第57回
ゼロイチ(0→1)は、佐賀の得意技
from 九州
ここ最近、「地域創生」に改めてスポットライトが当たっていることを、現業を通じて日々実感しています。様々な文脈で語られる地方創生ですが、とりわけ知の拠点である各地の大学においては「地域ならではの人材を育成・定着させ、地域経済・社会を支える基盤」を担う重要な拠点として機能していることは言うまでもありません。若者が学び、未来を考える場として地域の大学がハブとなり、地域間での連携を通じて社会実装教育を担っていくことは今後より重要になってゆくと考えます。
そのようななかで今回ご紹介する佐賀大学は、教育、芸術地域デザイン、経済、医、理工、農の6学部を有する国立総合大学。日本経済新聞社が隔年で実施している「大学の地域貢献度ランキング(2023年版)」では、全国765校の中から総合ランキングで8位にも選出されており、地域に根差した農業や漁業、陶磁器分野などに代表される佐賀ならではの伝統的な地域資源や産業をはじめ、域内外との社会連携に日々取り組んでいます。
また、地域としての佐賀の歴史に目を向けてみると、古くは佐賀藩が幕末期の中国・オランダとの通商の窓口であった長崎の警備(長崎警固役)を福岡藩とともに担ったことが、「日本初」ともいわれる反射炉(いわゆる製鉄所)の建設や実用蒸気船の開発、鉄製大砲の鋳造などに代表されるその後の藩の近代化政策につながり、結果として日本の近代史における産業革命に大きな影響を与えたともいわれています。
現在の佐賀における「知の拠点」から、これらの文脈も含めどのようなイノベーションが生まれているのか。私なりの目線からその一部をご紹介できればと思います。
「起業へのエコシステム」で共に学び、共に育つ研究室
日本経済新聞の記事(2024.6.22朝刊 地方経済面 九州「データで読む地域再生」)によると、大学・短大・高専発スタートアップの1校当たり企業数を2018年と2023年で比較すると、佐賀県と長崎県の増加率が2.2倍(全国7位)となっており、全国的にみても高い伸び率がみられます。
そんななか、佐賀大学においてスタートアップを牽引しているのが、理工学部の数理・情報部門で知的情報システム、特にディープラーニング、ブロックチェーンなどを中心とした分野を研究・指導しておられる中山功一准教授の研究室です。
(写真左)佐賀大学 理工学部 中山功一准教授
(写真右)twelS株式会社 代表取締役社長 小嶋恒さん
現在博士後期課程に在籍。修士課程時に検索技術分野で特許取得。情報工学領域の研究を続けながら2022年同社を起業。
中山准教授「佐賀大学発認定ベンチャー企業は現在7社ありますが、そのうち5社が、この研究室から誕生しています。」
研究室から初となるスタートアップが誕生したのは2017年。地元幼稚園から大学へ寄せられた相談に応える形で開発がスタートした「送迎バスの位置情報を知らせるアプリ」が保護者層に好評だったことに加え、時を同じくして吉野ケ里歴史公園の駐車場の空き情報を知らせるシステムが同園に採用。のちに管理や運用も含め、仕事として依頼されたことがきっかけとなり、位置情報システムサービスの開発・運用支援を中心に事業を展開する研究室発で初めてのスタートアップ企業「合同会社ロケモAI」が設立されました。
その後も佐賀県の新たなIT・クリエイティブ産業振興施策「やわらかBiz創出事業」を活用し、煩雑な学校の集金業務や金融機関とのやりとりを代行するサービス「学校PAY®(株式会社SA-GA)」の開発・事業化をはじめ、福祉機器コンテストでの受賞をきっかけにクラウドファンディングでの支援を得ながら商品化に至った、座った際の腰への負担を軽減する座圧軽減装具「フワット(株式会社山城機巧)」など、起業を通じて地域の課題と研究室の技術の掛け算によるチャレンジが現在進行形で続いています。
中山准教授「福岡や東京のような都市部とは異なり、佐賀大学は県内では唯一の総合大学です。だからかもしれませんが、県や地元の企業や団体からも『まずは佐賀大学に相談してみよう』とお声がけいただく機会が多く、そのことが研究室の学生にとっては身に付けた学びや技術、加えて最新の開発環境を活用することで地域課題の解決に役立てるチャンスが様々な形で生まれるのではないでしょうか。」
