研究レポート

『生活者の平成30年史』出版記念企画 Vol.4

【時東ぁみさんインタビュー】アイドル、防災士、チャリティ……。いろいろな活動で、たくさんの人を笑顔にしたい──「アイドル」の平成30年史

インタビュアーの夏山研究員とマルチタレント 時東ぁみさん

生活者の平成30年史』出版記念企画のVol.4は平成が始まる2年前(昭和62年・1987年)にご誕生、平成半ば(平成17年・2005年)にデビューし、アイドルとして一世を風靡した時東ぁみ(ときとう あみ)さんのインタビューです。現在はアイドル活動のほか、防災士の資格を活かした仕事や、チャリティなど幅広くご活躍中の時東さん。平成とともに歩んできた時東さんの歴史を通じて、アイドル像の変化を振り返ります。


昔は、みんなが好きな人を好きになる時代だった

──時東さんのお生まれは1987年ですよね。平成元年が1989年なので、時東さんのこれまでの人生は、ほぼすっぽり平成に収まっているわけですが、子どもの頃はどんなタレントさんやアイドル、芸能人の方がお好きでしたか。

時東:5歳上にお姉ちゃんがいるんですが、その影響で、小さな頃からSMAPさんが好きでしたね。あと、モーニング娘。さんや松浦亜弥さんは中学生の頃に聴いていました。当時、アイドルの曲はみんなが聴く曲でした。カラオケに行って、みんなで歌ってました。

──ちなみに、SMAPのデビューが1991年、モーニング娘。のデビューが1997年です。

時東:私が4歳の時と10歳の時ですね。中学生ぐらいになるとRIP SLYMEさんとかケツメイシさん、ORANGE RANGEさんとか、ヒップホップ系の人たちがたくさん出てきて、好きでしたね。この時の曲が私の青春です。
あと、衝撃的だったのは宇多田ヒカルさんでした。うちの姉と同い年で身近な存在なのに、英語の発音も流暢で、すごく新しい音楽だと感じたのを覚えています。高校に入ると比較的自由な学校だったので、スピーカーを持って行って好きな曲をみんなで聴いていました。

──今は価値観が多様化した分、ファンも細分化していますが、時東さんのお話にあるように、以前は時代を代表するアイドルやアーティストがいましたよね。

時東:私の学生時代は、みんなが好きな音楽で溢れていました。自分だけが好きな人を見つけるというよりは、みんなが好きな人、みんなが知っているものが好きということが多かった気がします。今は「もっとコアなものを知ってなきゃ」と考える若い人たちが増えてきているように思います。

体育大を出て、人を助けたいと思っていた

──芸能界に入る前はどんな将来を思い描いていましたか。

時東:私は小さい頃からスポーツが大好きで、3歳(1990年)から12歳(1999年)までモダンバレエ、中学入学(2000年)から高校卒業(2005年)までバスケットボールをやっていたので、体育大学に入りたいと思っていました。実際に、日本体育大学と日本女子体育大学のオープンキャンパスにも行ったんですよ。

──なぜ、体育大学に入りたいと思ったんですか。

時東:お年寄りや身体の不自由な方にスポーツを教える人になりたいと思っていたんです。元々、私は「お年寄りや障害のある方がいたら、助けなさい」というお父さんの教えのもと、小学生の頃からボランティアでごみ拾いをやったり、デイ・ホームにいってお年寄りのお手伝いをしてました。そして、中学生ぐらいだったかな、父の勧めで乙武洋匡さんの著書『五体不満足』を読んだんですが、そのなかに「障害は個性だ」と書いてあって……。それを知った上でパラリンピックの車椅子バスケなどの映像を見て、選手の方々の凄さにも気づきました。私にとって人を助けられることのひとつにスポーツがあったので、体育大に入って、人の助けになりたいと思ったんです。

──では、芸能界に入ったのはご自分の意志ではなかったということですか。「ミスマガジン2005 つんく♂賞」を受賞して18歳でデビューされたんですよね。

時東:親友が読者モデルをしていて、そこの事務所の人が私の写真を撮って「ミスマガジン」に応募したんです。
書類審査のあとで映像審査があるというので、よくわからないままコンテストを主催していた講談社に連れていかれました。会議室には関係者と私とカメラが一台だけ。「今から好きな歌をアカペラで歌ってください」と突然言われたので、EXILEさんの曲を歌わせていただきました。ほかの子はみんな、つんく♂さんが「ミスマガジン」の審査員だと知っていたので、つんく♂さんがプロデュースしていたハロー!プロジェクトさんの歌だったんです。私は何も知らなかったので、1万6千人のなかで一人だけ男性の歌を歌っていた……と、後になって聞かされました(笑)。そして、コンテストに自分が出ていると知った時には、すでにベスト16に入っていました(笑)。

