『生活者の平成30年史』出版記念企画 Vol.0

【著者インタビュー】平成は、平静ではなかった──。 30年間を振り返る書籍に込めた思いとは。

平成がいよいよ5月に終わりを迎えます。生活総研は、平成30年間を振り返る『生活者の平成30年史』(日本経済新聞出版社)をこの2月に出版しました。平成とは果たしてどういう時代だったのか──。それを読み解くことは、これからの新しい時代を見通すために欠かせない取り組みです。生活総研を代表して3人の研究員が、本を出版した経緯や、この本に込めた思いなどについて語ります。


長期時系列調査を「社会の資産」に

──『生活者の平成30年史』を出版した経緯についてお聞かせください。

内濱:改元を前にして、平成の30年を振り返る本や雑誌がたくさん出版されています。その多くは、その時々の事件やヒット商品などをテーマにしたものです。もちろん、そのような視点は非常に重要だと思いますが、私たち生活総研は「生活者の意識の変化」というそれらとは異なった切り口で平成を振り返ることが可能です。というのも、1981年の設立以来、生活総研は生活者をより深く知るためにさまざまな調査を行ってきており、平成の30年間にも生活者意識の定量的な長期時系列調査データも大量に保有しているからです。これまでも、それらのデータを分析して発表してきましたが、今回はその集大成としてとりまとめて、世の中に投げかけてみよう。そう考えたのがこの本の出版のきっかけでした。

内濱大輔上席研究員

──平成全体を網羅するデータを蓄積しているのは大きな強みですね。

三矢:そう思います。同時代を生きている私たちにとっては、平成というと直近の5年ほどの印象が強いのが実情です。しかし、30年間のデータを俯瞰してトータルに眺め渡すと、すでに私たちが忘れてしまっていることも含め、さまざまな変化がみえてきます。

──書籍のベースとなったのは、具体的にはどのような調査なのですか。

十河:代表的な調査が92年から実施している「生活定点」です。これは、首都圏・阪神圏の20歳から69歳の男女を対象に、さまざまな生活分野の意識や行動、価値観に関する調査を2年に一度行っているものです。
もうひとつ、「来月の消費予報」の調査データも活用しています。これは、生活者の消費意欲の予測をほぼ毎月行っているもので、93年から始まっています。対象は、首都圏・阪神圏・名古屋圏の20歳から69歳の男女です。

内濱:さらに、3つの属性別調査データも用いました。まず、妻の年齢が20歳から59歳の夫婦を対象にした「家族調査」で、これは88年から10年おきに実施しています。次に、小学4年生から中学2年生の男女を対象にした「子ども調査」です。これは97年から同じく10年おきに調査を行っています。最後が86年からスタートした「高齢者調査」で、60歳から74歳の男女の意識をやはり10年おきに調べています。

──生活総研は、調査結果の「社会資産化」というテーマを掲げていますね。

三矢:生活者に関する継続的なデータを民間企業が集めているケースはほとんどなく、大学の先生などからも、たいへん貴重な調査であると言っていただいています。そのデータを社会にできるだけ広めて、さまざまな領域で役立てていただきたい。いわば「社会の資産」にしていただきたい。そう私たちは考えています。今回の書籍出版も、その「社会資産化」の一環というわけです。
調査結果は生活総研のウェブサイトですべて公開しており、書籍にもQRコードをつけてデータをダウンロードしていただけるようになっています。この本は、私たちの調査結果をあくまでも私たちの視点で読み解いてまとめたものです。一次データをみていただくことで、私たちとは別の解釈が出てくるかもしれない。それは非常に意義深いことであるというのが私たちの考えです。

本に散りばめられた、時代や変化、生活者の今を映し出すキーワード

──本の帯にある「平成は、平静ではなかった。」というコピーが印象的です。

内濱:激動の時代だった昭和と比較すると、平成は静かな時代だったという印象を多くの人が持っていると思います。しかし、30年間の社会の変化や生活者の心や意識の動きをつぶさにみると、決して心安らかに暮らせる時代でもなかったことがわかります。それが、「平成は、平静ではなかった。」というコピーに込めた意味合いです。

