生活圏2050プロジェクト

世界各地で始まっている「新しい生活圏づくり」の
取り組みを伝えます

ポストコロナに生き残る「都市」の条件とは? バルセロナ、リンツ、豊岡市の場合

こちらは、Forbes JAPANからの転載記事です。

オーストリア・リンツ市の子どもたち(撮影=鷲尾和彦)

新型コロナウィルス拡大の影響は、「生きる場所」「生活」についての人々の考え方を大きく変えつつある。この先はこれまで以上に、リアルに生活する場所やその環境が、人の心のあり方をも大きく左右していくのではないだろうか。

この4月に発行された、博報堂生活総合研究所「生活圏2050プロジェクト」発のレポート、『CITY BY ALL ~ 生きる場所をともにつくる』は、社会の変化と危機に対して新たな適応策を生み出そうとする国内と海外の都市を、丹念にリサーチしたレポートだ。

博報堂生活総合研究所「生活圏2050プロジェクト」発のレポート、『CITY BY ALL』

このレポートのユニークさは、経済、文化、環境、都市計画などの分野を横断する学際的な視点から、そこに社会の持続可能性を実現するための共通の「原理」や「法則」を見つけ出そうという越境的な視点にある。

新型感染症の拡大の影響は、世界中の誰一人として例外にはしない「全世界的ショック」だ。しかし、世界各地には、「コロナ前」から、社会的変化を乗り越える回復力(レジリエンス)の高い社会をつくろうと挑んできた都市が存在している。世界的なパンデミックはその動きを加速させたともいえる。コロナ後の社会を生きる私たちは、暮らしの持続性と復元力(レジリエンス)を高めるために、お互いに学び合うという発想がますます求められていくのではないだろうか。

そこでForbes JAPANはこのたび、博報堂生活総合研究所「生活圏2050プロジェクト」が発行した『CITY BY ALL』レポートの内容を紹介するかたちで、「コロナ後の世界の在り方」を含む、諸々の考察をともに試みる連載を開始する。

『CITY BY ALL』、東京のページから

プロジェクトリーダーは博報堂生活総合研究所の鷲尾和彦氏。写真家としても活躍する鷲尾氏は、オーストリア·リンツ市で毎年開かれるメディアアートの世界的なイベント「アルスエレクトロニカ·フェスティバル」を日本に紹介し、国際コンペティション部門である「プリ·アルスエレクトロニカ賞」では審査員も務めた経歴を持つ。また現在は世界の都市再生に関する研究や講演活動も行っている。鷲尾氏にオンラインインタビューを行なった。

「CITY BY ALL」レポートとは

Forbes JAPAN 石井節子(以下、Forbes JAPAN)
「CITY BY ALL」レポートの内容について教えてください。

鷲尾研究員(以下、鷲尾)
この3年間で行なった、国内と世界各地の都市のリサーチをまとめたものです。人口減少や少子高齢化、気候変動、社会的格差の拡大、地方創生、知識創造型社会への転換など、今日的な社会課題に対して、それぞれの町がどのような新しい発想で、課題を乗り越えようとしているのか、危機や変化に対して、どのようにして復元力(レジリエンス)の高い社会の仕組みをつくろうとしているのか、またそれはなぜ可能となっているか等について、できる限り学際的な視点で捉えたいと思って、フィールドワークを続けてきました。

Forbes JAPAN:『CITY BY ALL』では欧州3都市、国内5都市を取り上げていますね。リヴァプール、バルセロナ、ダブリン、浜松、遠野、神山、豊岡、そして東京です。このレポートを読んでいくと、それぞれの事例の中に、どこか共通な発想があるように感じられます。

鷲尾:世界中ひとつとして同じ「まち」が存在しないように、当然のことながら、自然や風土、歴史的文脈、制度や習慣、今直面している課題など、様々な諸要因によって、その取り組みや目的は同じではありません。しかし、それでも相通じ合う発想や「法則」は確かにあるように思います。特に、大きなパラダイムシフトや危機的な状況を乗り越えようとする時には。

バルセロナ市の風景(『CITY BY ALL』より)

Forbes JAPAN:それはどのようなことでしょうか。

鷲尾:人が生きている環境は、市場という経済圏だけで出来ているわけでなくて、自然環境や、人と人との繋がりという社会的環境、歴史や文化などの文化的環境、そうした様々な要素が合わさって作られています。それだけ書くと当たり前のことなのですが、ただ、そのことに「自覚的にある」かどうか、そしてそれを具体的な都市政策や都市経営に据えて落とし込んで実践しているかどうかは別だと思います。

多様な地域資源を生かそうとするストック発想で、ランドスケープやアーバンデザインが検討されているかどうか。経済、文化、環境、都市計画など、異なる専門領域の人々が協働しあうクロスセクター型(分野横断型)のガバナンスや仕組みに知恵を絞っているか。またその担い手を育てるための教育や社会政策を持続的に行っているかどうか。そうした活動に現れてきます。

