呼び方にまつわる思い込み

世間の常識はもう古い? 「呼び方」にまつわる思い込みと実態

2026.06.15

2026 6 月号

「親のことはこう呼ぶのが当たり前」「夫婦になったらこう呼び合うのが普通」。そんな、自分の中の「常識」が、実はただの思い込みだったとしたら?

博報堂生活総合研究所が1994年に調査を実施し、1995年に発行した『呼び方調査』のレポートでは、人びとの呼び方にまつわる様々な「思い込み」がデータによって覆される様子が描かれていました。あれから約30年。時代は平成から令和へと移り変わり、私たちの価値観はさらに変貌を遂げています。かつて「当たり前」とされていた常識は、現代の私たちにとっても依然としてリアルな実態なのでしょうか? それとも、時代遅れの「思い込み」に変わってしまったのでしょうか。

今回、2026年4月に実施した最新の調査結果から、1995年当時から語り継がれる3つの「思い込み」を取り上げ、その真偽と現代の実態との乖離を浮き彫りにしてみましょう。

思い込み①「男は大人になったら、親の呼び方を変えるものだ」

この言説は、長らく日本社会における一種の “大人の男への通過儀礼”のように語られてきました。しかし、約30年の時を経て、その実態は変化しています。1995年当時のレポートでは、「男は大人になったら親を『おやじ・おふくろ』と呼ぶものだ」という思い込みが検証されています。当時は、過半数(56.7%)の男性が父親、母親ともに「呼び方の切り替え」を経験していました。

呼び方にまつわる思い込み

ところが、2026年の最新データを見ると、大人になってから親への呼び方を「変えた」男性は、父親に対して29.6%、母親に対して30.1%にとどまっています。逆に、子どもの頃からの呼び方が「現在も同じ」と回答した男性が約7割(父親に対して70.4% 、母親に対して69.9% )に達しているのです。

また、1994年の調査では、子どもの頃に「お母さん」と呼んでいた男性のうち約半数(47.3%)が大人になってから呼び方を変えており、その移行先の半数以上(52.3%)が「おふくろ」を選んでいました。子どもの頃に「お母さん」と呼んでいた男性にとって、「おふくろ」への移行は進むべくポピュラーな道だったのです。

呼び方にまつわる思い込み

しかし、2026年現在、そもそも「お母さん」から呼び方を変える男性自体が20.9%へと激減しています。さらに、呼び方を変えたそのわずかな層においても、移行先として「おふくろ」を選ぶ人は33.0%にとどまりました。かつてレポートが指摘した「大人になるにつれて照れくさくなり、最終的に『おふくろ』に落ち着く」というルートは、現代の男性にとって極めて少数派の選択肢となっていることがわかります。

呼び方にまつわる思い込み

また、子どもの頃に「ママ」と呼んでいた男性のデータをみても、大人になってから呼びかけ方を変える割合は1994年の85.0%から、2026年には62.2%へと減少しています。子どもの頃の呼び方がどうであれ、大人になったからといってあえて呼び方を変える男性自体が、全体的に減っているようです。

親子の距離感がかつてより心理的に近くなり、あえて距離を置く呼び方を選ぶ必要がなくなったのかもしれません。

思い込み②「子どもができたら、夫婦はお互いを『お父さん・お母さん』と呼ぶようになる」

子どもが生まれたら、夫婦は「男と女」から「父と母」になる。だから呼び方も変わるはずだ。 1994年の調査では、夫が妻を「お母さん・ママ」と呼ぶ割合が44.9%で堂々の1位でした。

呼び方にまつわる思い込み

さらに顕著だったのは妻から夫への呼び方で、妻が夫を「お父さん・パパ」と呼ぶ割合は60.0%にも達し、名前ベース(名前呼び捨て、名前+ちゃん・さん等)で呼ぶ割合はわずか15.3%でした。

呼び方にまつわる思い込み

当時の未婚女性は、夫婦が「お父さんとお母さん」という役割でくっついた存在であることに、結婚への夢を打ち砕かれていたと記されています。

呼び名にまつわる思い込み

ところが、2026年の夫婦はもっと個人を尊重しています。夫が妻を何と呼んでいるかというデータをみると、最も多いのは名前ベース(名前呼び捨て、名前+ちゃん・さん等)の67.4%で、次ぐ「お母さん・ママ」(22.9%)の約3倍となっています。

