みらいのめ

さまざまな視点で研究員が「みらい」について発信します

2022.04.08

第43回

「映画の街」から生まれるみらい

from 福岡県

生活総研 客員研究員
九州博報堂

田中 徹

「映画の街」北九州

福岡県の最北部に位置する北九州市は、高度経済成長期を牽引してきた工業都市としてのイメージ、公害を克服する過程で培った環境技術を様々な分野に活用してきた環境モデル都市としてのイメージ、近年では「未来都市」としてSDGsへの取り組みに対するイメージなど、当地の歴史や多様性から様々なイメージを想起される街ですが、その一方で「映画の街」とも呼ばれています。そのルーツを紐解いてみると、昔ながらの情景を残す商店街の存在、自然の風景、歴史的な建造物、工業地帯、都市部など、街が持つ多様なロケーションの特性を活かし、全国に先駆けて国内外から映画やテレビドラマ、CMを中心とした映像作品のロケーション撮影(ロケ撮影)の誘致・支援を数多く行ってきたことに由来します。

今から約30年以上も前となる1989年、映像作品を通じて街のイメージ向上や地域の活性化を目的に北九州市役所の「イメージアップ班」が中心となって始めたこの取り組みは、「フィルム・コミッション」という概念が日本国内で広く知られていなかった当時としては画期的なものでした。北九州市が全国に先駆けてこの分野を開拓してきたことから、今では日本国内に数多く存在するフィルム・コミッションの「元祖」ともいわれています。

【写真】「映画の街・北九州」の情報発信拠点「KFC BASE」(北九州市役所 1 階市民ホール内)

これまで北九州市が誘致・支援してきた作品数は582件(平成元年から令和2年度末までの実績)。撮影現場を支える撮影ボランティアをはじめ、登録制の市民エキストラの登録者数は約9,000人以上。実に市民の約100人に1人ともいうべき方々がフィルム・コミッションの取り組みに何らかの形で関わっているということになります。また、北九州市が定期的に実施している市民アンケート調査では、北九州市民のフィルム・コミッション事業に対する認知度は86.8%、作品を通じて「自分の街が出てうれしく思った」に対する回答率は69.5%と、その関係の強さが数字でも表れています。

 

出典:北九州市「行政評価に係る市民アンケート調査 結果報告書」 (北九州市内に居住する20 歳以上の男女1,261 人郵送調査法 令和3年2月)
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000943456.pdf

 

出典:北九州市広報室「令和2年度 広報活動に関する調査 報告書」 (北九州市内に居住する15~79歳の男女1,469人 郵送調査法 令和2年11~12月)
https://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000693334.pdf

 

30年以上の歳月をかけ、街ぐるみで「映画の街づくり」を推進し、そのことが制作関係者の評判となり数多くの作品誘致や大規模撮影の実現につながってきたわけですが、単に街のイメージアップや地域の活性化のみに留まらず、ロケ撮影という「非日常」が「日常」の生活のなかにあることを通じて「お祭り」のようなにぎわいとなり、そのにぎわいに参加することを通じて街に対する愛着や街づくり意識の醸成にも繋がっている、ということにもただただ驚かされます。

一方、近年のコロナ禍の影響で映画やドラマの制作が多大な制約を余儀なくされるなか、フィルム・コミッションの誘致活動や支援活動においても多大な影響が出た事は想像に難くありません。北九州フィルム・コミッションの事務局次長を務める上田秀栄さんに、コロナ禍の当初を振り返っていただくと「これまで順調だった国内だけでなく、海外からの撮影もコロナ禍でストップ。今でこそ撮影支援の取り組みは復調にあるものの、どこよりも早く安心・安全に撮影を受け入れるため、できることは何かと思案に暮れた」とおっしゃいます。

