みらいのめ

さまざまな視点で研究員が「みらい」について発信します

2024.02.29

第52回

地域の学びのみらい「奈良フォルケ」

from 奈良県

生活総研 客員研究員
博報堂 関西支社

松下 裕美子

歴史、科学、政治、文学に語学―「大人の学び直し」がブームになって久しい。数年前から政府がリカレント教育やリスキリングの政策を展開し、またコロナ禍でオンライン学習が一気に普及したこともあり、個人が自発的に学べる選択肢が格段に増えています。

そんななか、地域に根差した学びにも注目が集まり始めています。今回は、幸福大国として知られるようになった北欧デンマークから始まった「フォルケホイスコーレ」をモデルにした学校を、奈良にて立ち上げる活動をしている奥田陽子さんにお話をうかがってきました。

 

【フォルケホイスコーレとは?】

そもそも、日本ではあまり馴染みのない“フォルケホイスコーレ”は、デンマーク発祥の少し変わった学校です。
デンマークでは約70校存在し、17.5歳以上であれば誰でも学ぶことができる教育機関。特に決まった指導要領やルールなどはないのですが、自由であること、全寮制であること、民主的な学びをすることの三つが大切にされており、成績や試験が一切なく、性別年齢といった属性にかかわらず生活をともにしながら学ぶのが特徴。教養、アート、哲学、歴史、自然、スポーツなど、特徴的なコース・科目があり、人生のどんな場面でも自分を見つめ直すための時間をすごせる、『人生の学校』といわれています。

―奈良フォルケではどういう活動をされていますか?

奥田さん:
奈良で複数のプログラムを作っています。今は、決まった校舎があるわけではないので、各地域と連携して廃校などを活かしながら村にちなんだプログラムを作っています。
例えば、2022年の夏には、奈良県天川村でフォルケホイスコーレのプログラムを参考にした合宿「天川村ホイスコーレ」を運営しました。デンマークから講師を招いて、デンマークの文化や教育を参考にして、暮らしのなかに取り入れていきたいアイデアをみんなで考えました。「天川村の歴史と林業」「元の森に戻す取り組み」など地域にまつわる授業も取り入れました。そして、地域の課題を学びながら、全国の様々な年齢の参加者がこれからの生き方を考えました。天川村の慣習や歴史を学び地元の人と交流することで、この地域ならではの特長を知って愛着を深める時間にもなりました。

―なぜ奈良フォルケを企画したのでしょうか?

奥田さん:
私自身のデンマーク Kaløホイスコーレ留学の経験を通じて、自分の出身地である日本・奈良を良くしたい、という想いが一番にあります。

奈良は古から歴史が続く土地。そんな由緒ある地域で、日本の成り立ちや文化を改めて学び、これからの社会を考えていく場をつくっていきたいと思っています。日本の経済力が低下し、どこか暗い雰囲気が社会に漂ってしまっている今、日本が変わらないといけない時期がきていると思っています。
経済力だけではなく、「本当の豊かさ」を取り戻さないといけない。フォルケホイスコーレでの学びを通して、「自分たちの幸せは自分たちの手で作る」という考えを持つ人を増やしてよりよい社会にしていきたいです。

そもそも、フォルケホイスコーレは、約180年前のデンマークで戦争の敗北と領土の縮小で国中が絶望に覆われているなか、国が豊かになることを信じて作られた教育システムのひとつともいわれています。人をかけがえのない大切な資源として、「教育の可能性」に賭けたことが、現在のデンマークの出発点ともいわれています。

デンマークが当時フォルケホイスコーレをつくったときのように、国としての始まりであり地域に根付く文化がたくさんある奈良で新しい活動(フォルケ)を起こし、シフトチェンジを仕掛け、日本の教育が変わるきっかけをつくっていきたいですね。
加えて、奈良は約7割が森林で、自然が多い点がデンマークのフォルケホイスコーレがある場所と共通している環境があるため、フォルケを運営するのにも適している場所だと思っています。

―プログラムを設計するときに意識されていることは?

奥田さん:
地域から学ぶこと、デンマークから学ぶこと、そして日本(歴史)から学ぶことの3つがあります。

まずひとつ目に、モデルにしているフォルケホイスコーレは「地域に根差した学校」ともいわれています。だからこそ、村の個性に適したフォルケを作って、地域から学ぶ視点を大切にしたいと思っています。例えば、22年に運営した天川村のフォルケでは「生と死」をテーマに運営しました。天川には天河弁財天や修験道で有名な大峰山があるので、ここは「生きることと死ぬこと」を考えるのに適していると考えていました。だからこそ、テーマを生と死に設定し、授業の設計を行いました。そして、地域の方々との交流ができる授業も用意しました。
その他にも、曽爾村では子どもと大人が学びあうような幼児教育にまつわるプログラムを、生駒では国際的なイメージがある場所なので「お茶」「茶道」「着物」のような日本の文化を勉強できるようなインターナショナルなプログラムを作っていきたいと構想しています。
このように、奈良にある様々な村や町の個性にあわせて、複数フォルケを展開していきたいですね。
2つ目はデンマークから学ぶことです。デンマークから講師を招きデンマークの民主主義やフォルケの背景を学ぶだけでなく、フォルケホイスコーレで大切にされている共同生活の実施や余白を感じる時間の確保などを意識してつくっています。
最後に、日本(歴史)から学ぶことについて。参加者は日本人なので、自分たちの歴史や文化を知ることも大切だと思っています。具体的には、古事記から、日本人はどう生きてきたかをひもとき、自然と共に暮らす日本古来の生き方を学ぶ授業を用意したりしました。

自然と共に暮らす日本古来の生き方を学ぶ

夜は焚火が必須

―今後の目標や活動方針はありますか?

奥田さん:
奈良県の天川村、生駒、曽爾、宇陀にそれぞれフォルケホイスコーレを立ち上げようと計画しています。
将来的には、活動を通して、日本の学びを奈良から変えていきたいです。従来の学校のなかで記憶力を試されるような学びではなく、「大人も学び続ける」「子供からも学ぶ」「生活のなかで学ぶ」など、教育の仕組みが変わっていけばいいなと思います。そして奈良が教育のメッカとなり、奈良から一生学び続けられる社会システムを作っていく。自分のやりたいことをフォーカスして、自分を大切にできて、ひとりずつが平等。みんながフラットでジャッジされない。将来のために我慢して受験勉強をするのではなく、今を楽しみ、自分らしく生きられる場所として、奈良がリラックスできる土地として進化したらいいなと願っています。

実は、このようなフォルケホイスコーレをモデルにした生涯学習の仕組みを作る取り組みは奈良だけでなく、日本各地で広がってきています。地域から学びの在り方が変わるみらいが、近づいているのかもしれません。

プロフィール

写真
奥田 陽子(おくだ ようこ)さん

生駒市出身。関西学院大学経営戦略研究科修了(MBA)。
2020年8月から4ヶ月間デンマークの成人教育機関「フォルケホイスコーレ」に留学。
2022年には、フォルケホイスコーレと、デンマーク発祥の森のようちえん、自由教育大学などを視察。対話と社会課題解決への関心を持ち、日本版フォルケホイスコーレの「生駒ホイスコーレ」の設立を目指す。

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