バルセロナ市の場合

鷲尾:ひとつの事例をあげてみます。

例えばスペインのバルセロナ市は、先端技術の可能性を都市政策に活かそうとする「スマートシティ」を推進する都市として、日本でもよく知られていますね。センサー技術を活用し、大気汚染や騒音、エネルギー消費などを計測して、市民が健康的に、安心してさまざまな社会的活動を行えるよう生活環境の改善をしていく。実はこうしたバルセロナ市の取り組みを中心になって推進しているパブリックセクターの人たちと話をすると、返ってくる答えは意外にも「一番重要なのは、海と山を守ること」だと言うのです。

バルセロナ市内アシャンブラ地区(『CITY BY ALL』より)

センサー技術を使って大気汚染度を測ったり、人の生活環境の最適スケールをビッグデータで割り出したりするのも、「海があって山があって人の暮らしがある」、そんな生活圏の質を維持するためにやっているのだ、と。そして、その背景には、1992年のバルセロナ·オリンピックや2004年の世界文化フォーラム開催という巨大イベントの後に起こった経済不況という反動と、行きすぎたインバウンド対策によって「町を外から来る人たちに譲り渡してしまった」という苦い経験とその自戒がある。

今、バルセロナは世界各地の都市とも連携しながら、リアルとオンラインの双方を通じて、将来の町の政策を行政と市民とが協働して考えようとするオープンソースのプラットフォームを整備しています。そこには中学生くらいの市民からお年寄りまで、実際にたくさんの市民が参加しています。こうした各領域の取り組みに着目すると、それぞれは個別のように思えますが、実はそれらが根底では「海があって山があって人の暮らしを守る」という大きな理念によって結びついていることが分かります。

バルセロナ市内ポブレノウ地区の「スーパーブロック」(『CITY BY ALL』より)

人が生きるための「環境」の質を高めるという発想が最初にあって、そのために、人と人とが協働しあう「社会」の質へと結びつけていく。そこにテクノロジーの有効な使い方も生まれてくる。環境、社会、行政、経済、それぞれが協働しあう。現地には現地の課題はもちろんあるはずです。でも一歩ずつ一歩ずつ、それに向かって時間をかけて進めていることは事実です。

生活圏は「新しい適応策を生むための視座」

Forbes JAPAN:たしかに、人口減少、気候変動、自然災害といった大きな社会課題と向き合う時、ひとつのセクター内で解決できることはそんなにありません。

鷲尾:その通りですね。異なる立場の人との重なり合いの中からこそ、新しい発想って生まれていくのだと思います。そのためのひとつの視座が「生活圏」だと思います。それは、人が生きていくための環境を丸ごと捉えようとする態度です。そして、このレポートに取り上げた都市に共通している点です。それらの都市を総称して「CITY BY ALL」とこのレポートでは呼んでいます。「CITY」から「CITY BY ALL」へ。「スマートシティ」という言葉が僕自身なにかしっくりこないなとずっと感じていて。ともに生きる場所をつくる社会のあり方そのものに光を当てたいと思いました。

Forbes JAPAN:その都市はどのように見つけ出すのでしょうか?

兵庫県豊岡市・城崎温泉街(『CITY BY ALL』より)

鷲尾:事前のリサーチも少しはするし、そこからどこか心に引っかかるものに出会うこともあるのですが、新しい試みに挑戦している、どこか可能性を感じる町というのは、やはり現場を訪ねて、そこで人に会ったり、話をしたり、風景の中に立って見たり感じたりすることが非常に大きいのも確かです。

例えば、レポートでは、兵庫県豊岡市のことについて書いています。「小さな世界都市」を標榜して、文化や環境、教育政策に非常に力を入れている人口8万人ほどの町です。ヨーロッパの中規模都市のように、文化的な個性をしっかりもって世界と台頭に向き合えるローカリティを育てようとしています。

もちろん、行政や市民の中に、こうしたヴィジョンを形にしようとする人の存在があるのだと思うのですが、その背景には、この街がもともと温泉街(城崎温泉)で、過去100年以上、文人や旅人を受け入れながら、つまりは異質性、多様性を包摂しながら、地域の魅力や経済を育ててきた「地域文化」が根強くある。それが現在の人々の振る舞いや協働を支えている。情報では見聞きしていても、そのことは町の中に入っていかないと実感できないものだと思うのです。

豊岡市 城崎国際アートセンター(『CITY BY ALL』より)

実際にその場所に身を置き、見えてくる目の前の「風景」をフラットに眺めてみる。でも、それは目の前の「風景」を見ながら、同時に見えていない存在を想像しようとすることだと思います。今後、データの利活用は今まで以上に進めなくてはならないと思いますが、そうした見えない風景や見えない存在を想像しようとする力がとても大切になると思います。

生活圏の豊かさを「日常に取り戻す」という発想

Forbes JAPAN:人がともに生きている環境をまるごと見ようとする。そこに、実はその町を動かしていく原動力を見出すということなのですね。

鷲尾:過去10年以上に渡り、欧州の地方都市の「地方創生」や「都市更新」のプロセスを継続的に見てきました。この町の場合は、旧い工業都市からの脱却やアイデンティティの回復、次世代の町の担い手育成などが大きな課題でした。環境、産業、文化のバランスをどのように取り戻すのか。

