有識者インタビュー
自分で「選択する」練習から はじめよう
大室産業医事務所 代表
産業医
大室 正志氏
日系大手企業、外資系企業、ベンチャー企業、独立行政法人など約30社の産業医を担当。専門は産業医実務。メンタルヘルス対策、生活習慣病対策など企業における健康リスク低減にも従事する。著書に『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社、2017年)。
●世界で最も「ひとり」になれる施設が多い国、日本
博報堂生活総合研究所(以下H)
「ひとり行動」が広がってきた状況や、背景についてどのように捉えれば良いでしょうか。
肌感覚ですが、日本は世界で最も「ひとりになれる」施設が多い国だと思います。例えばファストフード店やコンビニなど。一日一言もしゃべらなくても暮らせる。
このひとり空間の充実度は、ひとりになれないことの反作用なのではと思います。会社では上司や同僚と過ごさなきゃいけない。同調圧力の反作用で、オフ時間ぐらいはひとりになれる時間を大事にしたい。その社会的欲望がひとり施設のインフラを増やしたのではないでしょうか。
●「おひとりさま」という言葉も、人を動きやすくさせた
海外では男女ペアでないとダメな場所が多々ありますが、そういう抑圧は日本では少ないと思います。それでも行きにくい場所、例えば旅館なども「おひとりさま」という言葉ができたことで、ひとりで行ける免罪符ができた。「ソロ活」と言って、その空間やサービスをひとりで使いこなしたい欲望も出てきました。 「人に迷惑を掛けたくない」とか、旅行でもいろいろなことを気にし過ぎることの反動のように思います。これは非常に日本っぽい。
●人間関係を変えるインフラができても、人間関係を新たに築くソフトは不足
日本人的な気風は、同じ人間と長く狭い関係をつくる、現状の人間関係に最適化して波風を立てないという考え方で、長い期間をかけてつくってきたものです。
しかし、会社でも終身雇用の時代から、転職が当たり前の時代になるなど、社会の環境が変化しています。
ただ、転職して人間関係を変えられるインフラは揃ってきても、長く狭い人間関係を保とうとするソフトの方はそう簡単に変わらないのです。
その過渡期として、「何となくひとりになっちゃった人」が増えているのではないでしょうか。
●依存先を選ぶ―「選択縁」の重要性
ひとり活動に対して懸念するのは、「誰かに頼らないで生きる」という考え方。個人的な美意識としてはかっこいいと思うのですが、これは健全さの点からは心配です。
よくいわれるように、大人になるということは誰にも依存しないということではなく、依存先を増やすことです。ひとつに依存してしまうのはすごく危険です。ある種の依存先のポートフォリオを自分で組め、ということです。
一方で、現代はWill、つまり「意志」がないと結構しんどい。キャリアについても、所属したいあるいはしている集団で、「あなたは何がしたいの?」「あなたはなぜそれを選択したの?」と、あらゆる場面で選択と説明を迫られる。
日本では、誰かに選択されたものに適応することは得意だが、自分では何していいかわからない人がすごく増えたと思います。
インフラ的には昔よりひとりで行動しやすくなっているんだけれども、一方で、気持ちの上でひとりであることが保てないのは、そういう「決められない」ことがすごく大きいのかなと思います。
いや、決められない人が増えているというよりは、昔からの村社会的な視点でいえば、決めるのはあまり得意じゃない国民性……村社会性といっていいかもしれません。いわゆる自分で決められないタイプのOSなのに、世のなかは選択を迫るようになってくるから、決められないというところが目立つようになってきたというイメージです。
●選択の対象―社会の豊かさには豊かなグラデーションが必要
昔は、家に入ったお嫁さんが介護するのが当たり前、といったような時代でした。その後、社会的反発が起こったことで、今は介護においても、子の家族に「迷惑を掛けたくない」との考え方で極端に避けたいという思いも強くなりました。
そのときに気になるのは、実際のあり方の幅、「グラデーション」です。
All or Nothing、日本人は白から黒に一気に行くのは得意なのですが、たいていのことの落としどころはその中間にある。介護といっても様々なあり方や対処の仕方、選択肢があるはずなのです。社会の豊かさとは選択のグラデーションが細かい、ということです。
●日本人は、「自分で選択する」練習を積もう
日本人は「自分で選ぶ」「選んだ」という、「選択」がすごく苦手です。お酒を飲まないの?と聞かれて「医者にとめられているから」という言い方をする。飲まないと決めた選択の主体が自分ではなく、誰かに「決められた」という言い方が好きですね。
平成の途中ぐらいまでは、会社への就職ですら自分の選択ではなかったのではないかと思います。たまたまその地域に生まれちゃったとか、たまたまあのとき試験に受かって、とか。
選択と説明が必要なこれからの社会で、いきなり大きな選択を迫られても難しいので、小さなことから「自分で選んだ」という経験をもっと積んでいくしかないと思います。
●デジタル化やネット環境の影響―「束縛2.0」を超えていく必要がある
H デジタル化が進み、インターネットの利用、スマホ、SNSが広がって「ひとり」を取り巻いています。その影響をどうお考えでしょうか。
インターネット、特にモバイル機器の発達で、実は昔はあったすき間時間がなくなっています。さらにSNSで、自分と比べる対象が増え過ぎた。これもすごく疲れに影響している。
30歳を超えたら結婚しろというような、これまでの、血縁や地縁による束縛、いわば「束縛1.0」があると思います。しかしそれは時代と共に弱まってきました。
代わりにSNSを通じて、「痩せないの?」「こうあるべきじゃないの?」と、情報が迫ってくる、またそう感じてしまう、「束縛2.0」が生まれているように思います。
「束縛2.0」、そこからいかに自由でいられるかも、とても重要ではないでしょうか。
「孤独」と「孤立」は、
分けて考える必要があります。
「孤独」は幸福度を下げますが、 「孤立」は幸福度を下げない
という研究があります。
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科教授
前野隆司さん