たり前に普及していくんじゃないでしょうか。
「人生は限りがあるからこそ美しい」という現在の社会通念は、「死なない」という選択が無かったので、ある意味仕方なく形成されてきたものだと考えています。意識のアップロードが技術的に実現し、多くの人に普及していくことで、それが根底から覆るはずです。産業革命から数百年後の現代からすると中世の世界観が随分迷信的にみえるように、100年後の未来からは、現代の価値観も「あの頃は随分異常だったな。よく『死』なんて怖いもの受け入れてたよ」と振り返られるようになると思います。

渡辺正峰(わたなべ・まさたか) 東京大学大学院工学系研究科助教授、カリフォルニア工科大学留学などを経て、現在は、東京大学大学院工学系研究科准教授および独国マックスプランク研究所客員研究員。主な著書に『脳の意識 機械の意識』(中央公論新社、2017年)、共著に『理工学系からの脳科学入門』(東京大学出版会、2008年)、『イラストレクチャー認知神経科学』(オーム社、2010年)など。

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