博報堂生活総合研究所 みらい博2024 ひとりマグマ 「個」の時代の新・幸福論 博報堂生活総合研究所 みらい博2024 ひとりマグマ 「個」の時代の新・幸福論
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なるほど!
ひとり欲求を
開放する生活者

どうやらこれからは「ひとり」が、生活を色鮮やかにするカギになるようです。でも、人と一緒では体験できない、新しい「ひとり」の価値とは何なのでしょうか。ここは、時代を先取りして「ひとり」欲求を解放している熱い生活者たちに、その価値を教えてもらうことにしました。私たちもインタビューのたびに「なるほど!」と膝を打ってきた、その記録をお届けします。

みえてきた、
新しい「ひとり」の価値

「ひとり」には、人と一緒にいることを避ける価値と、「ひとり」でいることが積極的な意味をもたらす価値のふたつが存在します。ここでは後者の「ひとり」ならではの価値、新時代の価値をまとめました。私たちが「ひとり」欲求を解放する数々の生活者の話から教えてもらったものです。あなたも「ひとり」で何をしようか、考えてみたくなりませんか?

「ひとり」 だから

感受性が高まる

自然や食事、コンテンツといった対象を楽しむとき、誰かと一緒の場合は、対人コミュニケーションに意識の何割かを振り分けることになります。 「ひとり」の状況をつくり活用することで、感受性を研ぎ澄ませて対象に向け、すべてを味わい尽くすことを多くの生活者が実践しています。こうした「ひとり」の価値を享受することで、それまで感じられていなかった対象の魅力を発見することも可能になるでしょう。それは一般にイメージされるような「ひとり」だから気ままにのんびり対象に接する態度とも違う向きあい方です。

「ひとり」 だから

自分と向きあえる

日常のなかでは、誰かの期待やコミュニケーションに応え続けることになりがちですが、それは「誰かのための私」という役割に凝り固まってしまうことだと生活者も感じているようです。その状況からときどき離れ、「ひとり」の時間を活用することで、自分自身の考えや望みに自覚的になったり、自分の新しい側面を発見しようとする人たちがいました。そうして豊かになった自分で再び人と関係を結び直そうとするのです。もちろん、人づきあいに疲れて自分を休めるために「ひとり」になるということも変わらず重要です。しかし、自分と向きあえるということは、これとはまた違う新しい価値といえるでしょう。

「ひとり」 だから

好機を活かせる

人生のなかで、例えばある土地に住んでいる間にしか経験できないことや、希少なまとまった休みを最大限楽しむといった、今しかできないことを非常に大切にする人たちが、「ひとり」欲求を解放する生活者のなかにはいました。彼/彼女らはその機会に一緒に立ち会ってくれる人がいてももちろん良いのですが、「ひとり」の身軽さを活用することで、この好機を逃さず活かしきりたいというのです。そうした方々は、ほかの用事の間のわずかな時間でも、「ひとり」で有効活用する企画力が豊かで、人生が濃密になっている点も印象的でした。

「ひとり」 だから

想定外に出会える

他者を避けるためではなく、想定外の他者に出会うためにこそ「ひとり」という状況を活用するという生活者もいました。誰かと一緒のときは、その人との話に一生懸命で、知らない人が介在する余地が小さい場合があります。対して「ひとり」を活用すると、知らない土地や店で人に声をかけ、そこで一期一会の交流を楽しんだり、誰かを助けたり/助けられたり、あるいはその後も続く新しいネットワークを得たりできるというのです。また、人だけではなく、観光名所のような想定内のものではない、街の隅々の面白みを発見したり、偶然の出来事に出会ったりできるそうです。

これからの「ひとり」の
変化ベクトル

4つの価値を備えた新時代の「ひとり」には、これまでの「ひとり」とは異なる感触があります。では、新旧で比較するとどのような変化ベクトルがあるのでしょうか。

静のひとりから動のひとりへ

「ひとり」というと、どちらかといえば静的なおとなしいイメージを持つ人が多いでしょう。しかし、生活者の話からみえてきた価値を俯瞰すると、「ひとり」が動的な印象に変わるのではないでしょうか。
生活者は、「ひとり」を選択することで、対象への感受性を研ぎ澄ませて楽しみ、自分を深く知って新たな側面を発見し、好機をつかんで生活の瞬間瞬間を濃密にし、想定外の人や出来事に遭遇することで、人生をありきたりではない、よりダイナミックなものに変容させている。そんな様子がみえてきました。
「動のひとり」へと認識が転換する。これからの生活全般をも方向づけるキーワードといえるでしょう。
さらに、この「ひとり」の変化ベクトルをもう一段階、細分化すると、次のような成分が浮かび上がってきます。

「ひとり」は属性からモードへ

「ひとり」欲求を行動に移している人たちをみると、「ひとり」になること自体を目的にしているのではなく、「ひとり」の状況を手段として活用し、そうすることではじめて得られる価値を求めていることがわかります。
このとき、「ひとり」は恒常的というより、選択的なものになっています。「ひとり」をめぐる認識は、未婚や独居といった一貫した「属性」ではなく、そのときどきで動的に選べる「モード」へと変わっていくでしょう。

「ひとり」は閉じるから開くへ

インターネットやSNSの発達以降、人のフォロー関係や閲覧履歴に基づいて、その人の好みそうな情報が優先的にスクリーンに表示される時代になってきました。この影響としてよく言及される「フィルターバブル」という現象は、個々人が心地の良い情報の繭に包まれる一方で、自分とは違う考え方や、経験のないことがらに触れる機会を失っていくことを指しています。「ひとり」はこうした時代へのアンチテーゼにもなりうるのではないでしょうか。「ひとり」は自分の内に「閉じる」印象があると思いますが、「ひとり」を活用する人たちは、むしろ人との関係や世界への関心を想定の外に「開く」方に向かっています。これからはより多くの人にとって、「ひとり」は内輪にとどまらず経験を広めるツールとして認識されるようになっていくでしょう。

「ひとり」は弱さから強さへ

「ひとり」は弱いのか、強いのか?もうお見通しでしょうが、私たちは「ひとり」は「強さ」だと考えます。
「ひとり」を活用する生活者の特長のひとつは、いい意味での貪欲さです。それは、目の前の対象や、今という時機や場所、そして自分自身について、その魅力を引きだしきるという姿勢においての貪欲さです。一定の時間をかけてこうした活動を続け、自分の欲求や思考をきちんと把握した人はやはり強い。現代は他人が発する情報に取り囲まれた時代だからこそ逆に、「ひとり」は強さを意味するものへと変化していくでしょう。