第54回
「おもしろさが生む、わかりあうみらい」
from 滋賀県
東京から関西に異動して約4年が経ちました。
これまで広島・北海道・東京などさまざまな場所で過ごしてきましたが、大阪は「おも(し)ろさ」が重視されるまちだなと日々感じています。例えば、クールな振る舞いよりも、瞬間的にツッコミをいれて盛り上げる人の方が「おもろい、ええやん」とされるような気がしています。
きっと広告・PRでも同じで、真剣なテーマであっても、きまじめにメッセージするよりもおもしろく加工して訴求することで、特に関西では人びとに届きやすくなるのではないかと考えています。
実際に真剣なテーマを、おもしろく加工して社会貢献につなげている方と大阪で出会うことができました。その方から素敵なお話を聞いてきたのでご紹介したいと思います。
今回お話を聞いたのは、私が尊敬してやまないNPO法人サイレントボイス代表理事の尾中友哉さんです。
●「共にできる」を増やしたい
――はじめに自己紹介をお願いします。
尾中さん(以下、敬称略):
NPO法人サイレントボイス代表理事の尾中友哉です。
滋賀県で、耳の聞こえない「ろう者(デフ*¹)」の両親のもとに生まれた、「聴者(コーダ*²)」です。
手話が第一言語の家族で育ったので母語*³として手話を身につけました。
*¹デフ:英語で「deaf(聞こえない人、聞こえにくい人)」という意味
*²コーダ:Children of Deaf Adultsの略称で、耳が聞こえない、または聞こえにくい親のもとで育つ子どものこと。両親ともに、もしくは一方がろう者・難聴者でも、聞こえる子どもはコーダとされる。
*³母語:ある人が幼児期に自然に覚え使えるようになった(最初の)言語
――サイレントボイスはどういったNPOなのでしょうか。
尾中:
聞こえる人と聞こえない人のかかわり方を増やし、「共にできる」を増やすことを目的にしたNPOです。
目的に思い至ったきっかけはいくつかありましたね。
まず、デフの両親のいる家庭で当たり前に育ってきたんです。
もちろん両親の電話通訳をしたりしていたけど、両親には自分ができないことをたくさんしてもらって…会話のやり方は違うけど、自分は他の家庭とそんなに変わらないと思っていました。
“障がい者と健常者”みたいな境目を感じていなかったんですよね。
けど、社会からの見方とはギャップがある。
その物差しを変えて、「共にできる」ことを増やせばもっと良いものが生まれるんじゃないか?
という仮説を持てたことが大きかったです。
――具体的に「社会からの見方とのギャップ」とはどのようなものを感じていましたか。
尾中:
やっぱり、聞こえない人は助けられる側で、聞こえる人が助ける側になるというのが当たり前に思われていると思うんです。でも、それが全てではないと身を持って思っています。聞こえない人にも当然できること・得意なことがある。
むしろ聞こえない側が助ける立場になるかもしれないじゃないですか。
常に健常者が障がい者を理解する側になるのではないと感じていて、そういう自然と社会の見方、というか優劣のものさしになってしまっている「障がい者理解」を「双方向のわかりあい」に変えたいと思いました。
――自分も自然とそう思ってしまっていた部分があるかもしれません。その違和感がNPO法人サイレントボイスを立ち上げたきっかけなのでしょうか。
尾中:
そうですね。もちろん支援を否定するわけではなく、むしろ私は支援に助けられてきました。
例えば、オンラインを使った遠隔手話通訳とかやられている会社さんもあって、素晴らしいなとも思います。
ただそれは支援の拡張だと感じていて、「共にできる」つまり「共に価値を生み出す」という自分の仮説を検証するには自分でやってみるしかないなと思ったのがきっかけのひとつです。
――仮説自体もですがそれをやってみようと思われたのもすごいです。
尾中:
いえいえ。仮説は母を見てより強く思うようになりました。
というのも、母は自分で喫茶店をやっているんですよ。「聞こえない人には無理」みたいな意見も当初はあったんですが、母は「声は聞こえないけど、見て気づくことはできる」と言ったんです。実際に働いている母を見ると本当によく気が付く。接客の本質だなと思いました。
