みらいのめ

さまざまな視点で研究員が「みらい」について発信します

2019.07.18

第28回

真実の愛が京都のイケズをも打ち破る

from 京都府

生活総研 客員研究員
博報堂 関西支社

鳥本 拓志

京都への思いが募りすぎて、今年のはじめに引っ越してしまいました。まだ数ヶ月ですが、驚くほど充実しています。これから別の土地に引っ越すことになっても、京都のことをずっと考え続けるのでしょう。

京都を土地柄で語ると、観光地、古都、伝統技術とたくさんのポジティブワードが出てきますが、「京都人」というと「はんなり」や「みやび」はもちろんのこと、「イケズ※」という言葉も出てきます。個人的には京都でさほど「イケズ」をうけた覚えはないので、昔はせやけど今は言うほどとちゃうやろ、と思っております。
※「イケズ」とは、京都の方言で「意地が悪い」という意味

前回は京都で起こるコミュニティの連鎖と「イケズ」によるゾーニングについて書きましたが、「どうやったら京都のコミュニティに入っていけるのか」「どうしたらイケズの壁を乗り越えられるのか」というお声を頂きました。「イケズ」の程度も含めて、そのへん実際どないなんでしょうか。

洛中・洛外/ウチ・ソト

現在の国際的な認識としては日本の首都は東京ですが、平安京以降皇居があった京都は、かつては日本の首都でした。現代においても、京都を首都とする考え方も存在しています。その中心地とされるエリアと、その外を大別する考え方が、京都にはあります。「洛中」「洛外」にピンと来た方、それにございます。

洛中の名士に洛外のとある場所の出身であることを告げると、「昔、あのあたりにいるお百姓さんが、うちへよう肥をくみにきてくれたんや」と返された。表面上は感謝の体裁をつくり、その奥には「田舎者よ、わきまえろ」の念がこめられている。「イケズ」の具体例を、井上章一氏の著書『京都ぎらい』ではこのように綴っています。題名通り、京都への怨恨が丹念に織り込まれた『京都ぎらい』からは、京都のウチ・ソト意識の根強さと「イケズ」のありようがひしと伝わってきました。

とはいえ、「今は言うほどとちゃうやろ」という疑念はまだ消えません。何せ今やウン百万の外国人が訪れる観光都市。そこに今でもウチ・ソト意識や「イケズ」が強く根付いているのでしょうか?

かくして若者は京都に分け入った

京都は西陣、千本今出川に、伝統工芸やモノづくりの魅力を若者向けに発信・販売する「Senbon Lab.(センボンラボ)」というカフェがあります。白を基調とした内装にドライフラワーが映える、若者好みの素敵な空間です。そのなかに、伝統技術を活かした器やガラスペン、扇子などが陳列されています。このカフェを立ち上げたのは株式会社APPRE-ART(アプリアート)。代表の松田沙希さんは、なんと現在24歳という若さ。京都の歴史に裏打ちされた伝統産業という世界に若者が挑んだ、まさに好例と言えそうです。実態はいかがなものなのでしょう?彼女にお話を伺ってみました。

▲APPRE-ART代表の松田さん

―株式会社APPRE-ARTとは、一体どんな会社なんでしょう?

松田さん:若者へ京都の伝統産業の精神を伝えたり、職人と触れ合う機会を作ったりしています。最近では中学校・高校での教育にも手を広げりつつあります。

そのなかで「Senbon Lab.」は京都で作られている作品の販売がメインですが、店がハブになって作り手同士が出会う場にもなったりします。

▲真っ白な空間の中に美しい作品が並ぶ「Senbon Lab.」の一階

―若者に伝統産業を広めようと思ったきっかけは?

松田さん:お皿でも着物でも“伝統工芸品”と呼ばれるものは今に合っていないイメージがあると思います。例えば、現代で毎日着物を着る若者は滅多に見ないですが、そもそも着物は普段着でした。その工法や技術の価値を残そうとしたがために、無理に伝統工芸というラベルを付けて付加価値にしたとも言えます。職人さんたちにとって伝統産業は特別なものづくりではなく、生きた産業です。彼らは、美しいだけでなく、日々に耐用する優れた品を作っています。今は美術品として、または冠婚葬祭用として、といった限定的な使われ方が多い伝統産業ですが、若者に対しても、その魅力で日々を彩る、日用品としての本来的な立ち位置を取り戻せると私は考えています。

▲販売されているものの一つ、能衣装の技法をあしらった「上京蝶帯」。その魅力についつい
衝動買いしてしまいました

―京都のなかでも脈々と続く長い歴史を持つ老舗が多い伝統産業の世界で、「イケズ」をうけることもあるのではないですか。

松田さん:私が出会っている限りでは、そんなことはほとんどないです(笑)。その土地に長く暮らしている人の中で一部そういう人もいましたが、伝統産業の仕事を応援してくれる京都の方がいた。だから、めげずに自分のやりたいことにも自信が持てました。

―そんな方とどうやって出会えたのですか。

松田さん:銀行がハブになってくれました。京都で事業を始めようとした当初は、どこに誰がいてどうやって会えばいいのか、何もわからない状態でした。そんななか、融資してくださった銀行が、探していた人たちに出会えるコミュニティに繋いでくださいました。そこで出会った方々も、実績がない状態でも、志や事業の計画をしっかり話すと認めくれて、私以上に私の思いを広めてくれました。新しい世代が自分の産業を広める役割を担ってくれるという持ちつ持たれつの関係があるからか、まだまだ未熟な私に対しても少しは期待していただけているのかもしれません。

