生活圏2050プロジェクト

世界各地で始まっている「新しい生活圏づくり」の
取り組みを伝えます

2020.09.25

過去の日常に戻らない。バルセロナ市「コロナ後の社会実験」

こちらは、Forbes JAPANからの転載記事です。

バルセロナ都市生態学庁ディレクター、ジョゼップ・ボイガス氏

博報堂生活総合研究所「生活圏2050プロジェクト」刊行の『CITY BY ALL ~ 生きる場所をともにつくる』は、人口減少や少子高齢化、気候変動、社会的格差の拡大など、様々な社会変化や危機に対して、新たな適応策を生み出そうとする国内・海外の都市をフィールドワークしたレポートだ。

社会的変化を乗り越え、持続可能な社会をつくるための創造力とは何か? 今回は「バルセロナ」編で、ジョゼップ・ボイガス氏(バルセロナ都市生態学庁ディレクター)へのインタビューの内容をお届けする。

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過去の「日常」に戻ってはいけない

鷲尾研究員(以下、鷲尾)
パンデミック後のバルセロナ市は現在はどのような状況でしょうか。

ジョゼップ・ボイガス氏:今回のパンデミックによって、失ったものが非常に大きなことは確かです。世代間での命の選別にも向き合わざるを得なかった事実もあります。しかし、同時に、医療従事者や警察をはじめとする方々への思いや、市民の中の「連帯」意識が高まったという側面もあります。良い状況へと必ず進めていくのだという思いが市民の中でも高まっていると感じています。

ただし、いまだコロナ禍の収束の過程にあり、今後、様々な副次的な事態を引き起こす可能性があることを忘れてはいけません。ロックダウン中に多大な財政支援策が投じられましたが、それは後に、経済・社会的な危機をもたらすかもしれません。

鷲尾:今世界中で「新しい日常」という言葉が用いられています。ボイガスさんはこの「日常」という言葉からどのようなことをお感じになりますか?

ジョゼップ・ボイガス氏:その「日常」がどんな常態を意味するかにもよりますが、私個人としては、「過去の日常」には戻ってはいけないと感じています。この場合の過去の「日常」とは、格差社会であったり、環境問題であったり、現代の都市が抱える課題や矛盾を感じながら生活を続けていた常態のことです。

従来の都市モデルは、長い成長過程を経て現在に至っています。そして既に成長の限界に達しているとも思います。

バルセロナ市グラシア地区(2018)(写真=鷲尾和彦)

バルセロナの都市基盤はもともと19世紀半ばのカタルーニャの都市計画者、イルデフォンソ・セルダ(Ildefons Cerdài Sunye)がつくったものですが、産業革命時代における急激な都市拡張とその過密や劣悪な生活環境に対して長い時間をかけて計画されたものでした。

その当時、都市の緑地は34.8%(1859年)も確保されていましたが、現在では、僅か0.6%しかないのです。

過去の「日常」という場合、いつの時点を指すのかにもよりますが、明らかに直近の過去の「日常」については、決してスマートな日常ではありませんでした。そのような「日常」であれば、戻る必要はないと考えています。それは既に限界に達した「日常」だったのです。

今回のパンデミックによって、私達は今までとは異なる「非日常」を体験し、新しい気づきがあったことも確かです。例えば交通量の激減で大気汚染はかなり解消されました。パンデミックは過去の「日常」が持っていた潜在的な課題を洗いざらしました。その意味で、今は大きな社会的構造変革をもたらす、千載一遇のチャンスなのだと思います。今は、持続可能な社会にするための好機なのです。

都市=エコシステム 歯車全体の「面」を重視する

バルセロナ市ゴシック地区(2018)(写真=鷲尾和彦)

鷲尾:バルセロナは都市を「エコシステム」として捉え、市民とその生活環境の質とのバランスを重視してきました。パンデミックの影響を受け、こうした都市理念やその都市デザインの方向性はどのように変わるでしょうか?

ジョゼップ・ボイガス氏:都市を多様性かつ複雑性が絡み合った生態系(エコシステム)として捉えるという発想は、歯車に例えるならば、一本の歯が複数組み合わさり、ひとつの大きな歯車として稼働するようなイメージです。そして、歯車の歯という「点」のみを考えるのではなく、歯車全体という「面」の調和を重視して、バルセロナでは常に都市デザインを考えてきました。

かつて、「都市」の概念とは、建造物や道路、広場など都市の外観、即ち「ハード」が中心でした。しかしその後、「都市」概念の中に、「環境」や「市民」という要素が加わり、ハードとの共生や調和が重要となってきたからです。

パンデミックの影響を受け、今後はモビリティ(移動性)、テレワーク、物理的距離の確保など新たな要因が加わり、近未来の都市デザインを考える必要があります。

産業のあり方も変わりますので、この影響を考える必要があります。バルセロナは観光都市でしたが、今後の観光産業の将来は全くの未知数です。観光産業はホテル、空港、鉄道、船舶など様々な産業が絡んでいます。今後、観光客が減少するのであれば、将来的な都市デザインにも当然大きな影響が生じます。今は観光客が激減している時期ですから、観光客に依存しない都市生態系を考え始める必要があるでしょう。もしかすると観光依存度が減ることで、再び工業化へベクトルが戻る可能性も否定できません。都市は複雑な要素が絡みあう生態系だとすれば、やはり今後の都市デザインの方向性はいまだ未知数としか言えません。

バルセロナ市の古地図(写真=鷲尾和彦)

パンデミック後に誕生した社会実験プロジェクト

鷲尾:バルセロナは、市民中心の民主的な都市のあり方を常に問いかけてきた街です。

ジョゼップ・ボイガス氏:これまで多くの都市では、都市の「ハード」ばかりに投資をしてきましたが、その中に生活する人間のための「住み家」についてはあまり重視してきませんでした。しかし今後は、人の生活に一番身近な「住み家」を充実させることで、都市と人間との垣根が取り払われ、人間中心の都市づくりを進めていくことが重要になっていくでしょう。例えば、玉ねぎに例えると、その中心にあるのが人間であり、その次に、住み家、地域、都市、社会と何重にもつながりながら外側へ続いていくようなイメージです。

物理的距離は変わると思いますが、精神的距離、社会的な距離の重要性はそれ程変わらないと思います。

「Mil casas en tu casa 」(「1000 Houses In Your Home」)プロジェクトは、パンデミック後に生まれたひとつの社会実験のプロジェクトです。自主隔離の間、孤立するのではなく自宅でも都市の日常を体験しようという取り組みで、物理的には距離を置くけれど、人と人の精神的な距離は縮めようという新しい社会実験です。

今、こうした新しい実験的な取り組みが生まれているところです。

全てが有機的に調和することで、人間を中心としたひとつのコミュニティが存在する。そのような都市のエコシステム(生態系)を今後もバルセロナ市は目指していくことに変わりありません。


※『CITY BY ALL ~ 生きる場所をともにつくる』(博報堂生活総合研究所「生活圏2050プロジェクト」刊)より

プロフィール

写真
ジョゼップ・ボイガス(Josep Bohigas)
バルセロナ市都市生態学庁ディレクター

1991年から2015年までBOPBAA建築スタジオの共同ディレクターを務め、ティッセン美術館(マドリード)、エル・モリーノ劇場(バルセロナ)などのプロジェクトにより、FAD賞、バルセロナ市賞をはじめ建築・デザインに関する受賞歴多数。2016年1月からバルセロナ地域都市計画局の責任者を務めた後、2019年12月からバルセロナ市都市生態学庁ディレクターを務める。

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