そこから、聞こえない人から聞こえる人が学ぶ研修をつくりました。
その研修を実際に企業さんでやってみると、聞こえる人って“ちゃんと伝えたつもりでも伝えられていない”ことがよくあることがわかったんです。
――わかります、私も仕事で伝えたつもりになってしまってミスコミュニケーションが起きたりします。
尾中:
そうなんです。だからこそ聞こえない人に伝えようとすると、自分が伝えられていないことがよくわかる。だからこそお互いにきちんと伝わるように工夫していくことで、より良いコミュニケーションにつながったりするんです。
やはり相互理解する、共につくることで、より良いものが生まれるのだと感じました。
●聞こえる人と聞こえない人が分離される日本
尾中:
実は、フィンランドに短期留学に行ったことがあるんです。
――そうなのですね、日本と障がい者支援の中身が違ったりするのですか。
尾中:
全然違いました。フィンランドでは障がい者・健常者の枠組みがないんです。
フィンランドは日本に比べて国民が少なく、だからこそ一人ひとりのニーズを起点に考えるそうです。
行政の窓口でデフの大学生が自分のニーズを伝えて、授業に手話通訳のパーソナルアシスタントがつく、その方が大学院まで行って専門家になることもある。そうすると専門家が手話で仕事をするので、健常者が教えてもらうために手話通訳を依頼することが自然に起きている。
このフラット感は日本にはないと思った。
――とても進んでいる印象を受けて驚きました。
尾中:
一方でフィンランドの方が日本の障がい者支援を見ると、良い意味で驚くそうなんです。
日本は国民が1億人以上と多くて、効率良く管理していくためにグルーピングして福祉制度をつくっている。
フィンランドでは各人のニーズに応えていくことで平等性を欠いたり、財政を圧迫したりもしているそうで、日本の福祉制度はすごく効率良く、ある種優れた形に整っているように見えると。
そういう日本の管理のためのグルーピングによって障がい者と健常者が分かれているのが副作用なんですね。
●わかりあうためのカギは「おもしろさ」にある
――日本では障がい者と健常者があまり交わらないからこそ、わかりあう機会が少ないのですね。
尾中:
その通りだと思います。
だからこそ、デフについて普通に広めていってもなかなか興味を持ってもらえなかったり、実感を持ってもらえなかったりするんですよね。
それでも粘り強く活動をしていましたが、コロナ禍に突入し、デフにとって致命的な事態が起きたんです。
――致命的な事態とはなんですか。
尾中:
マスク社会です。デフは手話のできない聞こえる人と口元の動きを見て会話するので、マスクによってまったく会話ができなくなりました。デフは相手から「無視するな」と言われても、そもそも話していることすらもわからないという例もありました。
SDGsのバッジをつけている人が増えるなど、社会全体で未来を考えたり、多様性を受け入れたりする風潮ができていて人任せにしてしまっていたが、聞こえる人はその問題にすら気づいていないと感じました。
ようやく自分がコロナをきっかけに“無関心な人たちに問題提起して、知ってもらわないと”と思ったんです。
――マスクが会話を奪っていたことに、私も尾中さんの情報発信を見るまでは気づけていませんでした。
尾中:
やっぱり身近にそういう人がいないと気づけないですよね。
身近にデフがいない方や無関心の方に問題提起して関心を持ってもらうには、エンタメ性というか「おもしろさ」が大事だと思いました。今思うと“無関心層へのリーチ=当事者課題×エンタメ”というPR発想ができていたのかなと思いますね。
結果、とある会社さんに協力してもらって実施した企画が「爆音コンビニ」です。
――「爆音コンビニ」 、キャッチーな企画名ですね。どういう企画なのでしょうか。
尾中:
コンビニをひとつ貸し切って、そのなかで爆音を流します。
企画参加者には、そのコンビニで買い物や困っている人を助けるというミッションを達成してもらうという企画です。