「起業」は目的ではなく手段であり、結果としてのソリューションのひとつだと中山准教授はおっしゃいます。同時に、研究室内では学生同士が自発的に起業の経験を通じて得た知見やノウハウをお互いに共有・継承する機会をはじめ、新しい技術を学びあい、サポートしあう環境や関係性が自然と醸成されているとのこと。学生自身もそのような環境に身を置き、自然と起業という選択肢も考えることで、結果として『起業のエコシステム』につながっているのでは、ともおっしゃいます。
(写真)取材の合間に研究室を拝見。修士・博士課程含め約40名近い学生が中山准教授の研究所に所属されている。
一方で、情報系企業の多くが都市部に拠点を構えていることもあり、起業という選択肢だけではなく、就職活動を機に地元佐賀だけでなく東京や福岡の企業で働く事に関心を向ける学生が多いことも事実。
中山准教授「学生の中には『地元に残りたい』という気持ちはありつつも、情報系企業が多い都市部への就職が選択肢として多く挙がるのは事実です。ただ、情報技術分野においては『スキルがあれば、働き方や働く場所の選択肢がより広がっている』ことを、実際に起業や就職後も自らの力で活躍している卒業生の姿を見て感じます。」
小嶋さん「在学しながら起業した理由にはいろいろありますが、自分自身の出身である佐賀の唐津が大好きなので、大好きな地元で仕事を創れて、かつ雇用を創出できたらそれが一番じゃないか。っていうのはありますね。」
起業家か、あるいは起業の経験や自身のスキルを活かして一度就職を経験してみるか。小嶋さん自身もまだまだ模索中だとおっしゃっていましたが、愛着がある地域に拠点を構えながら、自分のスキルで新しい働き方の選択肢を模索できるのでは、というお二人のお話には地方か都市か、起業か就職か、のような二択だけに縛られない働き方の選択肢の多様性と可能性への示唆をいただきました。
「ものづくり」を通じて働き、学ぶ。企業と学生の交流拠点
(写真):佐賀大deラボが入居する、芳尾記念ラボの外観
続いて、学生たちのアイデアや構想を「実装」できる場として、本庄キャンパスから徒歩10分ほどの場所に構えるキャンパス内拠点が「佐賀大deラボ」です。佐賀県に本社を構えながら、国内外に事業を展開されている破砕機メーカー、株式会社中山ホールディングス(以下中山HD)が2018年より同社の大学内拠点として運営している工房のひとつで、理工学部や芸術地域デザイン学部の学生を中心に、現在13名の学生が所属しています。
(写真①)中山HDの森本和也さん(右)と、佐賀大deラボに所属する芸術地域デザイン学部の小野真侑さん(左)
(写真②③)業務用の3Dプリンターをはじめ、レーザー加工機、CNCフライス盤など、本格的なものづくりに対応可能な機器を備えている。
同社が産官学連携の一環として運営に携わる大学内拠点は、東京の電気通信大学「電通大deラボ」、インドネシアのバンドン工科大学「ITB deラボ」に次ぐ3拠点目。ここでは、ものづくりに関心を持つ佐賀大学の学生と、ものづくりのプロである中山HDの社員、そしてそれぞれの3大学が垣根を越え、各々の得意分野を活かしながら、実務を通じて「実学」を実践する技術やアイデア交流の場としても機能しています。
このラボには大きく3つの特徴があり、
① 「佐賀大生なら誰でも無料」で使えるものづくり工房 ② 学生が中山HDからの開発依頼を受け、実務経験を積みながらアルバイトができる ③ 佐賀大生の研究活動や卒業制作などで必要な「試作」をサポート |
特に、②の「実務経験を積みながらアルバイトができる」仕組みについては、「大学に入ると何かしらアルバイトを始める学生が多いが、せっかくなら大学で学ぶ知識が活かせるアルバイトじゃないともったいない。」という大学関係者の声からヒントを得たとのこと。
(図)佐賀大deラボの運営方法(同社資料を基に筆者作成)
