ライフコースのバラバラ化
大衆の時代は、多くの人の標準のライフコースを想定することができました。それは、夫婦と子どもふたりからなる世帯を「標準世帯」と呼んでいたことに端的に表れています。 自分と同じような生活をほかの人も行っているという認識をベースに、住宅や電化製品、自動車、保険などの購入についても、ほかの人を横目で確認しながら行うことが一般的でした。
しかし、こうした標準は、統計データをみると徐々に失われてきたことがわかります。例えば、「世帯類型ごとの世帯数割合」をみると、1975年には「夫婦と子ども世帯」が43%を占めるマジョリティでしたが、2015年には27%まで低下。一方、「単独世帯」「夫婦のみ世帯」「ひとり親と子ども世帯」の割合が高まり、世帯類型は多様化しています。
また、「第1子出産時の母親年齢の構成比」をみると、時代が下るごとに、親になる年齢がまちまちになっています。1975年には、25歳のピークに16%が集中し、22~27歳の6年間に7割以上の人が第1子を出産していました。しかし、2017年には、29歳のピークに8%しか集中しておらず、7割以上の人が第1子を出産するのは25~36歳の12年間と年齢幅が広がっています。
このように、家族や世帯に関するデータだけをみても、自分とほかの人が同じような生活をしている、という前提には立てなくなっていることがわかります。
嗜好のバラバラ化
映画館の興行実績データを例にして、生活者の嗜好の細分化をみてみましょう。映画館の年間のべ入場者数は、直近2017年には1.7億人ですが、ピークの1958年には 11.3億人にも達していました。当時の人口は9千万人ほどですから、年間ひとりあたり12回は映画館に行っていたことになります。これはヒット作ともなれば、誰でも知っているレベルでしょう。その後、1970年代には2億人を切り、横ばいのまま現在に至ります。同じものを[みんな]が観ているとは限らなくなったのです。そして、2012年以降は新たな段階に入ります。年間の公開本数が急激に増え、2017年には1187本となりました。1955〜2011年の平均649本の2倍近くです。ますます嗜好が細分化したことがわかります。
また、同じコンテンツ系では
と増加し、同様の傾向がみられます。
情報のバラバラ化
生活者が情報を受動的に受け取っていた時代は、多くの人が同じ情報を共有している傾向にありました。しかし、インターネットの普及は、個々人が自分だけに必要な情報を能動的に探すことを可能にしました。 「情報は自分で検索しながら手に入れたいと思う」という人が増え、「情報処理能力が高いほうだ」と自負する傾向も強まっています。一方で、「情報を人より早くとり入れるように心がけている」人は減少傾向です。生活者が思い思いに情報を集める時代には、「人より早く」という欲求が弱くなるからでしょう。
「人は人」前提の[みんな]へ
以上でみてきたように、人びとのライフコースがバラバラで、嗜好がバラバラで、情報がバラバラであることは、もはや誰の目にも明らかです。生活者が大きな前提として、「人は人」であり自分と同じではないという認識に立ったとき、[みんな]という概念は質を変えていかざるを得ないでしょう。
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