「映画の街」という文化や資産を、一人ひとりが自分のものとして活用し始めた

国内外から受け入れる予定だった撮影がストップしている間、上田さんをはじめフィルム・コミッション事務局の方々はこれまでロケ撮影に協力されてきた施設や関係者の方々を訪ねてお話をうかがったそうですが、そこで改めて感じたことはこれまでの 30年強の間に培われてきた生活者の方々とフィルム・コミッションの関係値。なかでも、これまで数多くの撮影で協力されてきた学校関係者の方からいただいた「『映画の街の学校』として、撮影に協力しないわけにはいかないでしょう」という言葉には「コロナ禍でも、こういった言葉や思いをいただける土壌が、フィルム・コミッションをやり続けてきたこの街にある、ということを改めて知ることができ、とてもありがたかった。」といいます。
一方で、これまで国内や海外作品のロケ撮影を数多く受け入れてきたなか、近年増えてきたご相談が「地元発」の企画。たとえば、門司港でゲストハウスを営む方が「映画の街で育った人間として、大好きなこの街を映画でPRしたい」という思いから映画制作未経験ながら自らプロデューサーとなり、門司港に縁のある方々と共に門司港を舞台とした短編映画の制作にチャレンジされた事例や、地元企業を中心に製作委員会が立ち上がり、クラウドファンディングの活用や地域内の連携を通じて、物語の舞台、撮影地、スタッフまで「オール北九州」で映画を制作された事例など、「メイドイン北九州」の作品が次々と生まれました。

「いろいろとお話をうかがうと、今の若い世代の方々って、アプリなどの普及で動画を撮ることに対するハードルが低いじゃないですか。それと常に撮影が街の身近なところで行われていることで、自分たちの表現方法の一つとして『映画』を思い浮かべやすいんだと思います。これまで国内や海外の作品の支援を数多く受け入れてきましたが、そういった経緯も相まって、自分たちにとって身近な存在としてフィルム・コミッションと一緒にチャレンジしてみたい、という関係値ができていたことは我々としても冥利に尽きます。」と上田さんはおっしゃいます。

猪突猛進!映画制作を通じて「みらいの社会」を考える高校生たち

「今、高校生が自分たちで一から映画制作にチャレンジしていますよ。」という上田さんからのご紹介で、3月下旬に北九州市内で行われていたロケ撮影の現場にうかがいました。

【写真】Over the Rainbow🌈の古道真麻さん(写真左)・古川瑶子さん(写真中央)・安武優希さん(写真右)

福岡県内の高校生による学生団体、Over the Rainbow🌈の発起人であり監督・カメラマンを務める古川さん、キャスティングチームの古道さん、広報チームの安武さんに映画制作の経緯を尋ねてみると「LGBTQ+(性的少数者)などのジェンダー問題や人権意識に興味・関心を持っている生徒達で、当事者の方々にお話をうかがう機会があったんですが、授業で習ったこと以上に知らないことだらけでした。その経験を通じて感じた『誰もがありのままの自分でいられる世界を作りたい』という思いを同じ世代に広く知ってほしい、伝えたいと思い、映画制作を始めました。」というキッカケから映画制作がはじまったそうです。

現在では総勢約50人規模のメンバーが運営・美術・広報・キャストなど全て自分たちの手で分担して取り組んでいるそうですが、活動を開始した当時は「本当に知らないことばかりで、放たれたヒヨコみたいな状態でした」と笑います。偶然にも同じ県内で高校生が映画を自主制作していたことを知り、その日のうちにアドバイスを求めて SNSでアプローチ。そのことが契機となり、クラウドファンディングを活用した制作資金の調達、企画書作成、キャストやスタッフ募集、情報発信など、やりたいことをするためにやるべきこととの試行錯誤の日々がはじまりました。

「たとえばクラウドファンディングは頻繁に活動報告を更新し、高校生のお小遣いでも出資してもらえるような金額コースも設定しました。同じ世代だけでなく、幅広い方に興味を持ってもらいたかったので、学校帰りに新聞社さんに企画書を持ちこんで取材のお願いをし、記事にしていただいたことへの反響も大きかったです。また、チラシも効果的な配布先を考えて図書館や書店のジェンダー関係のコーナーに置いていただくお願いをするなど、より関心のある方に手に取っていただけるような工夫をしました。」
高校生である自分たちの「できる範囲で、できる時間で」という制約のなかでの映画制作。お話を聞けば聞くほど、猪突猛進ながら随所に工夫満載のエピソードが次から次に飛び出してくるインタビューとなったのですが、これらの取り組みの縁もあって、なんと日本を代表する映画監督へのインタビューも実現したそうです。その際に頂いたアドバイスから生まれた映画タイトルが「明日、晴れますか」。