爆音ではありますが、あくまで専門家による指導のもと「体験時間15分以内」「店内BGMの音量100dB未満」の基準に基づき、参加者およびイベントスタッフの健康面への配慮をしたうえでイベントを開催しました。
参加者は爆音で声が聞こえないので、結構苦労するんですよ。コミュニケーションパニック状態です。
だからこそ声に頼らず、体全体でコミュニケーションをとるしかない。店員さんもマスクをしているので、肉まんにカラシを付けられない人が続出しました。マスク社会におけるデフの方々の苦労に近い体験だと思いました。
おもしろかったのは、フランスの方が簡単にクリアしていったことなんです。
普段から日本語に頼らないから、観察したり推測したりして理解していく。言葉がなくても頑張って伝えあおうとする姿勢が身についているんですよね。
言語が違うなかでわかりあうための姿勢や引き出しの多さを見て、聞こえない人だからこそ役に立てることってあるよなと再認識できました。
――実際の反響はいかがでしたか。
尾中:
「爆音コンビニ」を体験できた人自体はそれほど多くないのですが、メディアに取り上げてもらって想定以上の反響を得ることができました。「爆音コンビニ」をきっかけとして申し込んでくれた方に、クリアマスクを配布したのですが、学校やオフィス、病院などに合計3万枚くらいは配布しました。
デフの人の抱えるマスク社会の苦労について、おもしろい形で広められたと思っています。
他にも映画を製作したり、ボードゲームを制作したりして、おもしろさを意識した発信を行い続けています。
●コミュニケーションで、自分らしく生きる人が増えるみらいに
――最後にみらいのめというテーマに沿って…尾中さんの思い描くみらいはどういうものでしょうか。
尾中:
目が見えず、耳も聞こえないヘレン・ケラーさんが「目が見えない人はものからの孤独、聞こえない人は人からの孤独」という言葉を遺しました。
旧約聖書のバベルの塔でも、思いあがった人間に神様は怒って言語をバラバラに(様々な言語に)するという罰を与えた。という話があります。どれも考えさせられます。
聞こえる人と聞こえない人の間にも、いろいろなグラデーションがあって、それぞれがいろんなコミュニケーション上の悩みやニーズを抱えていると思う。
人はみんな違って、だからコミュニケーションを取らないといけない。でも違うから、コミュニケーションは難しくて。答えがない永遠のテーマだからこそ、うまく付き合っていきたい。少しでも良くしたい。そしたら、教育ってどう変わるか、働くってどう変わるか、そういう部分に関心を持って発信し続けていきたいです。
きっかけは、おもしろいで良いと思っています。興味を持つ人をひとりでも増やして、「共につくる」当たり前に実現するみらい、「優劣のものさし」がたくさんあるみらいにつながると良いなと思います。
――尾中さん、ありがとうございました!
本当にここに書ききれないくらいたくさんの貴重なお話をしていただいて、私自身もコミュニケーションについて、ステレオタイプについてすごく考えさせられました。
「優劣のものさし」がいくつもあって自分で選べるみらいのために、他者をよく観察して、わかりあおうとすること、決めつけないことを心に刻みました。
読んでいただいた方のきっかけに少しでもなっていれば幸いです。
他にも尾中さんはいろいろな取り組みをされているので、興味のある方はぜひサイトを見てみてください。
・NPO法人サイレントボイス https://silentvoice.org/
もしかするとこれからのコミュニケーションのカギは「おも(し)ろさ」なのかもしれませんね。
プロフィール
尾中 友哉 (おなか ともや)さん
NPO法人 サイレントボイス 代表理事1989年滋賀県大津市出身。ろう者の両親のもとに生まれた聞こえる子ども(コーダ)として、母語として手話を身につける。平成30年間の家庭内の生活変化の大きさと社会の変化の小ささに疑問を持ちSilent Voiceを創業。2018年人間力大賞 内閣総理大臣奨励賞 受賞。映画『ヒゲの校長』では主人公高橋潔役を演じた。