オーストリア・リンツ市

そのプロセスを見ながら、僕が発見したのは、社会をより良くしたいという新しい創造性も、それを生かし合う社会の仕組みがあって初めて生かされるのだという現実でした。確かに新しい発想やアイデアは個人から生まれます。広告コミュニケーションの仕事ならそれでいいかもしれませんが、この新しいアイデアを、次の生活圏の成長の力に変えていくには、そしてそれを市民の生活空間として具現化させていくには、様々な立場の人たちが協働しあうことがやはり欠かせない。そのプロセスを直に体験してきたことはとても得難い経験でした。その後、日本でも、他の海外の都市でも、リサーチをする場合のひとつの「羅針盤」のようになっています。

Forbes JAPAN:日本ではどうでしょう?

鷲尾:日本では、2000年代初頭に人口減少や少子高齢化がいよいよ明らかとなり、成長期から縮退期と言われるようになりました。それは「企業が成長すれば、社会も一緒に成長する」時代から、「社会の発展が、経済の新しい可能性を生む」時代への転換です。でも、もう既に20年ですね。

この『CITY BY ALL』レポートの国内事例では、こうした課題に挑んでいる人々の取り組みを主に取り上げました。人口減少が切実な課題として顕在化している町から、むしろ新しい取り組みは生まれています。しかし、日本全体としては、まだ包括的な都市政策が実行されているかどうか、多様なセクターの人たちの間での連携できているかといえば、まだその途上にあるように感じます。

Forbes JAPAN:こうした「生活圏」という視座に、今パンデミックという危機に直面した私たちは気づき始めていることかもしれません。

『CITY BY ALL』。バルセロナ市のページから

鷲尾:そう思います。人が生きていくための最前線で働いている人たちの存在、「エッセンシャル·ワーカー」の存在の大切さに関心が集まりました。ドイツのモニカ・グリュッターズ文化相が「アーティストは生命維持に必要不可欠な存在」だと述べたことも日本では大きく注目されました。生活をもっと多面的に、もっと包括的に捉えなおさなくてはならない。今、その気づきは広がっていると思います。

しかし、こういう発想は、このパンデミック発生で生まれた新しいアイデアではないとも思います。ドイツでは、1990年代から社会的格差や分断を避け、都市の再生や新しい成長を目指す「社会都市プログラム」が地道に続けられてきました。その日常があって、今回のドイツ文化相の文化セクターの重要性を共有する発言があります。
他にも、新型コロナウイルス感染症が拡大する以前から、世界各地で公共空間を取り戻そうとする「プレイスメイキング」、歩行者や自転車のための道路空間へと再編していこうという「スローモビリティ」への転換などの取り組みは進んでいました。

日本でも、『持続可能性の実現(SDGs)』『society 5.0』という大きな潮流が形成されはじめてきています。これら全てに共通しているのは、「生活圏」としての質や豊かさを「日常」の中に取り戻そうという発想であり、その上に新しいエコノミーの可能性を見出そうとすることですね。

「余白」は無駄ではなく、未来への備えである

Forbes JAPAN:今、「新しい日常」という言葉が広がっていますね。

鷲尾:言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症によってもたらさせる社会環境の変化は確かにとても大きい。でも先ほど述べたように、何を「日常」と捉えるのか、これまでの「日常」とはなんだったのか、あるいはこれまでが「非日常」だったのかもしれない。そういう問いを持つこともとても大切だと思います。

「都市化」や「グローバル化」こそが問題だという声も多く聞こえました。しかし、「都市化」自体というよりも、「どのような都市なら、どのような生活環境なら、人は生きていけるか」。その計画理念にこそ問題があったのではないでしょうか。「余白」や冗長性、「遊び」の部分を削り、究極の効率性と合理性を追求する経済性論理だけで作られてきた都市が、容赦ないアタックを受けた印象があります。ロックダウンされた都市空間で、緑地、公園、水辺といった多様な「オープンスペース」の大切さを私たちは誰もが思い起こしました。

今、「余白」は無駄ではなくて、未来への「備え」ではないかという声も広がっています。こうした「余白」を中心にした生活圏のデザインが今後さらに進むと思います。自然環境、社会環境、文化環境。そうした多面的な「生活環境」の中で、人は暮らしているということ。そして、そのような多様な立場を超えて協働しあうことが、『持続可能性の実現(SDGs)』だと思います。

確かに、それは手間暇がかかることだと思います。経済という一つの目的だけでなく、複数の目的変数を解こうとするには、そのための新しい発想や、知恵や技術も必要になるとは思います。しかし、制約条件があるからこそ、新しいアイデアが生まれる。そのためにも、都市を人間にとっての合理性や経済性にだけ基づく、いびつに切り取られた生態系としてでなく、多面性を持った「生活圏」としてとらえることで、初めて見えてくるものがあるのではないでしょうか。

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