有識者インタビュー

関連する問い:
あなたの家族はどこまでですか? あなたの家族は
どこまでですか?

個人のライフスタイルの
多様化に合わせて
「家族」の在り方も多様化していく

杉山 文野

トランスジェンダー活動家

「3人で親になる」ことの実際のところ

僕はトランスジェンダーで、女の子の身体で生まれましたが、物心ついたときには自分を「僕」だと思っていました。
パートナーの彼女との間に子どもを持つことは無理だと諦めていましたが、実際に子育てをしているトランスジェンダーの男性にお会いしたことがきっかけで、「僕にも子どもが持てるかもしれない」と考えるようになりました。彼女といろいろ相談した結果、ゲイである僕の友人のゴンちゃんから精子提供を受け、彼女が体外受精で妊娠・出産して2人の子どもを授かりました。今のところ上は3歳の女の子、下は1歳の男の子で、元気に楽しくやっています。

家では僕とパートナーと子どもたち2人が同居しています。同じ建物の別の階に僕の両親も同居しています。ゴンちゃんは定期的にうちに来て、週に2回保育園のお迎えに行き、土日のどちらかで半日公園に連れていくルーティンで子育てに関わっています。基本は子どもと一緒に住んでいる人間が中心になって子育てをしています。
実際に3人で子育てして良かったことは、大人の手が多いということ。親が3人ともなるとおじいちゃんおばあちゃんが6人いるので子どものお年玉が多いなんてこともあります(笑)。
養育費も3人で分担しています。誰かがアクシデントで働けなくなるかもしれないですから、関わる大人が多い方が安定することは純粋に利点です。
一方で、3人で子育てをすると情報共有が大変です。ただでさえ彼女との間でもいろいろと「言った、言わない」がありますから、3人で情報共有するのはもっと大変です。僕と彼女は一緒に暮らしているので日常会話の中で共有できますが、はじめの頃は「あれ? これはゴンちゃんに言ったっけ?」みたいなことも多く、例えば子どもの保育園の入園式の日程を伝えていなかったなんてこともありました。
「3人でオンライン上でカレンダーを共有したらいい」みたいに思うかもしれません。でも、僕と彼女はパートナーとしてすべてのスケジュールを共有していますが、ゴンちゃんにまで僕たちのプライベートをすべて共有するのはちょっとまた違うという感覚もあって……。これはAIなどのテクノロジーで解決できる問題でもないと思います。
その結果、情報伝達が漏れてしまうことはありますが、悪意をもって教えないわけではないので、しょうがない部分がある。ですから「コミュニケーションを大事にしよう」という方向性は、お互いが共有しています。

生活の中で、
「家族」へのイメージが変わっていった

僕たちは決して、「これが新しい家族の形なんだ」と思って勇み立って、この形になったわけではありません。子どもが欲しいと思ったときに、現実的に考えていってとれた手段がたまたまこれだった、というぐらいのことです。これからどうなっていくのか僕たちにもわからないのですが、とにかく子どもたちはおかげさまで楽しく元気にやっています。
はじめの頃、「家族」という言葉には「血のつながり」のようなイメージがあり、自分たちの関係はもう少し広い意味でのつながりのように感じたので、カタカナの「ファミリー」という言葉の方が自分の中でしっくりきていました。
しかし生活をしていく中で、いわゆる「家族」とは血のつながりや法的なつながりだけではない、という実感ができてきて、逆に「家族」という言葉のイメージが変わってきました。ですから今は「うちの家族です」と自然に言葉が出てくるようにもなっていますし、「ファミリーです」と言うこともあります。
子どもの人権を専門にされている弁護士さんに相談したときに、「子どもにとっては血のつながりや法的な関係性は関係なく、目の前にいる大人が自分に真剣に関わってくれるかが大事なんだ。関わる大人が多くて困ることはない」と言ってもらえました。
それで自分たちも安心できましたし、血や法的なつながりがなければ子どもたちの大切な大人として関われないかというと、そんなことは絶対ないと確信しています。

