車道の使い方を市民が決める。バルセロナの「スーパーブロック計画」とは
こちらは、Forbes JAPANからの転載記事です。
博報堂生活総合研究所「生活圏2050プロジェクト」刊行の『CITY BY ALL ~ 生きる場所をともにつくる』は、人口減少や少子高齢化、気候変動、社会的格差の拡大など、様々な社会変化や危機に対して、新たな適応策を生み出そうとする国内・海外の都市をフィールドワークしたレポートだ。
社会的変化を乗り越え持続可能な社会をつくるための創造力とは何か? 今回は「バルセロナ」編の第2回。(第1回はこちら)
ソーシャルスペースを広げる「スーパーブロック 」計画
バルセロナの「市民中心の社会づくり」は、オンラインを通じた市民参加の仕組みだけでない。例えば、「スーパーブロック」計画と呼ばれるプロジェクト。
都市の中で、自動車によって占められていた空間を減らし、その代わりに市民の生活空間を広げることがこの計画の目的だ。
複数の街区を1つの大きな塊(=スーパーブロック)として捉え直し、その内部への自動車の乗り入れを制限する。「スーパーブロック」内部に進入する近隣住民の自動車に関しては、制限速度を10km/h以下に規制し、死亡事故の発生を抑え、市民の安全と健康を守る。バルセロナ市はこの計画によって、都市空間に占める「歩行者用スペース:車道」の割合を、現在の「45:55」から「69:31」に逆転させようと試みている。
「車道空間の使い道も住民が決める」という発想
そして重要なのは、これまで車道として使われていた空間の使い方を、その近隣住民のアイデアに委ねるとする発想だ。
現在、バルセロナ市内では6カ所のスーパーブロックが生まれている。そのうちのひとつ、市内東部のポブレノウ地区。この地区は、19世紀後半の産業革命以降、繊維産業や製造業で栄えたスペイン随一の工業地区であったが、公害問題などにより地区産業が衰退した。その後、1992年のバルセロナオリンピックをきっかけに、IT産業集積地としての再生を目指してきた地区である。
現在も残る歴史的な産業遺産も活かしながら、壁面緑化された建築、スマートライティング、軌道を緑化したトラムといったサステナビリティに配慮した空間再生や、市民向けシェアサイクルシステム「ビィシング(Bicing)」、電気自動車のチャージステーション、また先端的な企業、大学、若い起業家たちが集うシェアオフィスなどが混在し、新たな活気を持った都市空間へと生まれ変わろうとしているエリアだ。
この地区のスーパーブロックの中には、木製のブランコや滑り台のある小さな公園や、市内の舗道のタイルにも描かれている「バルセロナの花」がペイントされた巨大な植木鉢や花壇が市民によってつくられ、路上に設置された卓球台で近隣のオフィスで働いている人たちが楽しんでいる姿が印象的だ。
また、ときには近隣住民によって音楽やアートイベントなども開催される。誰にとっても関わりがある場所になること。そんな「社会的空間」(ソーシャルスペース)を都市の中に広げることが、このスーパーブロック計画の目的である。
都市は「エコシステム」。消費エネルギーもセンサーで計測
実はこの計画でも、スマートシティ政策として進められてきたテクノロジー活用が活かされている。
ひとつひとつのスーパーブロックは、それぞれ約400~500m四方の広さに、約6000人の市民が暮らし、約400の事業者が活動できる「ユニット」(単位)として捉えられており、そこで消費されるエネルギーや自然資源の量は街角に設置されているセンサーで計測されている。
また、このユニットの中ではどの程度市民や事業者が活動しているのかについても定期的に検証が行われている。
バルセロナは、都市をその場所に暮らす人々を主な構成要素とする「生態系」(エコシステム)として捉える「エコシステミック・アーバニズム」(Ecosystemic Urbanism)という独自の理論を持っており、「エネルギー消費を減らしながら、同時に多様な人々の活動(アクティビティ)を活発になされている」状況こそが「都市の持続可能性」を実現する鍵であると捉えている。
そして、この理論に基づき、「コンパクトさと機能性」「複雑性」「効率性」「社会的包摂性」という4つの評価軸と、合計45のインジケーターから都市環境の状況を計測し、科学的なエビデンスに基づいて、都市の持続可能性をマネージメントする方法がとられているのだ。
科学的根拠に基づき都市の状況を明らかにすることで、「持続可能な社会発展(サステナビリティ)」という大きな理念を、現実化させていく。
バルセロナ市のスマートシティ政策と「市民中心の社会づくり」は、こうした科学的アプローチをベースに着実に進められている。
「自戒」をエネルギーに
バルセロナ市の都市政策とその理念、またデジタルとフィジカルの技術を融合させ、「市民」主導のスマートシティの実現を目指すアプローチは、1992年のバルセロナ・オリンピックや、2004年の世界文化フォーラム開催という巨大イベントと、その後に起こった社会的な反動とその自戒とが大きな背景となっている。
当時、バルセロナは世界的なビッグイベントを契機として、地方都市から国際都市へとその都市の存在感を高め、観光産業を始め、非常に経済的にも大きな飛躍を実現した。しかし、オーバーツーリズム、大気汚染、またその後の経済的不況など、その弊害も極めて深刻なものであった。
何より、当時の行きすぎたインバウンド向けの都市整備事業によって、「町を外から来る人たちに譲り渡してしまった」という苦い経験が市民の中に残り続けた。この経験が、その後、バルセロナ市がその都市運営の方針を見直す大きなきっかけとなっているのだ。
バルセロナにとって「スマートシティ」とはどんな都市を指すのだろうか?
バルセロナ都市生態学庁ディレクターであるジョゼップ・ボイガス氏は、「市民が自分たちが住む都市の価値に気づいていること、そしてその価値を高めるためにお互いに知恵を活かし合うことが出来る都市」だという。
「スマートシティとは、異次元の街を作ることでも、経済的な要請に応えて都市を作り変えてしまうことでもない。そこに暮らす市民を中心にしなければ、都市の持続性はないということを私たちは過去の経験を通して学んだのです。都市がスマートになるというのは、市民自身がスマートになることなのです」(ボイガス氏)