みらいのめ

さまざまな視点で研究員が「みらい」について発信します

2024.11.06

第56回

“人口5000人の町”に学ぶ
愛されるDX

from 北海道

生活総研 客員研究員
北海道博報堂

永井 大地

田舎暮らしと言えば、どんなイメージを思い浮かべますか?
自然豊かで静かな環境に囲まれて、ゆったりしたスローライフが送れる。その一方で、都市生活に比べると、交通や生活インフラが整ってなく不便で、住んでいる人の考え方や慣習がどこか古臭さそう…。そんなイメージをお持ちの方も少なくないのではないしょうか。かくいう私も、限界集落出身者として、そう思い込んでいた人間のひとりでした。しかし、北海道には、そんな固定観念を打ち破るイノベーティブな町が存在します。それが、上士幌町です。

今、注目を集めている未来を先取る人口5000人の町

酪農大国・北海道十勝地方に位置する上士幌(かみしほろ)町は、人口約5000人の小さな町。豊かな森林に囲まれ、熱気球や温泉郷、広大な牧場などの観光資源を有し、高台から眺める町の景色は北海道の原風景そのものです。

東京ドーム358個分の日本一広い公共牧場「ナイタイ高原牧場」と全国から数十機の熱気球が集まる「北海道バルーンフェスティバル」

 

しかし、この町が注目される理由は、これにとどまりません。全国の過疎地域と同じく、急激な人口減少の一途をたどっていた上士幌町の人口は、2016年以降、減少から増加に転じ、各種メディアで大きな話題になりました。上士幌町の竹中町長は、その成功の理由を「持続可能性」だと語っています。ふるさと納税の寄付金額は北海道で常に上位ランク。その財源を手厚い子育て支援に当て、子どもの教育・医療に関する費用の基本無料をいち早く導入。居住人口の8倍近く飼育される牛たちの糞尿はバイオガス発電でエネルギーに変えられ、その自給率は100%超えを達成しています。SDGsが世に広まるはるか前から、サステナビリティを実践している先進的な田舎町、言うなれば「スマートルーラル」なのです。

なかもここ最近注目されているのが、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の取り組みです。町政として20年以上前からICT(インフォメーション・アンド・コミュニケーション・テクノロジー、情報通信技術)の積極活用を掲げており、街中にはAIが「車掌」を務める自動運転バスが循環し、日本初となるドローン配送事業も展開されています。公共のライドシェアサービスをいち早く取り組み始めたのも上士幌町で、農村エリアに住む高齢者が市街地に出向くサポートとしてタブレットひとつで予約できる福祉バスの運行や、郵便車両の空きスペースを活用しそこに高齢者を同乗させる「客貨混載」の取り組みも試験的に始まっており、物と人の移動の一体化による移動・物流問題解決への糸口を見出しています。

自動運転レベル4として認可された街中を循環する「自動運転バス」とGPSと連携し周辺情報の案内や音声対話ができる「AI車掌」

 

そんなスマートルーラルの極めつきが「かみしほろスマートPASS」というデジタルサービス。これまで紹介した交通機関の利用予約から町内の施設・お店の営業状況の確認まで一括で出来てしまう町のポータルサイトです。「ルーラルOS」と呼ばれるプラットフォームを基盤に、交通や物流、行政、福祉、商工業など自治体や企業のあらゆるデータを収集・連携することで、公共サービスの利便性だけではなく、町での暮らしの質そのものを向上させています。人口減少時代を生き残るための地方自治体のモデルが、まさにここにあるのです。

かみしほろスマートPASS と かみしほろルーラルOSの体系図

変えるのではなく、歩み寄る。

とはいえ、デジタル化やDXは“言うは易く行うは難し”で、手をつけてみたはいいものの、実際はうまく浸透しなかった、という話もよく聞きます。特に地方でいえば、DX推進の最も困難な課題のひとつが「高齢者への浸透」です。デジタル技術に不慣れな高齢者や上の世代に、どのようにして受け入れてもらうか。多くの地域がこの課題に直面していますが、上士幌町では、例えば高齢者向けデマンド福祉バスのタブレットからの予約率が100%と、そのハードルを驚くほどスムーズに超えています。その理由は何なのでしょうか?上士幌町役場の梶 達(かじ とおる)さん・山﨑 大地(やまざき だいち)さんにうかがいました。

