第44回
工芸伝承のみらい
from 北海道
最近、私がにわかに注目しているもの、そのひとつにアイヌ工芸品があります。近年、アイヌの伝統文化の魅力や価値が再評価されているなか、何かしらご覧になったことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。
きっかけは、数年前に実家が故郷である北海道から沖縄県宮古島に移住し、私が初めて宮古島へ帰省?したときのこと。南国ライフを楽しむ母が「苧麻糸手績み(ちょまいとてうみ)」を趣味にしていたことからでした。苧麻(ちょま)と呼ばれる多年草の茎から繊維を採取し、繊維を細く裂いて手で積み、長い糸をつくる、文化庁が指定する選定保存技術*のひとつです。苧麻糸は重要無形文化財である「宮古上布」などの主要な原材料となり、着物一反分を作るまでに1年の歳月を要する希少な糸で、人件費を乗せた宮古上布の取引価格は自動車が買えてしまうほどにもなるそうです。(ちなみにド素人である母が1年かけて初めて作った苧麻糸は3万5千円で売れたそうです。)
そんな話を聞いているうちに、地域に根づく工芸品にすっかり魅了されてしまったのです。
そして、工芸品への興味を抱きはじめた私が、北海道に帰還し出会ったもの、それがアイヌ工芸品でした。ちょうど札幌でアイヌ工芸品を展示しているイベントが賑わっており、よく見てみると、アイヌ工芸品が直面している課題や工芸品を後世に残していくための新たな試みを知ることが出来ました。今回は、そんな工芸伝承のみらいについて考えたいと思います。
コロナ禍が引き金となった“民藝”への再評価
そもそも、なぜ今になってアイヌ工芸品が注目されはじめたのか。
それはアイヌの大型施設の誕生やテレビアニメなどの影響によってアイヌ文化自体への注目度が高まったこともありますが、もう少し広く社会潮流の視点でみると、「民藝(民衆的工芸)」の文脈でも注目されているからだと思います。コロナ禍であらゆる分野で不要不急を問われ、自身の暮らしを見直す機会が増えた結果、暮らしを豊かにデザインすることに生活者の関心が向かっている気がします。数年前からSNSでトレンドになっている「丁寧な暮らし」がコロナ禍でさらに熱が高まっていたり、消費が“本当に自分に必要なものだけを買う”ミニマルでエッセンシャルな方向に変わったりしている今、地域の生活様式の要請によって民衆の手仕事から生まれた「民芸品」は、素朴で豊かな「用の美」を持ち、それに魅了されている人が増えているからでしょう。(厳密には、民芸品は、名もなき職人が日常で使う物として作るのに対し、工芸品は名のある職人が実用性を備えつつも、美術的な美しさを持つものをいいます)
アイヌ工芸品について言えば、アイヌ民族が動植物や大自然、自然現象にとどまらず、生活の道具や家まで、すべてに「神(カムイ)」が宿るとして、万物との共存やモノを大事にする地域の文化に根ざし、その精神性から精巧なデザインが生まれているのが特徴で、民藝好きのなかでは非常に人気があるらしいです。
しかしながら一方で、工芸品・民芸品を生み出す技術者が高齢化し、後継者不足に陥っているのが最大の課題となっています。もともと名もなき職人によって作られた民芸品においては、作り手の価値を高めすぎると、モノの希少性が増して、価格が上昇し、一般の生活者がなかなか手を出せない存在になってしまいます。それによって、市場での存在感が薄まると、販売拠点の減少にも繋がりかねません。反面、量産型商品へシフトすると安易な模倣品が増加して、本来の価値を喪失する恐れもあり、このジレンマに陥っている状況にあるようです。聞くところによると、宮古島の苧麻手績みも例外ではないらしく、地域に根ざす工芸品・民芸品をどうやって後世に伝えていくかは、想像以上に難しい課題であるのです。
伝承のあり方を変える新たな試み
そんななか、新たな工芸伝承のあり方を提唱する実験的な取り組みがありました。それが、今回私が出会った「アイヌ・プロダクツ・プロジェクト」です。アイヌが代々受け継いできた精神文化をより身近に感じてもらうために、伝統的な技法や素材、アイヌ文様を用いながら、現代的なデザインやコンセプトを取り入れた新たな工芸品を創造する北海道庁が主導するプロジェクトです。
今回、展示ブースで並んでいた「カッティングボード」は、アイヌの自然観にも共鳴しうる自然愛好家をターゲットに「アウトドア」をテーマとして、アイヌの伝統工芸品「メノコイタ」をベースにデザインされたアウトドアツールのモデルをプレゼンテーションしていました。開発のポイントをみると、①原型を生かしながら機械加工可能な形状へデザイン、②アイヌ文化へのリスペクトを込めた道産材や樹皮の使用、③アイヌ工芸品の正統な伝統継承の印となる手彫りの彫刻、④機能美ある専用収納ツールの製作が挙げられていました。
完全に機械生産化するのではなく、最後にアイヌの手を入れることで、その正統性を担保しながらも、これまで個に集約されていたものを可能な限りパブリックなものへと転換する、民藝的であり、新しい工芸伝承のカタチではないでしょうか。もちろんこれによって、アイヌ工芸品の抱える課題がすべてクリアになるとは断言できませんが、現代人の生活シーンと調和し、実際に同様の商品をつくる事業者やそれを使用する生活者が増えて、アイヌ工芸品のエコノミーが拡がることで、正統な伝統技術を継承したいと志す若者の目に留まる可能性は高まるでしょう。私自身もその細やかなブランドづくりの姿勢に感銘を受けざるを得ず、自己の暮らしのなかで“共存”できるものはないかと考えるきっかけにもなりました。
アイヌ工芸品のみらい
「民藝」の提唱者である柳宗悦は、民芸品の特性を下記の9つの基準で説明しています。
1.実用性。鑑賞するためにつくられたものではなく、なんらかの実用性を供えたものである。
2.無銘性。特別な作家ではなく、無名の職人によってつくられたものである。
3.複数性。民衆の要求に応えるために、数多くつくられたものである。
4.廉価性。誰もが買い求められる程に値段が安いものである。
5.労働性。くり返しの激しい労働によって得られる熟練した技術をともなうものである。
6.地方性。それぞれの地域の暮らしに根ざした独自の色や形など、地方色が豊かである。
7.分業性。数を多くつくるため、複数の人間による共同作業が必要である。
8.伝統性。伝統という先人たちの技や知識の積み重ねによって守られている。
9.他力性。個人の力というより、風土や自然の恵み、そして伝統の力など、目に見えない大きな力によって支えられているものである。
引用元:日本民藝協会│「民藝」の趣旨―手仕事への愛情
https://www.nihon-mingeikyoukai.jp/about/purpose/(参照 2022年3月30日)
今回紹介した商品を上記の特性と照らし合わせながら見ていくと、今後のあり方が見えてきそうです。安直に商品価値を高めるだけでは、これまでの伝統工芸品と同じ轍を踏んでしまうことでしょう。アイヌ工芸品の持つ特性を丁寧に捉えながら機能的にブランディングしていくことが非常に重要になってくるのかと思います。一筋縄ではいかない難しいミッションに挑んでいる心意気のあるこのプロジェクトの行く末を、いちファン(にわか)として今後も見守っていきたいと思います。