「生活圏2050プロジェクト」 #07
データ社会で、都市のガバナンスは進化するか? 〜神戸市とバルセロナ市の協働プロジェクト「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」を通して~(後編)
情報社会からデータ社会へ。テクノロジーが都市や生活圏のあり方とそのガバナンスをも変えようとする渦中で、欧州と日本、二つの都市の間ではどのような新しい挑戦が始まっているのでしょうか。バルセロナ市と神戸市の取り組み「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」を通して考えます。
人口減少社会における新たな生活文化と経済(エコノミー)の創出を構想する「生活圏2050プロジェクト」。プロジェクトリーダーを務める鷲尾研究員が、既に今各地で始まっている新しい生活圏づくりの取り組みを伝えます。
※前編はこちら
市民と行政との協働が始まった
鷲尾:
私たちは「データ」というけれど、それは社会の現実的な状況を見える形にしているというものですよね。そして、そのデータを使って街の状況をどのように捉えて、どのように新しいストーリーを描くか、そのアイデアをみんなで持ち寄るということがもっとも大切な意義だと思うです。だからこそ、できる限り多くの人たちと一緒になって社会の状況を共有しあうことが必要になってくる。
長井:
「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」では、今は大学の工学部の学生さんを中心に参加してもらっていますが、本当はもっと広げたいんですよね。テック系だけじゃなくて、デザインやアートとか、文学系とか。幅広い分野の学生にもっと関わってもらいたいのですね。だから「ごちゃまぜ」がいいなって思いますね。いろいろな立場の人たちに関わってもらうことが、絶対必要だと思っています。
鷲尾:
そのためには、行政側で生活者の視点に立ってデータを整備したり、使いやすくする工夫ももっと求められるとは思います。データの量、質、そしてその扱いやすさなど。そのためにも、やはり使い手の視点から考える、ボトムアップの発想がとても大切です。
長井:
世界の国や都市の中には、一気にデータ社会に対応するべく舵を切るところもあると思うんですが、現実的には、やはり徐々に広がっていくと言う感じなんだと思います。
鷲尾:
それぞれの国の法制度や、地方自治の仕組みがあるわけですし。
長井:
ただ幸いなことに、「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」を含めて様々なトライアルを進めていくうちに、市民との新しい協働が生まれている事例も庁内で徐々に生まれてきているんです。
例えば、今回の「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」でも発表してくれた「アンビュランス・シミュレーター」。神戸大学の大学生が、消防局の救急出動データを元に、より迅速かつ効率的な救急搬送を実現する方法を提案してくれたプロジェクトなのですが、あの学生は、一昨年、昨年と優勝した学生だったんですね。彼のアイデアを見ていた消防局のスタッフが、アイデアを受け取って一緒に考えてみよう、いいアイデアじゃないかって、一緒に並走するようになっていきました。
鷲尾:
大学生と神戸市消防局の協働のアイデアなんですね。
長井:
はい、今、社会実装に向けて共同研究を行っています。
鷲尾:
それは素晴らしいですね。
新しいインサイトが多様な人々を結びつける
長井:
それに嬉しいのは、学生の方もどんどん見るからに成長していくんですよね。それがわかるんです。今年はメンターのような存在になって、後輩の子たちと一緒にプログラムをつくっていました。
神戸市側にもいい影響が生まれています。こうしたワークショップや外の人たちとの交流は新しい風が吹き込んでくれます。知見もノウハウも、全然役所とは違うところから持ってきてくれるし。少しずつですが、今庁舎内で気づき始めている人が増えてきている状況です。
鷲尾:
日本では、2016年(平成28年)に「官民データ活用推進基本法」が施行され、「データがヒトを豊かにする社会の実現」の推進がうたわれました。またこれは科学技術側からの提言として、サイバー空間やテクノロジーの積極的な利活用が新しい価値やサービスを生み出していくという「ソサエティ5.0」という日本独自の未来社会のコンセプトも打ち出されています。
こうしたことを具現化していくためにも、つまりこれからのデータ社会への移行を、生活者と生活圏にとっての新しい可能性にしていくためは何が必要でしょうか。
長井:
大切なのは「課題の共有」だと思うんです。自分たちを取り囲んでいる社会には、今自分たちにはこんな課題があるんだということを、立場を超えて共有しあうこと。そして、その上で、今自分には何ができるのか、それを改めて考えていくことなんだと思うんです。確かに、課題は大きすぎる。だけど自分たちの領域のことだけやっていればいいというわけではない。このオープンデータの取り組みが目指すことも、データ社会への移行を追い風にするにも、まずはそのことなんじゃないかなと思います。
鷲尾:
データとそれがもたらす新しい発見やインサイトが、立場を超えた人たちを結びつける。行政や民間、そして様々なバックグラウンドを持った人々が、専門領域や立場の枠を超えて課題を共有しあい、そしてそれぞれに可能なことを提供しあうこと。
長井:
はい、そうだと思います。
「セオリー・オブ・ワン」(「ひとつ」を「みんな」で共有する)
鷲尾:
欧米の都市でも自治体の中で、全員がすべて横連携して動いているわけではないんです。ただディレクターレベルで大きな課題を共有するミーティングを持っていたりする。そして、それぞれの担当部署の専門家たちが、その課題を共有した上で、個別に動いている。そうした縦と横。課題の共有と自律的な行動とが組み合わさっている。何より政策立案や事業実施を担う人たちは、博士号を持った人も多い専門家集団だったりします。
大きな課題を認識しながら、その中で次に何をやるべきかと思って個別に動くには、想像力が重要ですね。「共有」と「自律性」を結びつけるのは、想像性なんだと思います。
長井:
それは神戸市長もいつも言っている言葉ですね。職員に必要なのは「イマジネーション」だって。
鷲尾:
それは組織やチームのあり方、働き方にも具体的に表れていくと思うんです。そして、行政はこうした協働しあう未来社会の姿を、民間よりもどこよりも、まず一番真っ先に示していく役割があるのかもしれない。
長井:
バルセロナを見ていて感じるのは、やみくもに先端的なテクノロジーを使った実験をしているというよりも、そうした官民連携によってボトムアップ型で社会をより良くしていくのだという理想をはっきりと描きながら、着実に実験を続けている印象です。実験のための実験になってしまったら絶対ダメだと思う。そのヴィジョンや理想に近づけるための実験でないと。
鷲尾:
同感です。バルセロナで聞いたお話で僕が一番驚いたことは、オープンデータを推進するバルセロナ市の担当者の方が、データプライバシーのことに関してお話された言葉でした。
「今はもちろんたくさんの課題もあるし、できていないこともある。だけど、やり続けていくと、きっとその先には、みんなのために役立つのだったら自分の個人データを公開してもいいという市民が出てくるかもしれない。いつかそういう日が来るかもしれない、そのためにやり続けるんだ」とおっしっていたことでした。
とても難しいテーマにも関わらず、「やり続けた先には、きっとこういう社会になるかもしれないと思って、やっているのだ」というような物言いってなかなか言えないんじゃないかと思うんです。
行政って、やっぱり誰よりも勇気を持って未来に進む可能性を示す仕事なんだなって、その言葉を聞いて感じました。
長井:
バルセロナだって、完成された形というわけではないんです。もちろん最終系としては理想に近いと思いますが、できあがっているわけではない。でもそこに向かって進めていこうというヴィジョンがある。そのことがすごく大切なんだと思います。
神戸市もこの数年で大きく組織的にも変化があるかもしれません。この4月にできる「つなぐ課」もそんな変化の中で生まれた新しい組織です。横連携を推進していくことが役割です。データに限らず、市として個別に動いているプロジェクトをできる限り効果的に連携させていく役割です。バルセロナだけではないのですが、様々な交流やトライアルを行いながら、私たちも変わっていくのだと思います。
鷲尾:
「つなぐ課」、とてもいいですね。
先ほどのバルセロナ市の担当者の方が繰り返し述べられていた言葉が記憶に残っています。それは「セオリー・オブ・ワン」という言葉。みんなで「ひとつ」のデータを、できる限りいろんな角度から眺めることが重要だということ。データの話というよりも、僕は生き方や、働き方、そして文化の話なんだと持って聞いていました。「つなぐ課」の役割は、まさに「セオリー・オブ・ワン」ですね。とても期待しています。
バルセロナ市では地元の学校を対象にしたアウトリーチ活動も積極的に行っており、ボトムアップ・デモクラシーの推進に取り組んでいます。昨年11月にバルセロナ市で開催された「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」(バルセロナ・ラウンド)でプレゼンテーションを行った地元の公立学校に通う中高校生たちを指導してきたバルセロナ市Institut Ferran Tallada校の教師、デビッド・サンチェス(David Sanchez)先生にもお話をお伺いしました。
彼らにとって、都市を考えることはとても本質的なテーマなのです
鷲尾:
神戸市とバルセロナ市との「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」で生徒さんたちの発表を見させていただきました。彼らのプロジェクトは、バルセロナ市内の地区ごとの社会状況を明らかにするものでした。7つの指標を用いて、バルセロナ市内の地区ごとの社会的結束指数(ICS:Índex sintètic de cohesió social)を導き出し、データビジュアリゼーションによって示したものです。民族的な多様性、社会的な格差が生まれている状況などを含めて、非常に鋭く社会の状況を捉えていて、その問題意識の深さに驚きました。このプログラムに参加したのは、彼ら自身の発意からだったのでしょうか?