──それで、逆にいい意味で目立ってしまったということですね。

時東:そうかもしれませんね。あとは、他にも知らず知らずのうちに目立っていたのかなぁ~と思うこともあって……。その頃、「頭がよく見えるんじゃない?」ということで学校で伊達メガネが流行ってて、私もよくかけていました。オーディションにも、たまたま伊達メガネをかけていってたとか、「おでこを出してみて」と言われて、恥ずかしがりもせずにものすごく笑いながら、おでこを出したりとか、絶対にグランプリをとるといった気負いがないとか、ほかの子と違うところがあったから注目されたのかもしれません。

自分からもっといろいろなことにチャレンジしようと思った

──2005年、時東さんのデビュー当時のことを教えてください。

時東:デビューで私の人生は大きく変わりました。私はバイト感覚だったのに、事務所の人に「体育大学を諦めてくれ」と言われた時、夢を閉ざされた、挫折したと思いました。そこから、自分はどうなるんだろう?と思う間もなく、働きました。それまで自由な学校で緩かったのが、厳しく育てられました。髪型、衣装、それに眼鏡まで事務所の大人たちに決められて、27時間ミュージックビデオの撮影をしたりとか。今じゃ考えられませんけど(笑)。そうこうするうちに、AKB48さんの活動が始まって、そこからグループのアイドルが一気に増えていきました。正直、私はグループで活動している人たちをすごくうらやましいと思ってました。私はソロだったので、たとえ体調が悪くても一人ですべてを背負わなければならなかったからです。

でも今思えば、ソロのアイドルとしてつんく♂さんに接することができたことは、とてもよかったと感じています。プロデュースの方法を身近で学ばせていただいたことは、のちのライブの構成づくりやチャリティイベントのプロデュースに活きることになりましたから。

──デビュー2年目の2007年、20歳の時に超ご多忙にも関わらず、防災士の資格を取得されていますね。何かきっかけがあったんでしょうか。

時東:事務所の人から体育大を出て、人を助けたいという夢の話がつんく♂さんに伝わったんです。そして、突然、つんく♂さんに呼ばれて、「ボランティアとか人を助けるのが好きなんだったら、こんな資格もあるぞ」って教えてもらったのが、防災士でした。

──その資格がのちに「時東ぁみの危機耳ラジオ~その時のために~」などの防災関連のラジオ・パーソナリティのお仕事や防災イベントへのご出演につながっていくわけですね。2009年、22歳の時にはメガネのデザイン・プロデュースも始められましたよね。

時東:ちょうど防災士の資格を取った頃だったと思いますが、事務所の社長に呼ばれて「こちらから与えた仕事をすべてこなせるようになったことはわかっている。よくやっていると思う。でも、与えられる仕事以上のことをやろうと考えたことはあるか?」と言われたんです。その時、「ああ、私、平均点しか取れていないんだ」と思いました。言われたことしかやっていない、それじゃダメなんだって。それで、自分からもっといろいろなことにチャレンジしようと思ったんです。ちょうど同じ頃にSNSが普及し始めて、直接世の中にメッセージを発信できるようになったことも大きかったですね。

子どもたち向けの防災イベントでの様子

人から選ばれるアイドルから自分で手をあげるアイドルへ

──SNSの歴史でいうと、FacebookとTwitterが日本に上陸したのが2008年。iPhoneの発売も同じ年でした。

時東:SNSが普及したことで、私のようにアイドル以外の活動に幅を広げる人だけでなく、事務所に属さず個人で動くアイドルも増え始めましたよね。
80年代、90年代のアイドルは手の届かない存在で、レベルもかなり高かったように思います。グループじゃなくて一人だったから、事務所もしっかり教育しやすかったし、仕事も情報発信もすべて事務所がマネージメントしていたんではないでしょうか。それが2009年頃から、状況が変わり始めたように思います。例えば、アイドルがSNSで情報発信をするなど、自分で動くようになりました。