上士幌町役場の梶さん(写真左)と山﨑さん(写真右)

 

梶さん:
デジタル技術は生活を便利にしますが、「便利だから使う」というだけでは、長続きしません。町民や地元の事業者にとって、テクノロジーは日常とかけ離れたものでしかないため、いかに生活の一部として自然に受け入れられるか、ルーティンに入っていくことが大切です。

その象徴的なエピソードに「デジタルのれん」があります。
営業日を調べて行ってみたのに、いざお店に着いてみると休業していた、なんてガッカリする経験が地方だとよくあるかと思いますが、その機会損失をなくすためにスマートPASSでは、町内の施設や商店の営業情報を常時確認できるようにしています。

この取り組みを始めた頃、とある飲食店に、リアルタイムでの営業情報を反映してもらうべく、デバイスを渡そうとしたが、顔をしかめられました。普段から料理の下ごしらえや調理で忙しいので、新しいルーティンを増やしたくないのは当然ですよね。そこで、私たちはお店ののれんにセンサーをつけることを提案し、のれんをかけるとオープンしていることが通達される仕様を提案しました。すると、すんなりうまくいったんですね。

「デジタルのれん」と営業中を通達するためのセンサー

 

山﨑さん:
また、役場の目の前にある床屋さんには、お店のブラインドにセンサーを取り付けました。デジタルブラインドですね(笑)すると、スマートPASS上の「営業中」の表示を見て、隣町の帯広や音更からもお客さんが来るようになったそうです。若い人は美容室を当たり前に予約しますが、おじさんたちは「今日散髪行くか」で床屋に行きますからね。スマートPASSを見て、パンチパーマをあてに来ていると考えたら、面白いですよね。

その他にも、公衆浴場施設では来館者の通過センサーを設置することで混雑状況を反映し、観光の目玉スポットであるナイタイ高原牧場では、天候に左右されやすい景観をオンタイムで確認できるライブカメラが導入されているそうです。地元に根付く昔ながらの事業者をうまく巻き込みながら、利用者側である町民にどのようにして浸透させていったのか。その秘訣を山﨑さんはこう語ります。

山﨑さん:
無理に新しいサービスを押し付けるのではなく、住民が自発的に興味を持ち、楽しみながらサービスを受け入れる環境を作ることが大事です。高齢者は「やってみませんか?」と提案されても、カタカナがつくだけで毛嫌いすることも少なくありません。その上で、コミュニティベースのアプローチが重要です。上士幌町では、押し付けるのではなく、自然発生的に広まることを大切にしています。大所帯の住民説明会ではなく、10人規模の小さなコミュニティに自ら入っていく。例えば町内にある無人コンビニでは、一緒に町民たちとスマート決済での買い物体験を楽しんでみる。そうすると、その楽しさが原動力になって、高齢者のなかから「インフルエンサー」が生まれてくるんです。彼ら彼女らが自らの体験を共有することで、周囲に自然と広がっていく。これが、地域全体に浸透させる大きな力となっています。

町民を変えようとするのではなく、日々の業務や買い物などルーティンワークにそっと歩み寄る。地域にあるコミュニティと向きあいながら、まずは楽しい体験を入り口に合意形成していく。革新的なサービスの浸透には、そんなアナログチックなコミュニケーションが欠かせないようです。

暮らしの先にある「生活者体験」を想像する

「町は生きている。手を加えれば加えた分だけ、答えが出てくる」とおっしゃる上士幌町の竹中町長の言葉の通り、常に進化し続けていく「かみしほろスマートPASS」。今後の展望についてもお聞きしました。