森本さん「直近ですと、今年3月に弊社の新しい無人ショールームを北海道にオープンしたんですが、製品PRコーナーの一角に設置したマイクロ建機の遠隔操作システムの開発、筐体の制作や紹介ムービーも含め、学生にトータルで携わってもらいました。」
このシステムは大手の建機メーカーさんも出展されるビジネス展示会にも出展。会期中には学生も「出張」として、社のスタッフの立場で展示会に参加。最新の企業展示や技術に触れるだけでなく、自分たちが手がけた建機への参加者からのフィードバックや他の出展企業担当者との交流を通じて、学生一人ひとりの経験や自信に繋がっている姿を見ることができることが嬉しい、と森本さんはおっしゃいます。
また、アルバイトでの業務に限らず、前述の学生の研究活動や卒業制作などで必要となる「試作」については、中山HDの社員による技術面のサポートだけではなく、社として学生が必要な資材や機器などあれば、予算化も含めバックアップを惜しみなく行っているとのこと。
(写真左)「SAGA2024 国スポ・全障スポ」の会場のひとつ、佐賀サンライズパークの模型(自然エネルギーを活用した空調やプールの温度維持のシステムを紹介)も中山HDの業務として、このラボで学生と共に制作。
(写真右)佐賀大学芸術地域デザイン学部の学生団体が、佐賀県鳥栖市の中心市街地の活性化のための「鳥栖未来計画」を提案。プレゼンテーションツールとしてラボの3Dプリンターを活用し、同市中心市街地の3D模型を製作。
「売り手市場」ともいわれる昨今、ラボ内でのサポートや学生との協業を通じて、社としても優秀な学生たちを採用したくなるのでは?と尋ねてみたところ、森本さんからは意外な答えが返ってきました。
森本氏「できれば来てほしいな、という思いはありますが、それ以上にこの拠点で大事にしているのは単に『企業のアルバイトとして働いてもらう』ではなくて『挑戦や失敗も含め、学生のやりたいことを、どんどん突き詰めてもらおう』ということです。未来軸の話になりますが、そのチャレンジを通じて新しいものづくりの可能性、起業やビジネスのチャンスにつなげてもらいたい。近い将来、そのことが当社のビジネスとの意外なつながりや、新しい出会いになっていくかもしれません。この場所を続ける意味はそこかなと思っていますし、結果として『学生主体の運営』というところにつながってきます。」
卒業を機にこのラボを巣立つ学生たちとはその後も密な交流が続いているそうで、社内イベントとして企画される食事会やパーティには多くの卒業生が招かれ、社長はじめ社員との交流、あるいはビジネス面での新たなつながり含め、大いに盛り上がるそうです。失敗も挑戦も受け入れ、応援する自由な環境。学生主体であり主役となれる同社の場づくりが、多くの学生たちのイノベーションマインドを惹きつけているのかもしれません。
地域との「近さ」が生むイノベーション
(写真)OPTiM SAGA(オプティム・ヘッドクォータービル)
最後にご紹介するのは、本庄キャンパス内に本店を構えるIoTやAI関連サービスを手掛ける企業である株式会社オプティム。同社の創業者で代表取締役社長の菅谷俊二氏が佐賀大学農学部のご出身であったご縁をきっかけに産官学協定に基づく共同研究が加速。先端技術と地域を融合させる産学連携の研究拠点として2017年に佐賀大学と共同でキャンパス内に拠点(佐賀本店)を開設されました。
国立大学のキャンパス内に東証一部上場企業(現・東証プライム)の本店が移転開業したことは「国内初」ともいわれ、IT農業を通じて「たのしく、かっこよく、稼げる農業」の実現に向けた農業分野の研究・実証実験をはじめ、土木建設・医療分野での研究・実証実験などの取り組み、直近では本店がある佐賀市と協働して開発・リリースした「佐賀市公式スーパーアプリ」のような、行政DXの分野にも取り組んでいます。
同社が開発した「佐賀市公式スーパーアプリ」は日本DX大賞2024「行政機関・公的機関部門」にて「優秀賞」を受賞
※スーパーアプリ:検索やチャット、インターネット通販、金融、医療など生活に身近な複数ジャンルのサービスを包括的に利用できる多機能のアプリ。(コトバンクより)。
