「シティOS」で市民に還元。バルセロナが本当にスマートな理由
こちらは、Forbes JAPANからの転載記事です。
博報堂生活総合研究所「生活圏2050プロジェクト」刊行の『CITY BY ALL ~ 生きる場所をともにつくる』は、人口減少や少子高齢化、気候変動、社会的格差の拡大など、様々な社会変化や危機に対して、新たな適応策を生み出そうとする国内・海外の都市をフィールドワークしたレポートだ。
社会的変化を乗り越え、持続可能な社会をつくるための創造力とは何か? 第一回は、「バルセロナ」編。(第二回はこちら)
「欧州イノベーション首都」のタイトル獲得
スペイン北東部、カタルーニャ自治州の州都・バルセロナ市。ユーロ圏第4位の経済大国であるスペインにおいて、バルセロナ市は首都マドリードに次ぐ国内第2の都市である。
海と山に囲まれた豊かな自然環境、そして建築、美術、デザイン、食など多彩な文化的魅力を備えた世界的な観光地であり、近年は「World Mobile Congress」や「Smart City Expo」のような世界的なイベントの中心地であることから、デジタル系スタートアップも拡大している。
また今、その独自の「スマートシティ」政策に対して、日本や世界各地から高い注目が集まっている。
「スマートシティ」とはさまざまな行政サービスに積極的にテクノロジーを取り入れ、市民の生活の質の向上を目指す都市マネージメントの方法論であり、またそれを生かして持続的な社会の実現を目指す都市の総称である。
バルセロナは、2014年に「欧州イノベーション首都」(European Capital of Innovation)に選ばれた。これは「革新的なソリューションを通して市民生活を改善した自治体」を評価するEUの制度で、バルセロナはそのタイトルを獲得したヨーロッパ最初の都市となった。
駐車場、街路灯、公共交通、ゴミ収集など、さまざまな行政サービスに積極的にICT(情報通信技術)を取り入れ、大気、騒音、水質、気温といった生活環境をリアルタイムに捉えることで、市民の生活の質の向上を目指す。そのバルセロナの先駆的な都市マネジメントの手法が評価された結果である。
以降、「スマートシティ」を目指すフロントランナーとして、バルセロナは世界的に大きな注目を集めてきた。
しかし翌2015年、バルセロナ市はこれまでのスマートシティ政策の成果に一定の評価を与えたうえで、その政策方針を大きく見直している。事実上「スマートシティ部門」は廃止され、新たに「バルセロナ・デジタルシティ」(Barcelona Digital City)計画をスタートさせたのだ。
「バルセロナ・デジタル・シティ」計画では、それ以前の、先端技術を都市インフラに取り入れる「社会実装」の段階から、市民が新しいテクノロジーの可能性を活かし、都市をより良くするための新たなアイデアを自ら主体的に考え実現していく、そんな「真に民主的な都市」(デモクラティック・シティ)の実現へと進めることが目標とされた。
つまり、「テクノロジー」主導から、「市民」主導のスマートシティへのアップデートである。
確かに、これまでの「スマートシティ」政策では、都市インフラの整備と行政の効率化においての成果は生まれていたが、その一方で、スペイン国外の大手テクノロジー企業によるパブリックデータ独占の問題、またそこに膨大なコストがかかるという側面も指摘されていた。2015年に就任したコラウ現市長は、市民による自治とその進化を目指す方針を打ち出した。
市民から得たデータは市民に還元する
「バルセロナ・デジタル・シティ」計画では、バルセロナ市の「技術的な主権」を確立する方針が明らかにされた。
市民生活に関する様々な情報やデータは、市民に属するものであり、市民に還元すべきものである。こうした理念に基づき、バルセロナ市では都市のリアルタイムデータを一元管理する統合プラットフォームと、それらを市民に公開するウェブポータル「City OS」の整備が進められた。いわゆる「オープンデータ・ガバナンス」の取り組みである。
バルセロナ市は、こうしたデータを公開するためのプロトコルやルールづくりも進めている。
都市の変化や状況をデータを通して市民に明らかにし、行政の政策決定のプロセスを透明化することで、行政と市民との間に信頼感を醸成すること、そして、都市の運営に市民が主体的に参加できる環境を育てることがその大きな目的である。
また、行政内部においても、都市に関する様々なデータを部署の垣根を超えて共有しあうことで、担当者間の新たな協働や連携を生み、より質の高い公共サービスを実現しようとする狙いも含まれている。