David Sanchez氏(以下、Sanchez):
そうです、自主的に。今、彼らは15,16歳でスペインの中等教育でいう第4学年です。普段は、スポーツや音楽、ゲームを楽しんでいるごく一般的な生徒たちです。授業の後、放課後に熱心に取り組んでいましたね。中等教育の4年目では、大学入試資格につながる教育プログラムを学びながら、そこから将来のためにいくつかの専門科目を選択する必要があります。その中で技術革新やビッグデータなどは重要な科目となっていますし、彼女たちにとっても大きな興味領域でした。
鷲尾:
取り組むべきテーマはどのようにして決めていったのでしょうか。
Sanchez:
プロジェクトには、バルセロナ市が提供しているデータセットを活用しましたが、彼らはすべてのデータセットを分析して、そしてそこから新しい視点を自ら導き出していきました。そしてグローバリゼーションとますます多様化していく社会のあり方について議論を始めていきました。
彼らにとって「都市」を考えることはとても本質的なテーマなのです。自分たちが暮らしているコミュニティのこと、そしてそこにある社会問題をテーマに選んだことはとても大切な成果だったと思います。
多様性が高まった社会は、必ずしも社会的な統合を良しとせず、不平等や格差を広げていくという現実があります。彼らはそのことを今自分たちが取り組むべきテーマとして選び出しました。
鷲尾:
バルセロナ市のこうしたオープンデータに関する取り組みについて、特に若い世代にとっての影響という点で、どのようにお感じになられていますか?
Sanchez:
バルセロナ市は積極的に健康、安全性、環境などに関わる市民にとって非常にデータを幅広く生成し公開しようとしています。こうした取り組みは行政の透明性を高めるという点でも非常に良い取り組みだと感じています。コンペティション、研究助成、教育機関への設備面での支援など、若者たちが自分たちが暮らしている街とその複雑性を理解するための重要なきっかけを提供しています。それは専門的な職業に就く可能性をも高めているとも感じています。
今回の「ワールド・データ・ビス・チャレンジ」のようなプロジェクトを通じて、都市計画への提案や参加性を促すことは、間違いなく明日の市民の民主的な精神を育てていくと思います。まだ学校では授業の内容が教育法によって厳しく縛られているところがありますので、こうしたプログラミングやデータ分析のプログラムを今後さらに組み込んでいけるかは、まだまだ検討していく必要があるのも確かですが。
鷲尾:
こうした取り組みに参加して、彼女たちの中に何か変化はあったと感じていらっしゃいますか?
Sanchez:
私たちが暮らしているカタロニア自治コミュニティでは、学生たちは独自の研究プロジェクトを自ら考えて実践しなくてはなりません。そのために学生たちは積極的にオープンデータを利用しようとしています。今回、最終的に彼らのプロジェクトは「スマートシティワールドエキスポ」などの国際会議では発表したり、バルセロナ市が行った「オープンデータチャレンジ」の優勝者にも選ばれました。こうした公の場で自分たちのテーマを発表できたことで、より逞ましく成長していっていると感じています。
プロフィール
長井 伸晃 (ながいのぶあき)
神戸市企画調整局政策企画部産学連携課 担当係長(2019年4月~ 企画調整局つなぐ課 特命係長)、神戸大学学術・産業イノベーション創造本部 非常勤講師。長田区保護課、行財政局給与課を経て、産学連携課担当係長として、ICTを活用した地域課題解決に取り組む。2019年4月からは、企画調整局つなぐ課の特命係長として、特定の政策課題に対し、市役所内外のハブとして、課題の実態リサーチにもとづき体系的にアプローチする体制を構築するため、日々組織の壁を越えて活動する。また、神戸で開催されるイベント「078」や「TEDxKobe」のスタッフとして、神戸から新しい文化やイノベーションを創出させるため、公私・業界問わず奔走する。