梶さん:
スマートPASS上での住民票発行も検討しています。東京や札幌では夜中でもコンビニでできますが、上士幌町はコンビニも少なく、デジタルサービスの実装にも意外とお金がかかるんです。なぜスマートPASSでやるのかと言うと、このサービスの弱者は誰なんだろうって考えたとき、わざわざ役場に行くために平日休みが取りにくい、日中働く人びとではないかと考えました。子どもが風邪ひいたときのために、有給は取っておきたいなんて人も多いと思います。そんな方々のために、必要に応じて速達で、緊急性がなければ普通郵便で2・3日後に、ご自宅で受け取れるようにしたいと思っています。

そして、この取り組みのもうひとつのポイントは、行政側の働き方も改善できること。繁忙期になる3・4月は窓口対応に追われることが多いですが、このなかに「自分は3日後くらいでいいや」という人がいれば、作業を調整できる。大きな自治体に比べマンパワーが足りない役場では、自分たちの仕事の予定が立てられることはありがたいことで、職員のモチベーション向上にも繋がってくると思っています。

サービス利用者である町民側だけではなく、バックヤードである職員の働きやすさまで向上させる、いわゆるEX(エンプロイー・エクスペリエンス=従業員体験)まで考えているのは驚きです。DXとEXが表裏一体となって推進されているからこそ、ここまで求心力のあるまちづくりを実現できているのではないでしょうか。

そして、単に情報を集めるプラットフォームをつくるのではなく、暮らしの先にある町民の日常をリアリティをもって想像し、そこからどんな「体験」なら心が動かされるかを考える、まさに生活者発想のDXがありました。地方だからこそ心がけるべきことを問うと、「闇雲に先端テクノロジーを実装していくのではなく、まずは今あるリソースを最大限有効活用して、それらを繋いでいくこと」と梶さんは語ります。この町にあふれるデジタルは、今あるアセットを繋ぎ合わすための一つの技術要素に過ぎないのです。

発想力で「ない」を資源に変える

上士幌町の最大の資産。それは「ない」を資源に変える発想力ではないかと、今回の取材を通して感じました。あらゆるリソースとデータを繋いでく「ルーラルOS」はもちろんのこと、町のこれまで取り組みを聞くと、本州で猛威を奮っているスギが“ない”ことに目をつけ企画された「スギ花粉リトリートツアー」や、荒廃し不要とされたコンクリートアーチ橋を観光資源にしたタウシュベツ川橋梁、家畜排泄物からエネルギーを生み出すバイオガス発電などがあり、まさにその好例です。

「タウシュベツ川橋梁」と「スギ花粉なくリトリートしたくなる雄大な自然」

 

自分たちにあるものを最大限に活用し、ないものを補うための新たな方法を見つけ出す、この町にはそんな「DNA」があるようです。このような取り組みは、単にDXの成功にとどまらず、日本全体の未来を変える力を秘めていると思います。上士幌町が解決しようとしている地域の移動・物流問題も、その一環と言えるでしょう。

何よりも、この町の人々は「他者を思いやる心」で溢れていました。DXの成功には、技術だけでなく、作り手の温度感や共感が欠かせません。行政がフェイストゥフェイスで町民と向かいあい、日々の暮らしを心動かす体験に塗り替えていくことで、本当に愛されるサービスが生まれるのです。

上士幌町でのリトリート旅行はもちろんのこと、なにかアイデア出しに行き詰まった時、この発想の資源に溢れる町を訪れてはいかがでしょうか?

プロフィール

写真
梶 達(かじ とおる)さん

1977年生まれ。大学卒業後、2001年より上士幌町役場に勤務。2013年に北海道への移住を推進する「NPO法人住んでみたい北海道推進会議」へ出向、その後、企画財政課でふるさと納税担当主査、企業誘致担当主幹、ICT推進室長を経て、2022年4月より町全体のDX化や新たなビジネス創出に取り組むデジタル推進課の課長。

写真
山﨑 大地(やまざき だいち)さん

2016年に上士幌町役場に入職。農業関連部局に配属され、町の基幹産業の振興に携わったのち、2022年からデジタル推進課に所属。職員の働き方や行政サービスのリデザインを進めるとともに、日々の暮らしをもっと便利で楽しくするための域内データ連携基盤「かみしほろルーラルOS」プロジェクトを推進する。熱気球のパイロットでもある。

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