みらいのめ

さまざまな視点で研究員が「みらい」について発信します

2020.12.24

第38回

地域発の「動物福祉」から地球規模の「健康」を考える ~大牟田市動物園のチャレンジ~

from 福岡県

生活総研 客員研究員
九州博報堂

田中 徹

※新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、現地での撮影を除き関係者様へのインタビューについてはオンラインで実施いたしました

「ワンワールド・ワンヘルス(One World, One Health)」という概念を聞いたことがあるでしょうか。直訳すれば「1つの世界、1つの健康」ということになりますが、人や動物、そして環境それぞれが「健康」であることが地球全体の「健康」につながるといったものです。昨今のSDGsに向けた世界的な取り組みに限らず、私たちの生活がコロナ禍にある中、この概念について今一度考えさせられます。

福岡県の最南端、大牟田市にある「大牟田市動物園」は、来年2021年10月に開園80周年を迎えます。一時は入園者数の低迷により閉園の危機にも見舞われましたが、園の存続を願う市民の大規模な署名運動により存続が決定。現在では「動物福祉を伝える動物園」というコンセプトの下、動物たちが心身ともによりよく生活できるように環境を豊かにするための工夫である「環境エンリッチメント」や、動物の心身の健康管理など飼育上必要な行動を動物たちに協力してもらいながら行う「ハズバンダリートレーニング」に代表される取り組みに尽力。SNS等を通じて動物の生活の質の向上を目的としたさまざまな取り組みを世界に発信することで、動物福祉を伝えるというコンセプトを体現しています。その他、「Amazonほしい物リスト」の活用や「屠体プレゼント募金」を実施し、一般市民からの支援を得て動物の生活の質の向上を目指しています。こうした地道な取り組み成果が国内外から注目を集め、現在では大牟田市の人口である約11万人の2倍近い、年間20万人以上の方が訪れる動物園として知られています。

そんな同園にとっても新型コロナウイルスの影響は例外でなく、約1か月におよぶ休園を余儀なくされました。そんな状況下でも発想を転換し、1日1組限定でオンラインからゆっくりと職員の解説付きで動物園のライブ映像を楽しめる「どうぶつえん ひとりじめ」といった企画を発信。ネット上のニュースをきっかけに話題となり、園としても念願でもあった大牟田市のふるさと納税にも採用されるなど、ピンチをチャンスに変える取り組みを積極的に続けておられます。

動物が精神的にも肉体的にも健康であり、環境と調和していることを目指す大牟田市動物園の取り組みは、巡り巡って私たちの「みらいの健康」にもつながっていくことではないかと感じ、今回企画広報担当の冨澤奏子さんにお話を伺いました。

「動物福祉」の背景にある世界規模の連携

「動物福祉の対象は『種』ではなく『個』。とはいえ自分たちの動物園の動物だけが幸せだったらいいかというとそうではない。動物園として動物『種』の現状を伝えることも重要です。」

冨澤さんによると「動物福祉」との立ち位置は異なるレベルだと前置きしながらも、近年の動物園の世界では、動物園という「飼育下」の動物だけではなく、「野生下」にある動物に対して動物園がどのように寄与することができるかが命題になっているといいます。

すでに10年ほど前から各国の動物園や水族館は、「ワンプランアプローチ」という共通の目標設定や「GSMP(Global Species Management Plan、国際種管理計画)」と呼ばれる国際プログラムを通じて連携し、生息地の「中」である野生下と「外」である飼育下の両方で絶滅の危機に瀕する野生動物の保全を行っているそうです。飼育下だからできる研究や観察から得られた知見を野生下における研究に役立て、また野生下で分かった新たな知見を活かすことで飼育下の環境を動物にとってよりよいものにすることができます。こういった生息地内外を繋ぐ国際的なプログラムを通じてよい循環をもたらすことが、結果「One World, One Health」という考え方につながっていくといいます。大牟田市動物園でもGSMPの対象種でもあるレッサーパンダの保全活動のために国際団体と連携し、一般の方向けに海外の関係者とのライブチャットの中継やチャリティーイベントを企画するなど、園内だけに留まらない活動に取り組んでいるそうです。

レッサーパンダが「絶滅危惧種」って、知っていましたか?