十河:平成は1989年のバブル絶頂期に始まりましたが、間もなくバブルが崩壊して、失われた20年とも30年とも言われる時代に入りました。右肩上がりの成長が望めない時代となって、人々は生き方や働き方を変えなければならなくなりました。2008年をピークに人口が減少に転じ、高齢化も年々進行しています。じわじわと、しかし確実に人々の生活が変わってきた時代。それが平成だったのだと思います。

十河瑠璃研究員

内濱:もっとも、「平静ではなかった」というのは、必ずしもネガティブな意味だけではありません。昭和は生き方や働き方の明確なモデルがあった時代でした。それが失われていったのが平成で、お手本がないために生活者は自分たちの判断で人生を決めていかなければならなくなりました。それはたいへんなことである一方、人びとがより自由になったということでもあります。
例えば、「家庭の中で家事や育児をするのが当たり前」という女性の生き方のモデルが崩れたことにより、女性は以前よりも自由に働けるようになり、自分のキャリアを追求する人も出てきました。自己責任が求められるという点で負荷がかかる反面、自由でポジティブな生き方も可能になる。その両面があったのが、平成という時代のひとつの特徴でした。

──本の中にも印象的なキーワードがいくつか出てきます。

三矢【常温社会】は、この本の重要なキーワードのひとつと言えると思います。日本の行方やこれからの自分の暮らし向きをどう考えるかという調査の結果をみると、1997年の金融危機や2008年のリーマンショックの頃には、ネガティブに考える人が非常に増えたことがわかります。しかし、平成が終わりに差し掛かったこの数年の調査では、「現状のまま特に大きな変化はないだろう」と考えている人が増えています。この先に期待もしていないし、悲観もしていない。熱くもないし、冷たくもない。そんな生活者による時代認識を私たちは「常温」と名づけました。

今の日本が全体としてどんな方向に向かっていきそうかをきいた質問では、「現状のまま
特に変化はない」が2010年代に入って増え、2018年には56.0%に達した。

内濱【プロジェクト家族】も特徴的なキーワードかもしれません。企業では、組織を横断する柔軟な枠組みをプロジェクトと呼びます。家族でも、以前のように夫、妻、子どものそれぞれに明確な役割があるというよりも、独立した個人が集まって、それぞれの役割が状況に応じてフレキシブルに変わっていくあり方が普通になっています。縦割りの明確な役割によって構成される集団ではなく、そのつど話し合いをしながらそれぞれの役割を決めていく柔軟な集団としての家族。それを私たちは【プロジェクト家族】と名づけました。

夫による妻の呼び方が、「ママ」などの集団内における役割名ではなく、個人名にシフト。
家族が自立した個人の集合体に変化していることの一例。

──【タダ・ネイティブ】や【第2世代高齢者】という言葉も耳新しいですね。

十河【タダ・ネイティブ】は2017年の「子ども調査」から見出したキーワードです。「デジタルネイティブ」という言葉はすでに一般に広まっていますが、同じように、インターネットコンテンツは「無料=タダ」で利用できるのが当たり前と考えている2000年代生まれの人たちを、この本では【タダ・ネイティブ】と呼んでいます。多くのものが無料で手に入るので、消費への欲求もお金への執着も以前の子どもたちほどなくなっている。それがこの世代の特徴です。

【タダ・ネイティブ】は、おこづかいをもらっても何かを買う人が少なくなる一方、
貯金をする人は増加。消費への欲求低下を示している。

内濱【第2世代高齢者】という言葉は、2016年の「高齢者調査」での発見に基づいています。現在の60歳から74歳の人たちは高齢化社会の【第2世代】であるということで、「旧世代」はその親に当たる世代です。旧世代高齢者の多くは、60歳を過ぎたら悠々自適な生活が待っていると考えていました。しかし、そこにはさまざまな誤算がありました。最大の誤算は自分たちが「思っていた以上に長生きだった」ということです。寿命が長くなれば、それだけ経済的、健康的なリスクは高まります。それでたいへんな思いをしたのを近くで見てきたのが【第2世代高齢者】です。日本が長寿社会になってからの「二周目」の世代と言ってもいいかもしれません。