また、アイドルへのなり方も「人に選ばれるアイドルから、自分で手をあげるアイドル」へと変わりました。かつてのアイドルは、「スター誕生」などのオーディションで合格した人で、他の人やファンが「この人はアイドル」と思う人でした。今のアイドルは、オーディションに合格しなくても、「私、アイドルです」と自分で宣言しちゃえば、アイドルとして活動できる時代になったのでは……と思います。

──いわゆる「地下アイドル」と呼ばれる人たちですね。

時東:地下アイドルの皆さんは、SNSを使って自由に活動できる反面、方向性を見失ってしまうケースも多いようです。私は若い頃にブログなどもすべて事務所の人にチェックしてもらって、言葉遣いなどを教えてもらいました。それがあったから、今に至るまで一度もネットで炎上せずにすんでいるんだと思います。でも、地下アイドルの子たちは、SNSの使い方を教えてもらえるわけではないし、自分をプロデュースする方法を学ぶ機会もほとんどないようです。そのような話を聞くと、私は恵まれていたんだなぁ~と感じます。

現在、私は若いアイドルのみなさんと番組をつくっています。こうした仕事を通じて、私が学ばせてもらったことを今のアイドルさんたちに伝えられたら、と思っています。

──時東さんは複数のアカウントを使い分けるなど、うまくSNSを活用していますよね。

時東:公式アカウント以外に、防災士や、チャリティなどのアカウントを持っています。あえて分けているのは、例えばグラビアのお仕事のお知らせとチャリティ活動の情報を同じアカウントで発信してくのは、見る人にとってもわかりにくいし、私がメッセージを届けたい相手も異なるからです。

SNSが便利なのは、アカウントを使い分けることで、自分の活動のスイッチを切り替えられる点にあると私は考えています。昔だったら、アイドル以外のことをしたいんだったら、アイドルを辞めて、次は女優という感じでしたが、今は並行していろんな顔を持てます。
アイドルとして歌って踊っている時の自分、防災士の仕事をしている自分、チャリティをやっている自分……。その時々の時東ぁみになれるし、昔からのファンの皆さんとも、チャリティをサポートしてくださる方ともそれぞれにつながっていくことができる。それがSNSの大きなメリットじゃないでしょうか。

人の温かさは、その時・その場でしか体験できない

──チャリティを始めたのは、ベトナムでのライブがきっかけだそうですね。

時東:2012年にベトナムのホイヤンというところで初の海外ライブをやらせていただいたのですが、まったく盛り上がらなかったんです。お客さんは日本のアイドルをどう見たらいいのかわからない。私もまったくお客さんに寄り添うことができていなかった。そんなライブでした……。

それがすごく悔しくて、恥ずかしくて、どこかで巻き返さなければならないと思っていたところ、日本で開催されるベトナムフェスに出演することが決まって、ベトナム語を急いで勉強しました。そして、挨拶と自己紹介をベトナム語でやったら、お客さんの反応がとてもよかったんです。

その後、ベトナム語の教科書を読んで必死に勉強して、次のホーチミンのライブではMCをすべてベトナム語でやりました。お客さんもすごく盛り上がってくれて、前の失敗をようやく挽回できたと思いました。

でも、その時に現地のスタッフからこんなことを言われたんです。「ホーチミンは都会で、今日のライブに来た人は裕福な人たちなんだよ。田舎には、ベトナム語が書けない人も、学校に行けない人もたくさんいるんだよ」──。それを聞いて、その人たちの力になりたいと思ったのがチャリティ活動を始めるきっかけでした。2016年にチャリティ団体を立ち上げて、ベトナムの皆さんにいろいろなものを送ったりする活動を続けています。

ベトナムのチャリティ活動の様子

──平成は、消費の軸が「モノ」から「コト」、そして「トキ」(生活総研によるキーワード「同じ志向を持っている人と、その時・その場でしか味わえない盛り上がりを楽しむために行動したり、お金を使ったりすること」)へ移った時代だと言われています。時東さんのライブやチャリティイベントに多くのファンが足を運ぶのも、その時・その場を一緒に体験したいという思いがあるからだと思います。

時東:これもつんく♂さんから教えてもらったことなのですが、ライブやイベントにお客さんが来てくれるということは、いろいろな選択肢があるなかで「この時間」を選んでくれたということなんですよね。だから、その時・その場に何かを提供しようとする人は、本当に楽しくて感動してもらえる体験を提供できなければならないと思うんです。それができないアイドルやアーティストは、生き残っていくのが大変な時代になってきたんだとも感じます。

