みらいのめ

さまざまな視点で研究員が「みらい」について発信します

2021.02.22

第39回

地域適合するインキュベーション施設

from 愛知県

生活総研 客員研究員
博報堂 中部支社

三輪 慎一郎

今、名古屋市には、沢山のスタートアップが入居応募に手を挙げ、活況を呈する人気の“インキュベーション施設”があります。

その施設は「なごのキャンパス」といい、 1909年から100年以上続いた歴史ある小学校、旧那古野小学校(2017年3月廃校)の校舎施設を利活用するプロジェクトとして2019年10月に開校しました。
「ひらく、まぜる、うまれる 次の100年を育てる学校」をコンセプトに、東和不動産株式会社を主体に、株式会社パソナJOB HUB、株式会社R-pro、Tongaliプロジェクト、名古屋商工会議所、の5社で運営しています。

現在、この施設は、オフィス入居とシェアオフィス、コワーキングを含め100社以上の利用があり、開校から1年ほどの間に、ここを拠点として起業された会社が10社ほど現れています。
開校から短期間で、人気のインキュベーション施設として注目されるようになった要因はなにか?
このキャンパスを運営している東和不動産株式会社の北原陽子さんに、どんな運営をしているのか、また、今、どんな新しいことが起き始めているのかをお聞きしました。

「なごのキャンパス」

東和不動産株式会社 北原陽子さん

三輪客員研究員(以下三輪)
「なごのキャンパス」の設立経緯を聞かせてください。

北原陽子氏(以下北原)
この施設の運営主体であり、私の所属会社、東和不動産株式会社は、「名古屋駅界隈の街づくりを担う会社でありたい」と日々活動しております。そんな中、名古屋市で、旧那古野小学校(名古屋駅から徒歩8分)の校舎や施設を利活用する事業の公募があり、まずは応募してみようと。

どんな“事業”がよいかとあれこれ考えている中で、ベンチャー企業の支援のような「次の100年をつくる方々・企業を支援する施設」ができたら面白いのではないかという話になり、企画を整えようとなりました。
しかし、弊社はこれまでに、そのような取り組みをしたことがなかったので、いろんな方に相談し、お力添えいただき、具体的な事業計画を立て、応募し、今に至っています。

「なごのキャンパス」は、小学校の土地と建物を、名古屋市から“10年間の定借”で借りている期限つきのプログラムになっています。最大5年の延長が認められているので、長くても15年間で成果を出す必要があるので、新しいビジネスの創出もそうですし、地域とのつながりも深めたいですし、色々なことを実現するために15年間、頑張ろうと思っています。

三輪:このキャンパスの施設概要と利用方法を教えてください。

北原:なごのキャンパスは、”インキュベーション施設”で、ビジネスの創出や、起業の支援をメインに行う施設になります。主な利用方法は3つ、
① ひとつの会社が1区画の教室を借りる「オフィス利用」
②複数名で同じ教室内に置かれた固定席を利用する「シェアオフィス利用」
③会員ならばいつでも利用できるフリーアドレスの「コワーキングスペース利用」
があります。
シェアオフィスとコワーキングスペースは、ひと月単位で契約ができ、皆様の要望に応じて、利用方法や期間を選べるようになっています。

     Office          Shared Office      Coworking space

三輪:どんな方が利用していますか?

北原:ベンチャー企業や、一般企業の新規事業担当の方が多いですね。シニアベンチャーの方も沢山入っていただいています。あと学生さんの利用も多いです。大学生はもちろん、高校生もいます。
入居者ではないのですが、小学生もイベントの参加で利用しています(親御さんと一緒に)。入居者の中に「DONGLES」という会社があって、その会社が主催するイベントのひとつに“小学生向け起業家教育のイベント”があって、それを「なごのキャンパス」で行っていただいています。
イベント含めですが、ビジネスパーソンだけでなく、学生やファミリー層など、いろんな方にご利用いただいています。

三輪:入居者や会員には、どんな支援を行っているのですか?

北原:なごのキャンパスは、事業者として、東和不動産以外に、いろんな業種の人材をつなぐ「パソナJOB HUB 」、社会課題解決の「R-pro」、東海発起業家育成プログラムの「Tongali」、中小企業の全般的な事業・経営を支援する「名古屋商工会議所」が入っており、各社が各々得意とする領域で、入居者をサポートします。
加えて、本事業の「サポーティングカンパニー」である法人会員様も多くいらっしゃるので、資金計画や事業計画の立案サポートや、IPOやM&Aに関する知識が習得できるセミナー開催なども行っています。

また、私たち主催のイベントもいくつか行っております。昨年ですと、節分に豆まきしながら恵方巻を食べる会や、ボジョレーヌーボー解禁会など祭事関連のものや、気軽に入居者と交流できるランチ会、入居者紹介イベントも何回か行っています。

あと、毎月1回、第4水曜日の夜に開店する「スナックなごの」というイベントも開催しています。
なごのキャンパスのマスターとママ(キャンパス運営委員会メンバー)が、毎回素敵なゲストを迎え、美味しいお酒と共に楽しくおしゃべりをする社交場です。なごのキャンパス入居者・会員は無料で、一般の人はチケットを購入すると参加できる仕組みになっています。

イベントは、「ひらく、まぜる、うまれる 次の100年を育てる学校」というコンセプトの中の、「ひらく、まぜる」を実践するために行っています。入居者の方々をまぜていって、どんどん皆さんがつながって、新しいものが創出されればと。まだオープンして1年ちょっと経ったところなので、現状では「まぜる」に注力している現状ですが、今後は、「うまれる」ということが誘発されるようにも展開していきたいと思います。

三輪:入居者や会員から“いいね”と評価を受けている点はなんですか?