市民参加型プラットフォーム「デシディム」
さらに、こうしたオープン・データの利用などを通し、市民自らが課題を発見・共有し新たな政策を提案するためのオンライン参加型プラットフォーム「デシディム」(Decidim)の運用も始まった。
交通渋滞や大気汚染、環境の悪化、社会的格差といった都市が抱えている課題は、決してインフラの効率化だけで解消されるものではない。市民の参加、行政との協働、お互いの関係を豊かにしていくことに解決の糸口があるという考えによって、この「デシディム」はつくられた。
2016年から2019年の3年間で、すでに市民の70%が登録しており、9000以上の市民からの新たな政策提案が集まっている。
しかし重要なことは、こうした市民参加の機会はオンラインだけが重視されているわけではないという点だ。
バルセロナ市では、「デシディム」のようなオンライン・プラットフォームを行政自らが開発し公開すると同時に、年間100回以上ものリアル(オフライン)の市民ミーティングも積極的に実施している。オンライン活用に慣れている市民だけを対象とするのではなく、むしろ苦手な人をも励まし、出来る限り誰をも取りこぼすことなく、広く市民の参加を促すことで、「市民」主体の社会の実現が目指されている。
また、直接的な対話を通して、何がいま社会課題なのか、その論点を明らかにして議論を重ねる方が、結果的により効果的な政策立案が可能になるという合理的な判断もある。
都市の状況をデータを通して客観的に明らかにすること、そして同時に市民同士、市民と行政との対話の場を重視すること、その両輪によって「バルセロナ・デジタルシティ」計画が目的とする「真に民主的な都市」づくりが目指されている。
都市の担い手を育てる教育を。フェラン・タラダ校の場合
都市の担い手を育てること。「バルセロナ・デジタルシティ」計画では、その一貫として、特に若者を対象とするアウトリーチ活動も重要視している。
2018年からスタートした「バルセロナ・オープンデータ・チャレンジ」(Barcelona Dades Obertes Challenge)はそのひとつで、バルセロナ市が公開しているオープンデータをもとに社会の課題を見つけ出し、その解決策を生み出すことを狙いとするコンペティションである。
地元の公立学校、フェラン・タラダ校(Institut Ferran Tallada)は、2018年の参加校のひとつ。この学校に通う15〜16歳の男女グループ(スペインの中等教育システムの第4学年)が取り組んだのは、バルセロナ市内の地区ごとの住民の多様性を明らかにするというものだった。
彼らは、バルセロナ市のオープンデータをもとに、7つの指標を使って地区ごとの「社会的結束指数」(ICS: Índexsin-tèticdecohesiósocial)を導き出し、データの可視化を行った。民族的多様性や社会的格差が生まれている状況などを含め、鋭く社会の状況を捉えたこの取り組みは、見事に初年度のコンペティションの大賞として選ばれた。
「普段はスポーツや音楽、ゲームを楽しんでいるごく一般的な生徒たちです。放課後に熱心に取り組んでいましたね。中等教育の4年目では、大学入試資格につながる教育プログラムを学びながら、将来のためにいくつかの専門科目を選択する必要があります。その中で技術革新やビッグデータなどを扱う科目は重要ですし、彼ら自身が大きな興味を持つ領域でした」(デビッド・サンチェス氏/ フェラン・タラダ校教師)
デビッド・サンチェス氏は、バルセロナ市が積極的に健康、安全性、環境など市民の日常生活に関わるデータを幅広く生成し公開していること、そしてその透明性の高い行政運営を高く評価している。若者たち自身が暮らす都市とその複雑性を理解するための重要なきっかけを提供するとともに、彼らがそれぞれの専門性を活かした仕事を持ち、自分自身の関心に相応しい職業を見出していくためにも有益だと考えている。
「まだ若い彼らにとって、『都市を考えること』はとても本質的なテーマです。多様性が進んだ社会は、不平等や格差を広げていくという現実があります。彼らはそのことを、今自分たちが取り組むべきテーマとして選び出しました。それは『自分たちの町は自分たちで変えられる』という感覚を育むことにつながります」(サンチェス氏)
市民とともに、社会的格差の是正、経済的な正義、男女の平等、生活環境の改善など、誰にとっても暮らしやすい「社会の質」が高い都市を目指す。「テクノロジー・ファースト」から「ピープル・ファースト」(市民中心)へ。
それが、バルセロナ市が描いた「スマートシティを超える」(Beyond The Smart City)の都市の姿である。