有識者インタビュー
「孤独」と「孤立」を、 区別しなければならない
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科教授
慶應義塾大学
ウェルビーイングリサーチセンター長
前野 隆司氏
工学博士。幸福学、ウェルビーイングの視点から、現代の世界が直面する環境・安全・健康・平和・幸福等、人間がかかわるシステム全般を対象に、学問分野の枠を超え、幅広く研究を行っている。単著に『幸せのメカニズム』(講談社、2013年)、『幸せな孤独』(アスコム、2021年)、共著に『ウェルビーイング』(日経文庫、2022年)など多数。
●「孤独」と「孤立」を区別しなければならない
博報堂生活総合研究所(以下H)
1993年と2023年の「ひとり意識・行動調査」結果の推移についてどう思いますか。
まず、学術的には「孤独 (Loneliness)」と、「孤立 (Solitude)」は分けて考えます。「孤独」は幸福度を下げますが、「孤立」は幸福度を下げないという研究結果があります。 両者は混同しがちですが、「孤立」は、要するに何かに没頭している状態です。
この調査では、「ひとりでいる方が好きだ」という数値が増加していますが、深層心理を考えると、ひとりでいざるをえないとか、人間関係が下手だからひとりの方がまだマシだ、の心理状態かもしれない。
●ひとりも楽しい、みんなといるのも楽しい。両方あることが幸せ
「人づきあいは、面倒くさいと思うことが多い」という項目は、ネガティブな思考、おそらく人づきあいが下手という方も含んでいると思います。
例えば私は人づきあいは下手ではないので、面倒くさい感覚はありません。ひとりで何かに没頭したいときには、面倒くさいからでなく「じゃあ、帰るね」と言って帰ります。
「みんなでいるのも楽しいし、ひとりでいるのも楽しい」というのが幸せな状態だと思うんです。
●日本人には集団主義の良さを取り戻すことが必要
H 日本社会を「2階建て」とみる分析があります。1階は「集団主義」。そこに戦後、「個人主義」という2階を建て増ししたものの、1階が崩れ、根づいてない2階も中途半端になった。集団も消えきらず、同調圧力も残る。1階も2階も中途半端だという分析です。
共感できますね。集団主義の良さ、例えば終身雇用の安心を捨て、1階をどんどん細くした。2階も能力主義といいながら、非正規も増え、努力しないと不幸せになるぞ、とやり過ぎた。だから、1階も2階もひょろひょろに、家が壊れかけている。
H どうやっていったら人びとは幸せになれるのでしょうか。
やはり「1階の再構築」ではないですか。もともと日本人は1階に住んでいたのですから。やはり1階=つながりをちゃんと取り戻してこそ、安心して「ひとり」でチャレンジできる国民性だと思います。
●日本はアメリカ流の真似し過ぎ―北欧のやり方に学べ
H 現在は1階部分の集団主義を嫌がる人もいそうですが、どうしたら良いのでしょうか。
米国は、新自由主義で格差を拡大させましたが、欧州はかなり違っています。
北欧は高福祉。大きな政府で、「2階がいいよ」と言いつつ、「いや1階もいつでも来たくなったら来てください」と、かなり手厚く準備しています。
医療費も教育費も無料で、北欧の人たちからは国があるから安心だという意識を感じます。
日本は、1階が大きくないといけない国民性なのに、米国を真似て「うちも1階なしでいきますわ」と。それで不幸になり、創造性も生産性も落ち、失われた30年になったのではないでしょうか。
●日本人の良さの源は「孤立」にある
日本人の良さは、きちんと細かいところまで緻密につくることでしょう。自動車でも、着物でも、おもてなしでも、「ちゃんとやる」日本は尊敬されている。 それは「孤立」「孤高」の方からくるものだと思います。 書道や茶道の達人、山にこもっての修行、武士道もそう。それらは別に「寂しいな」という感じではなくて、「自分を鍛えるんだ」との感じではないですか。
それができるのは、自己肯定感も高くて、やはり安心、心理的安全があるからだと思うんです。
だから、本当にやるべきことは、「ひとりでも別にいい」と言ってる人は、それは心からの欲求なのか、「本当は人としゃべりたいけど、苦手だから」と思っているのかの違いを見極めることです。
繰り返しますが、「孤独」は悪いことです。日本人は「孤独」ではなく、「孤立」に向かえば力を発揮します。
●和して動ぜず
「弱い紐帯」という社会関係資本の議論がありますね。弱いつながりで、何となく見守られている気がすると感じられれば寂しくないと思うんです。まずはそういう社会をつくるということじゃないでしょうか。
実は今となっては心理学の研究でわかっています。「いい1階」を取り戻して、しかも自己選択もできる。要するに、「和して同ぜず」です。みんな仲よくしている。でも、同ぜず。みんなそれぞれ選択しようよという1階と2階のあり方です。それをちゃんとつくり直すと日本はとても強くなるだろうと思います。
●課題を捉える俯瞰力を持つ―教育から考え直す必要
日本人の幸福度の分布を示すグラフにはふたつの山がみられるのですが、これはふたつの集団が同居し、処方箋も異なることを示しています。つまり、日本人にも、個人主義的な人と、集団主義的な人がいるのです。
家族がちゃんとしている人は2階構築論、やはり孤独感がきついという人には1階を立て直す処方がいる。これは人によって違うと思います。
実際は1階の心理的安全性、2階の個人主義の育成、これらは行ったり来たりしながら進めていくものだと思います。
そのためにも、全体をみる、部分の違いや課題を見分ける視点を鍛えて、適切な対応を進めていくべきなのです。
しつけの世界では、日本では「赤信号を渡ってはいけない」と「いけないこと」のみを教えがちですが、西洋ではDiscipline、「そもそも安全に気を付けよう」という原理原則を教えて、自分で考える力を養わせます。
かたや東洋の思想にも、もともと、非常に高い総合的俯瞰力があったはずです。日本の「達人」という存在は武道やスポーツに長けるだけでなく人格も磨かれている。そういう俯瞰力を鍛える、学びの仕組みがあったはずですね。
日本でも高い視点からものを捉える力を根づかせることで、全体の構造をみる力を養うことができると思います。
そのためには根本的なところから……教育の改革が必要だと思っています。
「孤独」と「孤立」は、
分けて考える必要があります。
「孤独」は幸福度を下げますが、 「孤立」は幸福度を下げない
という研究があります。
慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科教授
前野隆司さん