「監督からは、映画を観る前と観た後で題名の捉え方が変わるよう『意味が二重になる方がいい』というアドバイスを頂きました。一番伝えたいことは何なのか、そのことを観た方に感じ取ってほしい、ということを考えてこのタイトルに辿り着きました。」

【写真】映画「明日、晴れますか」の撮影風景(雨のシーン)

彼女たちへのインタビューのなかで、とても印象に残った言葉は「作りたい作品を作るだけでなくて、作品を観たいと思ってもらうことや、観てもらう相手を意識しながら作ることの大切さを学びました。そのことを考えて試行錯誤している時間が楽しかったですし、そのことをいろんな人に経験してもらいたいと思います。」でした。これから撮影後の編集、試写会の準備と制作スケジュールも大詰めを迎えるのでしょうが、映画制作で得た学びや出会いを通じて、お互いの多様性を認め合うことだったり、やりたいことをカタチにすることの楽しさや厳しさも含め、この取り組みが一人ひとりの成長に繋がるとてもいい経験になっているんだろうな、ということを強く感じた取材となりました。

No guts, No glory, Go for it !

これまで、北九州フィルム・コミッションの担当者の方々が大事にされてきたモットーは「No guts, No glory, Go for it !(ガッツのない奴に栄光はない、やってみろ!)」。設立以来、国内のフィルム・コミッションの先駆者として、前例のない大規模かつ難易度の高いロケ撮影を安心・安全に実現し、全国有数ともいえる映画・ドラマ作品の誘致・支援の実績を一つひとつ積み上げてこられました。道なき道を開拓するチャレンジ精神、そのことを市民が「自慢できる街の取り組み」として思い浮かべてくださる関係性、そして今ではそのことを一人ひとりが表現の手段として活用し始めている、という文脈には映画誘致・支援という点が線となり、街のアイデンティティとして面的に広がっていることにも表れているのではないかと考えます。

上田さん「これからも映画やドラマというエンターテインメントの最先端がこの街で作られている、という事実を絶え間なく積み重ねていきながら、そのことに触発されてクリエイティブな活動、新しい学び、キャリアや産業の創出、あるいはそれを起点に国内外とつながる機会や価値とをより多く結び付けていきたい。若い方たちのチャレンジやクリエイティビティにも寄り添っていきながら、フィルム・コミッションができる可能性をこれからも広げていきたいと思っています。」

 

プロフィール

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上田 秀栄(うえだ しゅうえい)
北九州フィルム・コミッション 事務局次長

1997 年北九州市入職。広報室広報課・港湾空港局立地促進課などを経て 2014 年より現職。
また、全国の撮影支援ネットワークを強化し、国内外の映画・映像作品の製作支援等を行い、日本の撮影環境の発展に寄与することを目的とする団体である特定非営利活動法人 ジャパン・フィルムコミッションの理事も務める。

北九州フィルム・コミッション 公式ホームページ
https://www.kitakyu-fc.com

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Over the Rainbow

LGBTQ+に興味を持った福岡県の高校生7人による学生団体。福岡県未来創造キャンプ「On Your Mark!」や「日本の次世代リーダー養成塾」などに参加した現役高校生が身近なところからLGBTQ+を考える。
学校生活での体験や交流事業での学びをキッカケに、LGBTQ+をテーマとした映画「明日、晴れますか」を制作中。クラウドファンディングを活用した制作資金の調達をはじめ、脚本から撮影まで全て高校生のメンバーが主体となって取り組んでいる。

映画「明日、晴れますか」公式インスタグラム
https://www.instagram.com/over_the_rainbow_jp/

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