杉山さん(左)、パートナー(右)、ゴンちゃん(中央)、子供たち

お互いの「こうありたい」を
尊重できる社会へ

上の女の子と水着を買いに行ったときに、ピンクのかわいい水着を持ってきたことがありました。一方でその水着を買った直後に、「これ欲しい」とショベルカーのおもちゃを持ってきたんですね。
実は水着を持ってきた時点では、僕は「やっぱり女の子ってこういうのが好きなのか。「いかにも女子」みたいな感じで僕はあまり好きじゃないなぁ。苦笑」
と思ってしまったんですが、次にショベルカーを持ってきたのを見て、「そうか。男か女かは関係なくて、『好きなものは好き』っていうだけなんだ」と思い直したんです。
これはLGBTQや家族の話だけに拘わらず、すべてに通じる話ですよね。「こうあるべき」を押し付けあうのではなくて、「こうありたい」をお互いを応援できるような関係性になれると、個人にとっても社会にとっても幸せだと思います。
相手の「こうありたい」を尊重できるようになると、自分の感情や、「こうありたい」という姿を素直に表現できるようになる。そういうポジティブな循環が生まれてきたらいいなと、僕は思います。
お互いがお互いを認めあっていく社会になる上では「可視化」が重要です。
2015年に渋谷区、世田谷区で同性パートナーシップ制度がスタートしましたが、この一番の貢献は、それまでは社会の前提が「そういう人たちがいない」を基本としてつくられていたところから、「そういう人たちもいる」へと前提条件が覆ったことです。LGBTQを取り巻く状況は、あそこで大きく風向きが変わりました。
一方で日本は、法整備の面では先進国で最も遅れています。差別禁止法もできなければ婚姻の平等も実現していない。つまり「そういう人たちがいない」という前提でつくられたルールのままで運用しているわけです。この現状が変わらないと次のステージには行けません。
法律を決めるのは政治家ですが、その政治家は民意によって動きます。世間に対するLGBTQの「存在の可視化」は進んだので、次は「課題の可視化」、そして具体的な解決へとつなげていきたいです。

テクノロジーが「家族の形」を変えていく

テクノロジーの発展は、家族の形を変えていくと感じています。これまでは効率を重視するために多様性が切り捨てられていましたが、テクノロジーの発展によって効率の重視と多様性の尊重を両立できるようになるからです。
例えば昔はテレビのチャンネルが限られていましたが、今はYouTubeのチャンネルが無限にあります。実際僕も10代の子たちに「昨日観たYouTubeを教えて」って聞いたら、その場にいた全員が違うチャンネルを答えたことがありました。それくらい個人に合わせて好きなものがどんどん提案される世の中になっています。
同じように家族についても、以前は「お父さんがいて、お母さんがいて、子どもがいて」みたいにみんなが同じ「家族の形」を想像していましたが、これからは同じ「家族の形」を想像できることの方が少なくなっていく。きっと形にとらわれないで、個々人にとって居心地のいい関係性の「家族」を、自分の好きな人たちとつくっていくのだと思います。
そのときに結婚という制度を使いたい人もいれば、人工子宮で産んでひとりで子育てしたい人もいる。たくさんの人と一緒に子育てをする人もいれば、使えるテクノロジーはすべて使って子育てをアウトソーシングする人もいるでしょう。
これは決して伝統的な家族観の否定ではないということだけはしっかりとお伝えしたいと思います。伝統的な家族観も大事だし、でもそれ以外の家族も素敵だよね、と選択肢が増えることが大事だと思います。テクノロジーの発展に伴って個人がもっと尊重されるようになり、個人のライフスタイルの多様化に合わせて家族の在り方も多様化していくという流れは、必然なのだと思います。

1981年東京都生まれ。トランスジェンダー。フェンシング元女子日本代表。一般企業に約3年勤めた後に独立。講演活動などLGBTQの啓蒙活動を行う。渋谷区・同性パートナーシップ制度制定にも関わり、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員やNPO法人東京レインボープライド共同代表理事を務める。2021年より公益財団法人日本オリンピック委員会理事も兼任。著書に『ダブルハッピネス』(講談社、2006年)『元女子高生、パパになる』(文藝春秋、2020年) など。

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