そして、妻が夫をどう呼んでいるかというデータでも、大きな変化がみられます。かつて60.0%を占めていた「パパ・お父さん」といった役割ベースの呼び方は、29.3%と半減しています。代わって、名前ベース(名前呼び捨て、名前+ちゃん・さん等)の呼び方は60.8%にのぼり、1994年の15.3%と比べて大幅に上昇しているのです。

「パパ・ママ」文化が子育てにおいて定着する一方で、夫婦間のコミュニケーションにおいては男女ともに役割に縛られず、「名前」で呼びあうという、かつての若者が夢見た「いつまでも男と女でいる夫婦」の実態が、30年の時を経て現実のものとなっているようです。家庭内において、お互いを「父親・母親」としてではなく、「対等な個」としてのパートナーであると再定義しはじめているともいえます。

思い込み③「女性の一人称は『わたし』か『あたし』、男性は『おれ』か『ぼく』」

最後に「自分の呼び方(一人称)」を見てみましょう。1994年の調査では、未婚女性が家族や友人の前で使う一人称は「あたし」が44.3%で最も多く、「わたし」の42.9%を上回っていました。一方で既婚女性になると実態は異なり、「わたし」が62.0%と主流で、「あたし」は28.7%にとどまっていました。当時は、若い世代を中心に「あたし」という言葉がポピュラーな一人称として定着していたことがわかります。

呼び方にまつわる思い込み

しかし2026年現在の実態をみてみると、未婚女性で「わたし」を使用する人は64.4%にのぼり、「あたし」を使う人は7.4%にとどまりました。さらに既婚女性でも「わたし」が75.8%と圧倒的になり、「あたし」はわずか8.9%にまで減少しています。1994年当時にみられた「未婚女性は『あたし』派が多い」という傾向は姿を消し、現在では結婚の有無にかかわらず、中立的な「わたし」が選ばれるようになっているのです。

呼び方にまつわる思い込み

一方、男性の場合はどうでしょうか。1994年の調査では、家族や友人の前で「おれ」を使う男性が圧倒的でした。未婚男性では86.0%、既婚男性でも65.4%が「おれ」を使用しており、「ぼく」(未婚男性:8.8%、既婚男性:17.8%)を大きく引き離して主流となっていました。当時の男性にとって、プライベートな場での一人称は「おれ」か、次点で「ぼく」のほぼ二択だったといえます。

呼び方にまつわる思い込み

しかし2026年現在、男性の一人称も多様化しています。今も「おれ」が最も多いものの、未婚男性で42.5%、既婚男性で46.7%となっており、1994年と比べるとその割合は大きく減少しました。また、「ぼく」を使用する割合も未婚男性で15.9%、既婚男性で13.7%にとどまっています。

呼び方にまつわる思い込み

代わりに注目すべきは、「わたし」という一人称の台頭です。「わたし」を使う男性が、未婚で19.1%、既婚で22.5 %に上っており、未婚、既婚ともに「ぼく」派を上回る勢力となっています。「男らしさ」を強調する一人称から解放され、より中立的な言葉を自然に選ぶようになっているのです。

さらに見逃せないのが、「その他」に含まれている「自分」を未婚男性の13.1%、既婚男性の9.0%が使用している点です。「おれ」ほどの強さがなく、「ぼく」ほどの幼さも感じさせない「自分」は、相手との間に適度な距離感を保ちつつ、対等にコミュニケーションを取りたい現代男性の心理を絶妙に捉えているのかもしれません。

呼び方は「関係性を映す鏡」―「立場」から「個」を尊重する時代へ

約30年前を振り返ると、夫婦間では「お父さん・お母さん」と役割で呼びあい、成人した男性は「おやじ・おふくろ」へ切り替えるのが当たり前とされるなど、大人の人間関係においては非常に保守的な価値観が残っていたことが読み取れます。しかし現在、私たちは性別や年齢、親としての役割、上下関係といった「立場」から自由になりつつあります。

一人称として「わたし」や「自分」を選ぶ男性が増えているように、フラットで中立的な「個人」としての関係性を築きはじめているのです。呼び方は、その時代の人間関係の質を映し出す鏡といえるのではないでしょうか。「立場」に縛られない新しい「呼び方」の広がりは、日本社会がよりお互いを「個」として尊重しあうフェーズへ進んだ証なのかもしれません。