―銀行がそこまで担っているのですね!驚きました。しかし繋いでくれるとはいえ、初対面の相手から信用を得るのは、京都に限らず大変だと思いますが。

松田さん:複数の国での留学経験のエピソードをお話ししたところ、普通の人が逃げ出すようなことにも耐えられるメンタルがあると思って頂けたようです。

作り手と信頼関係を結ぶ上で一番活きた経験はフランス留学でした。パリの刺繍学校Ecole Lesage(エコールルサージュ)で、オートクチュール刺繍―を学んだ経歴がある。だからこそ、作り手の気持ちが分かる。職人の努力やこだわりにリスペクトがあるし、ファンにもなる。もっと学びたいと思うし、もっと勉強したいという気持ちが沸き起こる。その姿勢が身についたからこそ、作り手と円滑に話ができるのだと思います。

世界で勝負できる技術を持つ人たちに対して、新参者が自信過剰で横柄な態度を取ると、その時点で自分の生きている世界に満足している人=ワクワクする未来を一緒に描けない人だと思われかねない。そうなると、職人や作り手と信頼関係を築くのが難しくなってしまいます。

―相手と同じスタンスに立てることはかなりの強みですね。ただ、そうではない人たちも多いでしょう。

松田さん:そういった方々に対しては、私自身もハブになります。買いたい人はもちろんのこと、売りたい職人とどうやったら売れるかを考えるプロデューサーに対しても。「やりたい気持ち」や「どうにかしたい気持ち」はあってもいろんなところに分散しています。それを、集約して繋げていきたい。

自分が苦労したように、若者は、伝統産業の世界や歴史、技術を学ぶ機会も、そもそも伝統産業そのものへの接点も希薄です。自分と同じことを思う人はたくさんいるはず。学びや関係づくりの取っ掛かりを探すためにかける膨大な時間を、もっと効率よく使ってほしい。そうして、自分のやりたいことがすぐにできる環境を「APPRE-ART」が叶えられればいいなと思っています。

―なるほど。伝統産業に対する課題を踏まえて、必要と感じた「ハブ」を作るという具体的なアクションを起こされているんですね。これからの先にある松田さんの展望、夢はどのようなものなのですか?

松田さん:最終的には、ファッションの分野で表現する側=アーティストになりたい、と考えています。流行の最先端が集うエリアで若い人たちが楽しむ、伝統技術を活かしたデザイナーズブランドが作れたらいいな、と。伝統技術だから和柄で古風な、というわけではなくて、時代にマッチしたものを作っていきたい。言うなれば、デートのときに着たくなる、自分の武器にできるような魅力あるお洋服を作りたいです。それを多くの若者が手にとって、「好き」と言って楽しんでくれたら、とても幸せですね。大学の同期で現在会社勤めの友人がいるんですが、おしゃれを楽しむ等身大の若者の彼女がどうやったら「いいね」って思ってくれるのかを第一に考えています。

―最後に、京都で新しく何かを始める人々に、大事なポイントを一つ教えて下さい。

松田さん:相手をリスペクト、もといラブを持つこと!気に入ってないものには手は出さないし、ストーリーでも技術でも、自分が愛せるものを選ぶことは大切です。自分と価値観の合う人とのモノづくりは、やっぱり良いものができる。

自分が本当にいいなと思える相手との仕事だから、機会をもらえた瞬間は常に「えっ、いいんですか?!」といった気持ちです(笑)。その上で一緒に楽しんでいく気概があれば上手くいくのだと私は考えています。今は自分が未熟なので一方的に学ばせてもらうだけだけど、ゆくゆくはもっと信頼関係を築いて私と一緒にモノづくりをすることに価値を感じてもらえるようになればいいなと思っています。

―自分が本当に愛せるヒトやモノを対象にし、向ける気持ちを原動力にするからこそ、京都という一見難しそうな土地でも人や環境を巻き込んで、思いをカタチにできるのですね。松田さん、ありがとうございました!

愛があればお付き合いできる

新参者が「イケズ」をうけて輪に入れず…ということはなく、やりたいことを伝えれば銀行がハブになって職人たちも話を聞いてくれて、と、想像以上に京都は器が大きいことがわかりました。幻想の「イケズ」に悲観する必要はあまりなさそうです。何より、松田さんが職人や技術を愛しているからこそ、京都で「やりたい気持ち」や「どうにかしたい気持ち」が叶ったことが深く伝わってきました。

「イケズだし、気難しいだろう。どうせ取り合ってくれないだろう」と思っていると、こちらが壁を感じてコミュニケーションがうまく取れません。逆説的には「イケズ」の概念があるおかげで、いい加減な気持ちでラブのない人々をフィルタリングし、コミュニティの質を保全する「イケズによるゾーニング」の機能が働いているとも言えます。松田さんの例を見るに、本気ならばその壁も破れるはずです。

京都で一緒に仕事をしたい人や入りたいコミュニティがある、だけどなんて声をかければいいのか…そんなお悩みをお持ちのあなた、「京都はイケズな人たちばかり」なんて偏見があるのなら、一度拭い去りましょう!あなたの気持ちがお遊びではなく本気なら、当たっても決して砕けないことを松田さんは証明してみせたのですから。

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