私の生活定点

博報堂生活総研による定点調査「生活定点」を見て気づいたこと、
発見したことをさまざまな人が語っていくリレー・エッセイです。

2015.10.26

第11回

夢と希望の地獄

アートディレクター/グラフィックデザイナー

寄藤文平

身の回りに夢や希望は多いですか?という項目に対して「多い」という回答率が下がっているのだそうだ。僕にしてみると、「多い」にしろ「少ない」にしろ、この項目に回答できることそのものがスゴイことだと思う。

 高校時代、美術大学に合格した僕に、母親が「大学に入って目標はかなえたけど、それで、文平の将来の夢は何なの?」と聞かれたことがあった。とにかく合格だけが目標だった自分にとって、将来というのはあまりに遠くのぼんやりした世界だった。ぼやけた将来像を想像して、頭の中で目を凝らしてみたものの何も見えない。とっさに僕の口から出たのは「社長になりたい」というクソのような答えだった。多いとか少ないとかではなく、そもそも、そんなものは自分の中になかったのである。

 最近、物語に関する本を作ろうと思って、それに関連する本をいくつか読んでいる。広告やPRの世界では、「これからは物語が重要なんだ」といった話を耳にするけれど、では「物語とは何か」ということについて、あまり正確に語られることがない。しかも、調べようと思ってもこれといった「まとめ」がないのである。

 いくつか調べたところでは、物語には大きく2種類しかないらしい。ひとつは「どこかへ行って来る物語」。たとえば、「ロード・オブ・ザ・リング」がその代表である。「千と千尋の神隠し」もそうだし「宇宙戦艦ヤマト」もそうだ。もうひとつは、「欠けているものを見つける物語」。ヒーロー物語がその典型で、日常が悪に破壊され、ヒーローによって回復される。日本のドラマもほとんどコレである。ダメな主人公が紆余曲折の末、ちょっと成長する。そうでない物語を探す方が難しい。

 これはかなり奇妙なことだと思う。たとえば、「未来」というものを考える時、そこには必ず物語が必要だ。結婚していない「妻」がいないのと同じように、物語のない「未来」はない。「未来」という概念は物語を前提にしているからである。そうなると、「未来」も2種類しかないということになる。「どこかへ行って来る未来」と「欠けたものを見つける未来」の2つだ。

 「未来」はもっと可能性に満ちたものではなかったのか。2種類しかないなんてことがあるだろうかと考えてみたけれど、自分の「未来」について考えたとたん、いつのまにか自分は「この場所にいてはいけない」か「欠けたものがある」という思考回路になってしまうのである。仕事でも、「未来」について考えるようなプロジェクトでは、ほぼ例外なく「まずは現在の問題点を洗い出してみましょう」という話からはじまる。そこには「今のままで良くないですか?」という視点の「未来」はない。もしも会議でそのようなプランを出したら、「それって、このプロジェクトは必要ないって話だよね」ということになって、白けた空気が漂うだろう。物語から考えた時、「現在」を肯定することは「未来」を否定することなのである。

 そういう視点で考えた時、「身の回りに夢や希望は多いですか?」という質問は、「現在の境遇への不満や、自分の欠点を洗い出してください。そしてその総量を、過去の自分や周囲と比較して、多いかどうか確認してください」という命令なのである。今、ネットを覗けば「未来」のことを語るメッセージであふれている。僕にしてみたら夢と希望の地獄である。そういう環境の中で、多くの人がその言葉の過酷さに気づいているのだとしたら、「多い」という回答率は今後も下がっていくのかもしれない。母の質問に「社長」と答えた自分は、あの時、けっこう満足していたのだなと、今になって思う。

※このコラムは生活定点2014年度版のデータに基いています。

寄藤文平

1973年長野県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科中退。2000年に有限会社文平銀座を設立。
近年は広告アートディレクションとブックデザインを中心に活動。作家として著作も行う。

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