北原:よく聞くのは、“入居している方々の仲がとてもよく、いいコミュニティが作れている”という話です。イベントや催しを沢山やったことで、仲よくなる機会が増え、そんな評価につながっているようです。加えて、なごのキャンパスに入居されている方が、他の施設にいる知りあいを誘って、その方が見学で気に入り引越してくるということが多くなっており、それも要因になっていると思います。ご紹介だと、その後コミュニティに入りやすいですからね。

コワーキングスペースで、グループで話している人達がいるので、同じ会社の人達なのかと思ったら、全員違う会社の方だったということもよく起きています。会社関係なく、いろんな人とどんどん話していける、まざっていけるという環境ができており、人脈の少ない人も、ここでならどんどん広げられそうだと実感して入られる方が多いですね。

あと、余談ですが、入居者の方々は、内部のコミュニケーションのためにコミュニティツールを共有していて、入居者が自発的に、「飲み会やりますよ、参加しませんか」とか、「バレー部作るので入りませんか」など声掛けをして、横のつながりを生み出しています。
今では運営側が何かイベントをしなくても自然発生的にコワーキングスペースで、「誰々さんの誕生日会がありました」とか、「ランチ会があった」とか、そういった投稿が増えています。

三輪:「なごのキャンパス」には楽しそうなコミュニティーがあって、入居を希望する方も多い。起業やコラボも起き始めていて、入居者の他者勧誘もどんどん行われている。インキュベーション施設として上手く循環し始めていると思うのですが、何がポイントだったのでしょうか?

北原:要因として大きいのは、入居者さんだと思います。入居者さんの中には、「私たちも一緒に“なごの”を作るんだ!」みたいな意識をもっている方が沢山います。開校当初に、イベントを沢山行って、知らない人をなくすじゃないですけれども、どんどんいろんな方を紹介したこともあり、仲間意識がうまくつくれたのかもしれません。

運営の仕方も、禁止事項をなるべく作らず、まずは入居者さんにやりたいことをやっていただいて、もめたら初めて禁止する、というようなやり方しています。何かキチキチと動くというよりは、全員で作っているところがあるので、そういったところも皆さん”関わりがいがある”と思ってくださっているのかもしれないですね。

あと、施設のハード面になってしまうのですが、「小学校にオフィスをもてる」という点も大きいと思います。
小学校という建物・空間が、どんな人でも受け入れてくれる雰囲気を持っているようで、参加者の間口を広げてくれているという点です。

皆さん小学校という空間に心を許しているのか、オフィス見学に来られると、その場で入居を希望される方が多いですね。入居者さんの中には、ここにいると、頭もリフレッシュされて「新しい発想が生まれる」と言ってくださる方もいます。

三輪:今後は、どんなことに取り組みたいですか?

北原:今後は、「ひらく、まぜる、うまれる 次の100年を育てる学校」を実現するために、「うまれる」ということにも積極的に取り組みたいと考えています。

例えば、知識を身に付ける単発的なイベントや勉強会だけではなく、連続ものといいますか、入居者の事業をブラッシュアップするような「セミナー形式」といいますか、単発で終わらない催しや仕組みを考え実施していきたいと思ってます。

地域適合する「インキュベーション施設」

今、名古屋で、「なごのキャンパス」が魅力的なインキュベーション施設として支持されているのは、北原さんをはじめとする、運営事務局の創意工夫はもちろんですが、旧小学校という建物・空間で運営されているという点も大きいと感じました。

インタビューの中で北原さんが、「旧小学校で活動するということが、参加者の間口を広くしている」とコメントしていますが、初対面の人に積極的に話しかける人が少ない土地柄といわれる名古屋では、気持ちを許しやすい場所で出会うことが、コラボレーションや共創を生み出しやすくするのではないかと思います。
その点、「なごのキャンパス」は、その土地柄のハードルを見事にクリアしており、この土地に上手く適合している施設であると思いました。

名古屋のみらいが生まれる場所。
「なごのキャンパス」は、そんな予感が強くする場所でした。

プロフィール

写真
北原 陽子(きたはら ようこ)
なごのキャンパス事務局 営業担当(放送委員)

愛知県岡崎市出身。土木を学び再開発・まちづくりに興味を持ち、不動産業界へ。
ホテル開発、マンション管理の経験を経て、農泊・民泊のベンチャー企業にて関西開発事業統括を務める。
2020年1月に東和不動産株式会社に入社。「なごのキャンパス」の営業担当となる。

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