動物園の取り組みは、SDGsにも通じる

2019年に大牟田市が「SDGs未来都市」に認定されたことをきっかけに、大牟田市動物園もSDGsの取り組みについて情報発信をするようになりました。その中で、冨澤さんは園内で取り組んでいることとSDGsが目指すものに共通点が多いことに気付いたそうです。

「持続可能な『開発』はしてないんですけど、持続可能に『生きる』ことは動物園でやっていることと合致するんです。展示場はきちんとしていなければ動物がすみ続けることはできませんし、園内の取り組みはさまざまな方のご協力があってできているものなんです」

同園のSDGsの取り組みの中の1つに、地元の工業高校と連携して取り組む「環境エンリッチメント」があります。「こういうものがあったら、動物がより幸せになれるのではないか」という課題について、生徒さんが授業で学んだ工業高校ならではの「ものづくり」の知識を活かして動物向けのソリューションを1年かけて考え、製作するというものです。これまでの成果を尋ねてみると自動給餌機や、身体を掻けるブラシなどが動物たちにプレゼントされ、今年はライオンのために生徒さんたちがアイデアを形にすべく試行錯誤しているところだそうです。

【左】地元高校との連携による製作物の説明版
【右】「フィーダー」と呼ばれる動物のごはんを入れるものには、地域の消防署や
   「未来の飼育員の卵」でもある専門学校の学生さんの協力によるものも

地理的な距離は遠くても、心の距離を近づける

「Amazonほしい物リスト」を活用し、動物の「環境エンリッチメント」に必要なものをオンラインから支援できる仕組みや、農作物被害の対策から駆除されてしまった野生動物を、安全に給餌できるように処理し、大型ネコ科動物に給餌する「屠体プレゼント募金」など、距離を超えて動物園を応援できる仕組みづくりも、大牟田市動物園の大きな特徴です。

【資料1】「Amazonほしい物リスト」のしくみ
①動物園の「Amazonほしい物リスト」上の商品をお客様がご購入
②お客様がご購入くださった商品を動物園にお届け
③「環境エンリッチメント」に使用

【資料2】「屠体プレゼント募金」のしくみ

出所:大牟田市動物園

「応援してくださる方からの支援を通じて、動物たちの生活がより刺激に満ちていく姿を見るのはとてもうれしいものです。ライ麦の種が一袋だけ届いたりすることもあるんですが、ひょっとしたら子どもさんがおこづかいで買って送ってくださったのかな、と思ったりするんです」
というエピソードを聞くと、こちらも嬉しくなります。

一方で冨澤さんにこれから園として目指していきたい未来について尋ねると「今以上に、地元ともっと繋がりたい」ということを強く感じるとおっしゃいます。

「大牟田の人に一番愛される動物園になりたいんですよね。『動物福祉』はここでしかできないことではないですし、大牟田の人に愛されていないなら、動物園があるのが大牟田じゃなくてもいいじゃないか、って言われてしまうかもしれません。お客さまが当園の取り組みへのご理解をしてくださることで、動物にとってよりよい環境を作れていると思っていますが、何よりお客さまが楽しんでくださること、地域やお客さまのご理解があるからこそ、私たちはこれからも黙々と目標に向かって進んでいけると思っています。」

ライオンの「あさひ」君への屠体プレゼント当日、多くの子どもたちが訪れていました

今なお愛される旧園名「延命動物園」から思うこと

大牟田市動物園は1941年の開園当時「延命動物園」という名前で開園し、今でも当時の園名で呼ばれる地元の方が多くいらっしゃいます。まちのシンボルでもある延命公園の存在もあるかもしれませんが、ひょっとしたら「延命」という言葉そのものが持つ意味、園内でくらす動物たちの「いのち」の存在、そして現在の動物園のコンセプトでもある「動物福祉」に通じる何らかの文脈を感じるからかもしれません。

冨澤さんは、ある時お客さまから言われた「動物園が動物達を大切にケアしていること、そのケアされている動物を通じて『人である自分も、周りの人に大切にされている』ことに気づかされる」という言葉が、今でも印象に残っているそうです。

「One World, One Health」は地球規模の概念ですが、一方でそれは個々の人や動物、環境それぞれの総和によって実現されるものです。さまざまな方々の共感や支援を得ながら「動物福祉」を実直に実践している大牟田市動物園の取り組みも、そういった考え方に通じるものがあるといえます。

「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。(日本WHO協会訳)」。これからのみらいがより「健康」であるためのヒントを、園内でイキイキとくらす動物たちの姿から、改めて考えさせられる次第です。

プロフィール

写真
冨澤 奏子(とみさわ かなこ)
大牟田市動物園 企画広報担当
東南アジア動物園水族館協会 種管理委員会副委員長
CPSG Japan 幹事

これまでにアジア産野生生物保全協会 事務局、国際種情報システム機構 アジア/太平洋地域コーディネーター等を務める。国際会議への出席多数。通訳、翻訳業務経験多数。これまでにさまざまな地域、国とのネットワークの構築を手掛ける。国内はもちろんのこと諸外国においても、動物園水族館におけるデータ管理や個体群管理、血統登録担当者へのトレーニングや各種ワークショップ、セミナー等を手掛け、その受講者は延べ1,000人を超える。現在は動物園における広報業務や教育活動についても知見を深め、動物園の可能性を模索中。
著書、訳書:『動物園学入門』(朝倉書店)、『動物園動物管理学』(文永堂出版)
『動物園を魅力的にする方法: 展示デザイン における12のルール』(文永堂出版)

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