三矢親の苦労を見ているから「堅実に生きていこう」という気持ちがある反面、「後半生を楽しみたい」という思いもある。それが【第2世代高齢者】の特徴です。辛い長寿社会を生きているというよりも、人生経験を積んだからこそいろいろなことができると考えている人が多いということが、家庭訪問をしてお話を聞くなかからみえてきました。

「人生における60代の位置付け」は、「趣味に生きる時」「開放・解放の時」が減り、
「再出発の時」が増えている。長く続く「後半生」を見据えた意識の変化といえる。

生活者をみる「新しいメガネ」

──長年の調査結果をあらためて本にまとめることで何か発見はありましたか。

三矢:どの世代の生活者も向かっている方向は共通している。そんなことを感じました。先にも話が出たように、生き方や働き方のマニュアルはなくなっていて、自分たちの人生を自分たちで設計していかなければならなくなっています。その傾向は、夫婦も子どもも高齢者も基本的には同じです。

十河:「こうあらねばならない」という型がなくなってきているから、昔だったら変わり者扱いをされていたような個性的な子どもでも、自然に受け入れられるようになっています。これは、夫や妻の役割が一律でなくなってきたことや、高齢者が多様な生き方ができるようになってきたことと共通していますね。

──この本をどんな人たちに読んでほしいと考えていますか。

内濱:第一に想定しているのは、企業のマーケティングの担当者、あるいは経営者です。私たちはどうしても、「高齢者はこういうもの」「子どもはこういうもの」という固定観念にとらわれがちです。しかしデータを細かくみていくと、それが単なる思い込みであったことがわかる場合が少なくありません。この本を読むことは、いわば「生活者をみるメガネを掛け替えてみる」ということだと思います。そこから、いろいろなマーケティング施策や経営戦略のアイデアが出てくるのではないかと私たちは考えています。

十河:平成とはどのような時代だったのかをあらためて確認するのにも、この本は役立つと思います。平成以前に生まれた方なら、自分の人生の歩みを捉え直すきっかけになるし、平成生まれの若い世代であれば、会社の先輩や上司がどういう時代を生きてきたのかを理解する材料になるのではないでしょうか。

三矢未来を予測するには、過去からの流れをみる必要があります。私たちは、その思考法を、Yesterday、Today、Tomorrowの頭文字をとって「YTTの視座」と呼んでいます。過去をみて、現在までの変化のベクトルを捉え、未来はこうなるだろうと考える。この書籍は、そんな思考法のベースにもなると思います。未来のヒントを探している方々に、ぜひ手に取っていただきたいですね。

三矢正浩上席研究員

──今後、「平成30年史」をテーマにした連載が続いていきます。連載の見通しを最後にお聞かせください。

十河:『生活者の平成30年史』は、データによって平成全体を客観的に振り返ることをテーマにしています。では、特定の分野や業種に長年関わってこられた人たちからみると、平成とはどういう時代だったのか。それを連載の中で掘り下げていきたいと考えています。次回は男女雇用機会均等法施行以前に博報堂に入社した夏山明美主席研究員に「女性と仕事の平成30年史」をテーマに語ってもらいます。それ以降、「食」「ファッション」などのテーマを予定していますので、ぜひ楽しみにしていただきたいと思います。

→本の概要や目次はこちらからご覧ください。

<出版記念企画 連載一覧>
Vol.1 【研究員インタビュー】女性は本当に「働きやすくなった」のか?
Vol.2 【笠原将弘さんインタビュー】 新しい時代の和食の料理人像を作りたかった
Vol.3 【菊池武夫さんインタビュー】 洋服はカルチャーの一部だと思う
Vol.4 【時東ぁみさんインタビュー】いろいろな活動で、たくさんの人を笑顔にしたい

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