──インターネットがあれば、音楽も聴けるし、映画も観られるし、ゲームもできるのに、わざわざ足を運んでいるわけですもんね。

時東:そうなんですよ。しかも、YouTubeなどのコンテンツはタダで楽しめますよね。それなのに、あえてお金を払って来てくださるわけですから。

──YouTubeで時東さんの曲を聴いて覚えることはできても、一緒に歌ったり、感動をみんなと共有したりすることはその時・その場に行かなければできないですよね。平成はコンテンツがタダで手に入るのが当たり前と考える「タダ・ネイティブ」(生活総研によるキーワード「サービスやコンテンツはタダで利用できるのが当たり前。そんな環境で育つ今の子どもたちのこと」)が生まれた時代でした。でも、タダ・ネイティブでも体験にはお金を使うわけです。「タダ」で予習をして、「トキ」にお金を使う。そんなスタイルが一般的になってきているといえるかもしれません。

時東:やはり、人の温かさのようなものは、その時・その場のなかでしか体験できないと思うんです。どれだけ技術が進んでも、それは変わらないのではないでしょうか。

──アイドルとファンの関係性は、平成の間にどのように変わったと思いますか。

時東:私の場合、ファン層は活動によってさまざまで、デビューした頃からのファンもいらっしゃいますし、最近になってチャリティをサポートしてくださるようになった方もいます。そのそれぞれで関係性は違うのですが、コアな部分でのアイドルとファンの関係性は、それこそ松田聖子さんなどがアイドルとして活躍されていた頃からずっと変わっていないところもあると感じています。アイドルとの距離感をしっかり保ちながら、ずっと応援し続ける。そんなスタンスのファンは今でも多いし、今後もそこは変わらないのではないでしょうか。

──SNSによってアイドルとファンの距離が縮まったといわれていますが、アイドルとファンの関係は一種の文化としてこれからも続いていくのかもしれませんね。さて、平成が終わって新しい時代に入りました。今後はどんなことに挑戦していきたいですか。

時東:年齢や性別などに関係なく、一人でも多くの人を笑顔にしていきたいと思っています。私は、アイドル、防災士、チャリティイベントのプロデュースといろいろなことをやっています。目的はすべて同じなんです。それは、自分の身近にいる人も含めて、たくさんの人を笑顔にして、幸せにすること。そのための活動をこれからも続けていきたいです。

時東ぁみ(ときとう あみ)
マルチタレント

1987年東京都生まれ。「ミスマガジン2005 つんく♂賞」を受賞してデビュー。その後、歌手、声優、女優、ラジオ・パーソナリティなど、幅広い分野で活躍。防災士、上級救命技能、手話検定など多数の資格も保有。
[現在の主な活動]
NHK-FM「ラジオマンジャック」(毎週土曜日16;00~)
渋谷クロスFM「時東ぁみの防災士RADIO」(毎月第2水曜日17:00~)
ミュージック・ジャパンTV「時東ぁみpresentsアイドルチャリティーライブ“WIS”」(不定期)
山口放送、四国放送 北陸放送、 京都放送、長崎放送 山梨放送、東北放送「時東ぁみの危機耳ラジオ~その時のために~」(放送日時は各局によって異なります)
ペット犬専門誌「Cuun」コラム連載 など
[公式SNS]
時東ぁみ公式twitter  https://twitter.com/aMITOKITO
時東ぁみ公式ページ https://www.facebook.com/aMI.TOKITO.OFFICIAL
防災士 時東ぁみ https://m.facebook.com/bosaisi.TOKITOaMI/
時東ぁみアジアチャリティープロジェクト~子どもたちに笑顔いっぱいの未来を~ https://m.facebook.com/tokitoami.asiacharityproject/

→本の概要や目次はこちらからご覧ください。

<出版記念企画 連載一覧>
Vol.0 【著者インタビュー】平成は、平静ではなかった──。 
Vol.1 【研究員インタビュー】女性は本当に「働きやすくなった」のか?
Vol.2 【笠原将弘さんインタビュー】 新しい時代の和食の料理人像を作りたかった
Vol.3 【菊池武夫さんインタビュー】 洋服はカルチャーの一部だと思う

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