また、キャンパス内という立地メリットを生かした人材育成分野での連携にも力を入れており、拠点内での学生向けインターンシップの実施をはじめ、プログラミングや画像解析といった同社の研究開発分野での学生アルバイトの雇用、IT領域やベンチャー企業に関心を持つ学生向けに、農学部・理工学部での同社社員による授業を履修科目として実施されています。
情報系の企業の本部機能や開発拠点の多くが都市圏にある中、地域あるいは大学内に拠点を構えるメリットについてうかがうと
「なんといっても、佐賀の魅力は『地域と人との近さ』です。」
昨年、東京本社から佐賀本店に着任されたオフィス長の村井さん自身も佐賀県のご出身。
(写真)株式会社オプティム 佐賀本店オフィス長:村井さん
村井さん「ドローンをはじめ、実証実験の場はキャンパス内にありますが、例えばスマート農業であれば農家さんの持つ圃場(※田んぼ)、あるいは近年建設土木分野で取り組んでいる『OPTiM Geo Scan』という3次元測量アプリの企画・開発には地元の建設会社さんのご協力をいただくなど、様々なプレイヤーとの距離感がとても近く、ちょっとしたコミュニケーションから新規事業のヒントや課題を見つけやすい。大都市圏とは異なる『近さ』があるからこそ、新しいことに一緒にチャレンジしやすい環境があると思います。」
村井さんが今後、この拠点を通じて取り組んでいきたい分野は、地域においても希薄になりがちな「つながり」をデジタルでより持続可能なものにしていくこと。例えば直近では同社が手がけられた自治体と地域住民をつなぐや、かつて大学で学んだ卒業生同士と大学をネットワーキングする仕組みなど、地域や社会起点の「つながり」をより豊かなものにしていくこと。同社が創業時から得意とする「○○×IT」の可能性にこれからもこの拠点を通じて取り組んでいきたい、という思いをうかがうことができました。
(写真①②)学内外問わず、誰でも利用可能な拠点内施設「オプティムカフェ」。運営するのは地元佐賀の農業生産法人株式会社イケマコ。同社が手掛ける地元佐賀の農産品を店内で販売するなど、拠点を通じて地域とのつながりを大事にされている(写真③)。
「カチガラス」から、新しい価値を
イノベーションやスタートアップなど、0を1にする新しい価値づくりへのチャレンジには何かと失敗やリスクがつきものですが、今回、それぞれお話をうかがったなかで共通項として感じたことは、そのチャレンジを「応援する」「受け入れる」「結びつける」環境や意識が佐賀大学のみならず、佐賀の生活者や企業、地域全体が一体となっていること。連携に留まらない「連帯」が自然とこの地域に醸成されている、という実感でした。
また、この記事を執筆している最中、佐賀大学は2026年度の開設を目途に、国立大学初となる県産品を原料とした化粧品の開発や、化粧品業界における研究・人材育成を包括的に担う「コスメティックサイエンス学環(仮称)」を設置することを発表されました。佐賀から新しい連携やチャレンジがこのキャンパスや地域から続々と生まれている。このことは決してこれまでのお話をうかがう限り偶然ではないとも感じています。
最後となりますが、佐賀大学のロゴタイプや学章に採用されているモチーフは、佐賀平野を中心に生息する県鳥であり、県民からは「カチガラス」と呼ばれて親しまれているカササギ。このキャンパスや佐賀の地域全体を起点に、「国内初・佐賀発」の新しい「価値」や明るい話題が続々と生まれてくることに、これからも期待を寄せていきたいと思います。
プロフィール
国立大学法人 佐賀大学
https://www.saga-u.ac.jp/
佐賀大学 理工学部 情報分野 中山研究室
https://www.fu.is.saga-u.ac.jp/nakalab/
佐賀大deラボ
https://nakayamairon.com/delabo/SU/
株式会社 中山ホールディングス
https://www.ncjpn.com/
株式会社オプティム|OPTiM SAGA (佐賀本店)
https://www.optim.co.jp/