第35回
リモート・ネイティブ世代と「リアル」
from 滋賀県
■遠隔コミュニケーションの浸透
新型コロナウイルス感染症により、さまざまな常識が変わりました。とりわけ、多くの人にとって変化の実感が大きいのは、Zoomなどを使った遠隔コミュニケーションが浸透したことではないでしょうか。社会全体が必要に迫られる形で、ものの数ヶ月の間ですっかり生活インフラとして定着しテレワークも普通のことになりました。この変化のスピードたるや、凄まじいものでした。スマホ、SNS、ECサイトなどなど、これまでにも私たちは様々な情報技術やサービスによる常識の変化を経験してきました。ですが、それらはいずれも、数年をかけてジワジワと浸透していったので、振り返って考えたときにはその技術がなかった時のことが思い出せない・・・というのが常でした。私自身、携帯電話なしで待ち合わせしていた時代をもはや思い出せません。パソコンなしで企画書をつくっていた諸先輩の話は、都市伝説のようにさえ思えます。信じられません。
しかしこの度の遠隔コミュニケーションの浸透においては、いま正に起きている変化を自覚しながら、自分自身や周囲が適応していく過程をつぶさに観察できたという点で、興味深い経験でした。
■リモート・ネイティブ世代の誕生
この変化は、次世代を生きる子どもにとってはどのような意味を持つでしょうか。地理的な距離を超えてリアルタイムに画面で顔を見ながらコミュニケーションをとる遠隔コミュニケーションがすっかりデフォルト状態となった現代を生きる子ども世代は、これまでの大人とはまったく異なる常識の中を生きていくことになります。「リモート・ネイティブ」という言葉も使われ始めているようです。毎日、満員電車に乗って会社に通い、家族のように毎日おなじ社員たちと顔を合わせる。そんな日常も、子どもたちには嘘みたいな昔話になる日が、そう遠くないのかもしれません。
今年8月初旬、そんなリモート・ネイティブ世代が生きていくニューノーマルの世界を垣間見るようなおもしろいワークショップ・イベントが行われました。今回、機会あってそのイベント現場に立ち合うことができましたので、ご紹介したいと思います。
■立命館大学/立命館小学校 オンラインワークショップ 「Tomato Adventure」
主催:立命館大学EDGE+Rプログラム
協力:立命館小学校、立命館大学食マネジメント学部、株式会社TNC
立命館大学食総合研究センター 真のナポリピッツア協会、真のナポリピッツア協会日本支部
このワークショップは、8月の夏休み中に立命館小学校高学年の子どもたちを対象に3日間にわたり実施されました。主催したのは立命館大学で、立命館大学食マネジメント学部と立命館小学校の教員を中心に、食マネジメント学部の学生や民間企業が結集して企画された取り組みです。
日本の食生活にも親しみ深いグローバルフードである「トマト」を題材に、食品ロス削減などの社会課題解決に向けて何ができるかを考えるプログラムになっていて、子どもたちの創造性を育むことを目指したワークショップです。注目すべきは、プログラム全編を通じてすべてZoomを通じてオンラインで実施した点です。子どもたちは、3日間を通じて自宅から参加。レクチャーをした教員の多くも自宅から授業を行いました。遠隔コミュニケーションを急速に受け入れ始めた私たちに、そのポテンシャルを示すような内容となっていたのが、とても興味深いポイントでした。
■トマト料理の本場イタリアとのライブ中継
特に体験の目玉となっていたのは、7時間の時差があるイタリアとの生中継セッションです。トマト料理の本場であるナポリのトマト農場から生中継で現地の風土やトマトづくりの話を聞いたり、本場のピザ職人と同時進行でピザづくりを行う実習をしたりと、生でイタリアを感じる仕掛けが盛りだくさんです。さらに最終日には、子どもたちが自分で考えた創作トマト料理や創作ピザを、真のナポリピッツア協会の会長に向けてプレゼンテーション。採用されたメニューは歴史ある協会レストランで実際にメニューとして提供され、その収益は食品廃棄物を堆肥に変えるコンポスト購入に充てることに。リアルなSDGs教育にもつなげている。
子どもたちはそれまでのオンライン授業で受けた刺激や学んだことを活かして、大人には思いつかないような自由な発想で、創意工夫に満ちたレシピをプレゼンテーションしていました。(しかも、プレゼン用の立派なパワーポイント資料まで自分で作っていました!すごい!)プレゼンを聞いたイタリア側の大人たちも、日本ならではの食文化も取り入れたレシピ提案に大いに刺激を受けた様子で、異文化交流としての観点だけで見てもおもしろいイベントになっていました。
■「リアル」な体験とはなにか?
今回のワークショップを振り返って、立命館小学校の先生は「本物に出会う体験」の重要性を語っておられました。小学校の先生の口から教えることも大切だけど、その道の専門家やプロから直接学ぶことによる刺激に勝るものはないと。今回のワークショップでは、子どもたちはまさに様々な領域のプロや専門家の大人とダイレクトにつながり、地理的な距離や国境、言語の違いさえも超えて、生の情報から多くの刺激を受けていました。そして、それらの刺激はオンラインでの遠隔コミュニケーションがあったからこそ実現したものでした。
「リアル」な体験とはなにか?
ワークショップを見ている間、ずっと私の頭にはその問いが浮かんでいました。バーチャル、デジタル、ネット、オンラインなどの対義語として、オフラインという意味と結合したかたちで「リアル」という言葉を使っていますが、この二分論はあまり意味をなさなくなっていくのかもしれません。リモート・ネイティブの子どもたち自身が「リアル」な影響を受ける情報や体験の要件として、オンラインかオフラインかということにはあまり意味がないように感じさせられました。むしろ「オンラインならではのリアル」という新しい未知の世界が広がっているようにさえ感じます。
満員電車を経験してきた私たち大人が「リアル」の意味を更新できようとできなかろうと、人類全体としては着実にどこかへ向かって進化している。画面の中の会ったこともない子どもたちを見ながら、そのように感じました。